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第七話 今夜も夜更かしです

 その晩、寝ついたシオンを起こさないように寝巻きを脱がせて、そうっと成人男性用のシャツと下着を着せた。ズボンは履かせるのは難しかったので枕元に畳んで置いておくことにした。


 夜食用の軽いサンドイッチもベッドサイドの小机に置く。夕食の根菜スープを添えれば成人男性の胃でも朝までもつだろう。

 あまりボリュームのあるものを食べて、シオンの胃の負担になっても困る。


「冷えちゃうけど、仕方ないよね」


 今夜は起こさないように、夜のあの人を離れて観察しようと思っている。『毎日変身するのか』『変身しても目を覚さないことがあるのか』を確認したい。


 昼間、眠気と戦いながら呪い関連の本を読み漁った結果、まだまだ情報収集が必要だという結論に至った。シオンにも色々聞いてみたけれど、さっぱり要領を得なかった。

『あまり関わり合いにならないようにしよう』と思ったけれど、他に選択肢も見当たらない。



 シオンと暮らしはじめて半月と少し。はじめて呪いが発動したのは二日前。それ以前は、寝巻きやパンツが破れていなかったのだから、変身してはいなかったのだろう。

 なぜ、あの日だったのか。条件や法則性なども見つけたい。


「満月の晩だけ変身する、狼男とかもいるし……」


 狼男は世間一般ではそういう種族だと思われている。でもあれは、ある一族が受けた呪いだ。『血脈の呪いとその対価』という本に書いてあった。その手の呪いは、途方もなく大きな対価を必要とするらしく、解呪もまた困難を極める。



 掛け布団の外に出ていたシオンの手が、何かを掴むようにモニモニと動く。トントンと手のひらを叩いたら、わたしの指をキュッと握った。一瞬、夜のあの人に腕を取られたことを思い出してドキリとしたが、ゆるゆると指を握る手は小さいままだった。


 午前零時に余裕を持って部屋を出ようと思っていたのに、離れがたくなってしまった。小さい手のひらが、あたたかく、柔らかい。

 胸にトロリと、甘いものが流れて来るのを感じる。優しい気持ちがあふれ、自然と頬がゆるむ。


 名残惜しさを振り切って、額にチュッとキスを落とすと、柔らかな前髪が鼻をくすぐった。『おやすみ』と囁き声で言って部屋を出る。寝不足が(たた)って、わたしもまぶたが重い。


 自分の部屋へと戻って先代の研究資料を手に取ってみたが、頭がグラグラと揺れるし、目が文字を追ってくれない。ゴロリとベッドに横になる。午前零時まではあと三時間半。これは、今夜はもう無理かも知れない。


 明日……。明日にしよう。明日はシオンと一緒にお昼寝して……、そうして夜に備えれば……。


 明日の晩の自分に仕事を託すことにして、わたしは早々に意識を手放した。





 背中にあたたかさを感じたまま、夢の入り口か出口あたりをユラユラと漂っていた。小さな手のひらが、わたしの寝巻きの裾を握っている。


 あれ……、シオン? 甘えっ子さんだなぁ……。


「ふふふ。お姉さん、ギューってしちゃうぞ!」


 振り向いて、背中にピトッとくっついて寝ていたシオンを抱きしめる。


「えっ……?」


 腕の中の質量の大きさと硬さに、急速に目が覚める。あっ、これ……シオンじゃない⁉︎


「なかなか情熱的だな」


 額の上からの子供をあやすような声に、慌てて狭いベッドを転がり、ドサリと反対側へと落ちる。


「痛っ! アイタタ……」


「大丈夫か?」


 手を差し伸べられるが、その手を取ったらまたベッドの上だ。それはちょっと……と思い、ベッドサイドの灯りを点ける。ぶつけた(ひざ)がジンジンと痛い。


「ここはまた、君のベッドか? ああ、服を用意してくれたんだな。ありがとう」


 余裕の感じられる様子に、自分の慌てっぷりが恥ずかしくなる。女性と同衾(どうきん)することに、慣れているのだろうか。なんだか(しゃく)(さわ)る。


「シオンが夜中に、わたしのベッドに潜り込んだみたいですね」


 コホンと空咳をして立ち上がる。シャツから伸びる筋肉質な足が目に入り、自分の足との違いに目を(みは)る。わたしは箱入り(塔入り)魔女なので、男性の免疫力はすこぶる低い。


「向かい側のドアがシオンの部屋です。ズボンが枕元にあるんで、履いてから階段を降りて来て下さい。先に行っています」


 早口で言って部屋を出る。二人とも起きたなら、ベッドルームにいる必要はない。




 キッチンでお湯を沸かしながら、彼にどこまで話すか考える。わたしが魔女(一応)で、ここが魔女の塔だということは、まだ話していない。


 ティーポットに茶葉とお湯を入れて蒸らしていると、彼が夜食の載ったトレーを持って階段を降りて来た。


 立って動いている彼を、はじめて見た。買って来た服は少しサイズが小さかったらしく、シャツはボタンが飛んでしまっているし、ズボンの裾からは(すね)がはみ出ている。随分と体格の良い人だ。


「すまん。ボタンが飛んでしまった。夜食の用意も(かたじけ)ない」


 少し恥ずかしそうに、ボタンを手渡された。チラチラと覗く逞しい胸元、引き締まった腹筋。大人の色気満載の肌色は、小娘には目の毒だ。

 目を逸らそうとしたのに、いくつもの古傷に目が釘付けになる。


 傷ならシオンにもあった。わたしはそれを見て、シオンを虐待されていた子供だと思っていた。

 あれは、この人の傷だったのか。騎士として、戦いで受けた傷だろうか。


 シオンが小さな身体で負った傷でないことは、わたしの心をとても楽にしてくれた。大きく強そうなこの人が、シオンの傷を引き受けてくれた気がして、ありがとうと言いそうになった。


 けれどそれでは、シオンの過去が曖昧(あいまい)になってしまう。


 わたしは目の前の人の過去が垣間見えるたびに、『答え』が忍び寄って来るようで……。



 このまま目を閉じて、(うずくま)ってしまいたくなった。









次話『一緒にお風呂に入ってますよ』


シオンと『夜のあの人』。呪いの対象者はどちらなのか。そろそろ答えが出てしまいます。

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