第九話 キノコは豊作でした
翌日はよく晴れた。高い空を見上げて、シオンが歓声を上げる。
「るーしあ、おそと、きもちいいね!」
うん、うん! あんまり連れ出してあげられなくてごめんね!
魔女は基本的に引きこもりだ(特にわたしは)。しかも今は調べ物で手一杯になってしまっているからなぁ。この年齢の男の子は外で走り回りたいのかも……。
「これからはなるべく外で遊ぼうね。雪が降ったら、どこにも行けなくなるからね」
「ゆき?」
「お空から、白くて冷たいの落ちて来るの。知らない? 見たことない?」
「だれのおとしもの? ひろっていいの?」
くぅーっ! 天使のポエム頂きました! ありがとうございます! 尊いです!
この大陸に住む者なら、誰もが冬は雪に閉ざされて過ごす。シオンの年齢なら雪を知らないはずがない。積み重なったものが感じられないシオンに、また胸が締め付けられる。
「森がね、真っ白くなるんだよ。湖も凍って、お日様でキラキラ光るの。すごーく寒いけど、とっても綺麗なんだよ!」
「わあ……。ぼくも、みてみたいなぁ」
「うん、うん! 見られるよ! お姉さんと一緒に見ようね!」
ほへっと笑ってうなずくシオンの手を取り、秋色の落ち葉で色づいた森の獣道をキノコを探しながら歩く。キノコは毎年同じ場所に、同じ種類のものが生えるので、探すのにそう苦労はない。
『夜のあの人』の荷物は、シオンを森で見つけた栗の木の周辺から探そうと思っている。あれから、半月以上が過ぎている。雨も何度か降ったから、もし見つけられたとしても、きっとあまり良い状態ではないだろう。
「るーしあ、これ、食べらりゅの?」
「それは食べられないけど、お薬になるよ。こっちの袋に入れてね」
「るーしあ、これは?」
「あっ! それは触っちゃダメ! 痛くて寝られなくなるよ!」
猛毒のカエンタケに手を伸ばしたシオンを、慌てて後ろから抱き上げる。
「怖いキノコもあるから、触る前にお姉さんに聞いてね」
『めっ!』っと怖い顔をして言ったのに、シオンはわたしの腕の中でクスクスと笑っている。
「このー、いたずら坊主めー!」
わき腹をこしょこしょすると、キャハハと声を上げて笑った。ずいぶんと喜怒哀楽がはっきりして来たシオンに、頬が緩みっ放しだ。でも、本当に危険なんだからね!
シオンは毒キノコばかりを見つけていたけれど、わたしは魔女なので、それはそれで使い途がある。イチャイチャしながら歩くだけで、背負いカゴはすぐにいっぱいになった。今年のキノコは豊作だ。
シオンと出会った栗の木のあたりで足を止める。
「シオン、ここでお姉さんと会ったの、憶えてる?」
「うん。るーしあ、うたってた」
「えっ? 歌ってたの?」
「うん。『くりをあまーく、にるのですー、かわをむくのが、たいへんなのー』って、うたってた!」
栗を拾いながら即興で歌っていたのだろうか? 確かにあの時は、大好物のマロングラッセのことしか考えていなかった。見事に再現されて、少し気恥ずかしくなる。
同時にシオンの真っ白だった『記憶』に自分がいることが、じんわりと嬉しい。
「それで?」
「いっしょに、おうちにかえったの。あまいくり、すごーくおいしかった!」
うん……、うん。そうだね……。『おうち』だね。塔は二人のおうちだよね! マロングラッセ、美味しかったね!
「思い出すと嬉しくなるの、『思い出』って言うんだよ。たくさん、たくさん思い出、作ろうね!」
シオンに過去がないなら、わたしが作ってあげればいい。
秋の森を二人で歩き、冬のかじかんだ手をあたため、春の畑で種まきをして、夏の湖で釣りをしよう。
そして来年の秋には一緒に栗を拾って、また美味しいマロングラッセを作るのだ。
そのために。そのために、わたしは『呪い魔女』になろう。例えそれが、あの人を夜に閉じ込めることになったとしても――。
荷物はすぐに見つかった。シオンが憶えていて案内してくれたからだ。風雨に晒されて落ち葉に埋もれたそれらは、立派なお金持ち仕様の旅装束だった。
そのあとは、見晴らしの良い丘の上でお弁当を食べて、帰りは綺麗な色の落ち葉を拾いながら帰った。
帰ったらシオンと一緒に栞を作ろうと思う。本に挟んでから鍋の底でゆっくりあたためれば、色あせない綺麗な押し葉が出来る。色取りどりの落ち葉を使って、貼り絵を作るのも良いかも!
冬が来ても、春になっても、今日のことをシオンが思い出せるように。
シオンの色あせない、思い出になるように。
次話『階段を昇ります』
謎もチート機能も多い魔女の塔。階段を昇って上の階を目指すには、ルーシアが魔女として成長する必要があるのです。次話では少しだけ塔の機能が明らかになります。