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螺旋のカノン   作者: 桜江
一章 
19/69

知らない約束   ―― 八 ――

 その名を聞いた王は酷く嫌な顔をした。

「今聞きたくなかったあ……」

「ミレーか……ん? 待て、トウシャ、これを見ろ」

 

 ファダリスはトップを窓から入る光にかざした。

 赤い石の中に何かが見える。小指の先にも満たぬ小さな石の中――

「虫?」

「虫、だな。なんだこの虫は?」

 

 二人でしげしげと石を眺めていると、クツクツと笑う男の声が大扉から聞こえた。ファダリスは首飾りを掌に包むように握りこんだ。

 

「お二人で朝から何をしているかと思えば、仲のお宜しいことで」

「うん、ファディと朝を迎えちゃったよね」

「オイ言い方! やめろ、気色悪い。――アヌキラお前どこにいた」

 

 アヌキラと呼ばれた男はその黒髪で顔の半分を覆っていて、身に付けている服も全身黒づくめ。なぜか膝まである長いブーツはしとどに濡れている。そしてその黒い瞳をキラキラさせながら。

 

「面白いことに、大河で魚を釣っていたら大きな声が聞こえて! 魚は逃げるし参ったなあと思ってたら酒のいい匂いがして! これは愉しい予感がすると思って走ってきたのに間に合わなかったんですよ!」

 

 ファダリスに食い付かんばかりに近寄ってくる。それを躱し、彼は引き気味にアヌキラを見る。

「魚釣りなあ……ブーツだけが何で濡れているんだ」

「今日は新月祭ですからね、魚が入れ食いですよ。ブーツはエサです」

「ブーツはエサにはならないよ、アヌキラ。逃げられちゃったのに入れ食い?」

「トウシャ、逃げられても、なんですよ。ほうら、その絵の裏。王家の秘密がバレてますね」

 

 アヌキラはウキウキと鼻歌でも歌いそうなほどご機嫌に――ブーツからはグッチャグッチャと濡れた音がする――絵の外された壁まで来ると、壁をココンと叩く。

 そして、別の場所を叩くと先程より軽い音がする。

 ニッと笑うアヌキラに、ファダリスは渋い顔で言った。

「そりゃまあソコしかないよなあ、どう見てもそこからしか入れんだろうよ」

「そうですね! ココしかないですよね! ははは!」

 アヌキラの示した場所は人が屈んで通れるほどの小さな角形の隙間がうっすら見て取れる。

 

 絵画は額縁の彫刻飾りが普通より幅も奥行きも広く取られていて、壁との間に潜める隙間が作られていた。だが指摘されるまでもなく、ファダリスとトウシャもそこに抜け道があることは理解している。

 

「お前は本当何をしたいんだ……」

 ファダリスは額に手を当てた。トウシャと同じくこの男も彼らにとって一応幼馴染みである。

 

 昔から言動や行動が滅茶苦茶で、二人を振り回しては大人から叱られるという繰り返しを刷り込まれたせいか彼にとっては嫌いではないが苦手な、関わると厄介事しか持ってこない男だ。

 

 大体、こちらに来るまでは音を全く立てず気配も殺していた癖に、わざとらしくあんなに濡れた音を立てて歩いてみたりと何がしたいかさっぱり分からない。

 

 しかもアヌキラはトウシャ付きと呼ばれる王専属の側仕えだが、全くその(・・)仕事()全うしたことがない。そう断言できるほどに彼は好き勝手に生きていて、トウシャは彼の自由さこそ(アヌキラ)なのだとこれもまた放置している。

 

 そして何より彼は面白いことが好きで退屈が嫌いというずっと子供のままの大人。だからこれは絶対見せられないぞ、とファダリスは首飾りをそっと己のキュロットのポケットにしまった。

 

 トウシャが苦笑しながらアヌキラに話しかける。

「アヌキラ、朝ごはんを食べよう、ファディも食べていくかい? 用意させるよ」

「いや、いい。お前は新月祭休む間もないだろ。少しでも嫁さんの傍にいて癒してやれ」

 アヌキラはやったと嬉しそうな声を上げ、ファダリスは首を横に振った。

 

 新月祭は今や王家にとっては祝祭日ではなく、金策イベントと化していた。そして王族にとっては見世物イベントという屈辱的な日になる。七日間連日連夜パーティーと夜会が催される。

 

 そして最終日近くの数日は、一般公開と称して、労働階級・紐家(むすび)などから料金を取ってこの青の宮殿を見学させるのがトウシャの生まれた頃辺りからの恒例行事、いわゆる公務となっていた。

 

 その間、王族は着飾って大広間に集い、人形の如く微笑んだまま、休憩を抜いて公開時間の六時間をじっと耐えなければならない――レオンだけはこっそり隙を見て抜け出しているが。

 王妃も辛い身体を押して参加せねばならないのだ。体調が悪いと言って休めば、見学に来た者達がその場なり市井のあちらこちらで憶測から誹謗中傷し吹聴するのだ。このような屈辱に耐えさせることも申し訳ないとトウシャは王妃に対して引け目に感じていた。

 

 そしてそれを開催しているのが件のミレー商会である。

 元々黄君(おうくん)である中継家(なかつぎ)の三男だか四男だかが興した商会で、現在はその娘が女だてらに商会長をしているという。後継はおらず、縁戚から養子を取ったという情報をファダリスはかろうじて耳にしていた。

 

 問題はミレー商会は先々代王妃の肝煎りで出来たということだけだ。初代商会長は王妃の取り巻きで有名だった内の一人だ。

 

 その男は元々王の専属護衛隊長だったが王妃専属となり、その肩書きを利用して王妃に堂々と侍っていたと言われている。ミレー商会の名は、彼が王妃の名を冠に直々に貰い看板にしたという話だ。祖母を嫌っているトウシャが嫌な顔をするのはその名と由来のせいだ。

 

 初代商会長は結婚しなかったものの、彼には王妃に侍る前に出会っていた恋人がいた。彼女は早世してしまうが、その恋人との間にもうけた娘がいた。それが現商会長だという。

 

 だが、親世代の話によれば会長の若い頃は王妃に良く似ていて、父親は娘をそれはそれは溺愛していたらしい。

 中々にこれもキナ臭い――ファダリスは顎を擦って物思いに耽りそうになったが、王の声で現実に戻った。

 

「アヌキラ、朝ごはんは部屋を片付けてもらってからでいいかな?」

「いいですよ、お任せあれ! です。トウシャ。――あっ!」

 小さく声を上げ、思い付いたとばかりに、手のひらを拳でポンと叩いたアヌキラを二人が窺い見ると、彼は心から愉しいと言わんばかりの笑みで言った。

 

「僕、ミレー商会にお友達がいますよ!」

 

 ファダリスとトウシャはお互いの顔を見合わせて苦笑するしかなかった。

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