知らない約束 ―― 三 ――
レフガーは口許に人差し指を立てて、二人に静かにと合図した。声を出さずに伝える『どうでもいいこと、話して』と。
こくこくと頷くレオンにラヒネルは苦笑するとわざとらしく声を張り上げて言う。
「まあ長い人生、失恋のひとつやふたつ経験しとかないとな」
「何だと! だからそれモゴッ」
レオンの反論途中でラヒネルは苦笑のまま彼の口を抑えた。
レオンはハッとした表情になると軽くラヒネルの手を叩いた、理解したの合図だ。
「……失恋ではない。アレとはいわば政略だ。だがそれももう関係ない」
「まあ世の中女はたくさんいるさ。選り好みさえしなけりゃお前の見目麗しさに騙されて惹かれるのもいるだろ」
軽口を叩いている風を装いつつ、ラヒネルもレフガーも気配を探る。この部屋の三人以外の気配を。
レフガーが視線を彷徨わし、指を口から外した。
「行った、大丈夫」
「誰だ」
「不明」
周囲を見渡すラヒネルにレフガーは苦笑する。誰かまでなんてわからない、ラヒネルは無茶だ。
幼い頃からレオンには、いや生まれる前からずっと鼠――と彼らは呼んでいる――がそこかしこで張り付いていた。
レフガーは自身の存在の消し方が幼い頃から非常に上手く、また他人の気配にも敏感なため鼠の存在をいち早く気付いてレオンの少ない味方に周知させた。紫君という立場と相まって、彼の左腕と呼ばれるようになった。
ちなみに右腕はラヒネルだ。剣技の素晴らしさとその強さで王都護衛隊で名を馳せ、レオンの専属護衛として城に名指しで呼ばれたからである。『二人は王子には勿体無い人材だ』と言われているのを知っていたが、気にすることは全くない。二人共に心からレオンを王子としても友人としても慕っている。
「あー参った。近頃あちこち鼠臭くて嫌になる」
レオンは頭をガシガシ掻いた。慰めるようにラヒネルは肩を叩く。
「しかしドフター姉との行き違いの件もなんでああなった? 鼠が関係あるのか?」
「鼠かは知らねえよ。メイナとはやり取りしてた筈なんだ」
「直接か? ドフター妹には弟か当主ファダリス卿を通さねばならない筈だが?」
「……」
「オイオイオイまさか、まさかなのか」
「レオン、まさか、だね」
黙りこくったレオンにラヒネルとレフガーが追い討ちをかけた。レオンは青くなっていた。
「誰だ? 誰に間入ってもらった? せめて俺達を使えば良かったんだ」
「……お前らに頼むわけには……は、恥ずかしいし。……母さんとこの側仕えがメイナと会う機会多いと言うから頼んでたんだが」
「王妃様の側仕えって……レオンお前なあ」
「考えなし、ダメ」
ラヒネルもレフガーもレオンの素直なところは長所だと思っているが、言い換えれば何も考えずに鵜呑みにするということだ。
「王妃は母親だから。母親の側仕えは彼女の縁戚だから。いくらお飾りと言われてるとは言え、まだ王家は王家でお前は王子だ、抜かったことはするな。いずれお前は王になる。この五十年改革は失敗続きだ。今のところ『王家は国の象徴』のおかげで簒奪される気配もない。まだ象徴から抜け出して浮上できる見込みもある」
ラヒネルは言葉を切ると、レオンを見据えて続けた。
「――お前次第なんだよ、何もかも」
「わかんねえよ、俺なんかには」
「幾つか選択肢あるだけいいだろ俺たちは。親どもが選ぶのはこのまま王家と共に沈むか、足掻いて王家を沈ませないかだけだ」
いつになく真面目な顔でレオンは大河を見つめて呟くように言う。
「俺に王として立て、と?」
「そろそろ本気で覚悟してくんないかなー、って俺は思う」
「先々代の尻拭いが俺にできるか? 俺はお前が思うほど大層な器じゃねえよ」
「お前だけじゃない、俺もレフガーもいる」
名前を出されたレフガーはゆっくりレオンに向かって頷いた。
二人ともレオンの右腕左腕と呼ばれることがどういう意味か理解している。冗談ではすまされない重い期待は常々周りの王家派の大人達から感じていた。
問題はレオンの覚悟だけだ。国を背負い、国民のほぼ全てから『この嘘つきめ』と、石を投げられる覚悟が。王は孤高に成る者でも彼に孤独は耐えられない、だから心から支え仕えるそのために自分達がいる、とラヒネルは自負している。
レオンもレオンの親である現国王も王としての教育は一切なされなかったという。
そのせいで特にレオンの――その性根は善だが――紳士の仮面がとにかく剥がれやすい。行儀作法は受けてきたが口が悪いのは直らない、人の上に立つための精神的な強さと国のために不要を切り捨てる冷酷さも圧倒的に足りない。だが足りなければ補えば良い。
ラヒネルにはレオンのできない他者を退ける力がある。レヒガーも基本温厚だが、守るためなら非情になりきれる、そういう男だと知っている。
足りぬレオンを王として補い支え輝かせるために育てられてきたのだ。彼を万に埋もれる一にさせる気はない。
万の中の唯一にするのだ。そも完璧な人などいない、だからこそ俺達で欠けている部分を埋め主役に押し上げるのだ、だから覚悟ひとつで俺達はお前にないものは全て埋めてやれる。とレオンにとっては重すぎる決意を胸内で表明する。




