第六話 このままではいけませんか
翌朝、朝ごはんを食べたあと、寝不足の目を擦りながら、シオンを連れて村へと出かけた。
いつもの雑貨屋さんへ行き、成人男性用の服と下着を買う。
聞かれてもいないのに『従兄弟が泊まりに来るんです!』と早口で説明したら、女将さんに『そうかい』と短く、しかも意味深に微笑まれた。経験値の高いご婦人に、わたしごとき小娘が勝てることなんか何もない。
このまま居ると、洗いざらい白状させられてしまいそうなので、早々に退散することにした。
帰り際に、恐ろしく布地の少ない女性用下着をサービスで頂いた。どうしよう。どっちが前かわからない。
「シオン、帰るよ〜」
店の前にしゃがみ込んでいるシオンに声をかける。買い物中、ずっと蟻の行列を見ていたらしい。うへへ、可愛い。
手をつないでの帰り路では、発見した蟻の生態を色々と聞かせてくれた。たくさん喋ってくれて幸せだ。あと、この子は天才だと思う。将来は昆虫博士にきっとなる。
塔に帰ってシオンをお昼寝させて、わたしは魔女としての勉強に勤しむことにした。三階の書庫で呪い関係の本を片っ端から手に取る。
わたしはどちらかというと、薬魔女を目指していたので、呪いについてはあまり詳しくないのだ。
先代は若い頃、バリバリの呪い魔女だったらしい。権力者御用達! 骨肉の争い! 政変と謀略! 愛と憎しみと色と欲! ああ、クワバラクワバラ……。
人間の心の闇と呪いの行く末を嫌というほど見て、呪いを解く側へと回った。
わたしの知る先代は、生涯をその研究に捧げた人だ。魔女としての技もその心も、とても強い人だった。
ちなみに『クワバラクワバラ』というのは、東大陸の魔除けのおまじないだ。効果の程は定かではない。
「師匠が生きていればなぁ。きっとちょいちょいっと、片手間で全部解決してくれるのに……」
いかんいかん! こんな風だから、わたしは師匠に一人前になった姿を見せてあげることが出来なかったのだ。あんなに泣いて、反省したくせに。
髪の毛を頭の高い位置でギュッと縛り上げ、気合いを入れ直す。
昨日の時点では目標がはっきりと見えていた。『シオンの呪いを解く』。そのためにわたしの魔女としての力が足りないならば、修行に全力で取り組むつもりだった。迷う理由も必要もない。
けれど今は、呪いの根本を突き止めることに躊躇いがある。
わたしは、シオンが呪いの対象者であり、『真夜中に大人の姿になる』と思っていた。
でも、違うかも知れないのだ。
呪いで子供の姿になっていて『真夜中に元の姿へと戻る』。シオンは呪いの発現した姿に過ぎないとしたら。
その場合、呪いを解いたらシオンはどうなってしまうのだろう。
たまらない気持ちになり、パタンと本を閉じて書庫の中を歩き回る。
恐ろしい怪物の姿にされた王さま。カエルになった王子さま。朝が来ると白鳥の姿になるお姫さま。彼ら彼女らは、呪われた姿を捨てることに、躊躇いはなかったのか。
その、呪われた姿こそを愛した人はいなかったのだろうか。その人は、その姿を惜しまなかったのだろうか。
『シオンが消えてしまう』
そんなの、どうあっても許容出来ない。あの愛おしい子が消えていい筈がない。それなら呪いなんか解かなくていい。
『だからといって、呪われたままで大丈夫なのか』
その答えをわたしは持っていない。祖国の五つ星魔女の、最後の弟子なのに。
不甲斐なくて泣けて来る。なぜもっと励まなかったのか。
呪いの中には侵食性のあるものや、進行してゆくものもある。さっき読んだ『呪いとその発現の行方』という本に書いてあった。
呪いを解かなかった場合、シオンの心や身体、そして成長に影響があったりするのだろうか? その場合、対処法はあるのだろうか。
ノートに、現時点でわかっていることを箇条書きにする。
まずは、昼と夜で姿が変わることについて。
・午前零時に成人男性の姿へと変わる
・その様子は、時計の針を恐ろしい速さで回しているように成長する
・夜明け、又は朝日が差しはじめたタイミングで子供の姿へと変わる
・その様子は成長とは真逆。咲いた花が蕾へと戻るように変化する
シオンと夜のあの人は、おそらく同一人物だ。成長する様子を見てしまっては、もう別人だとは思えない。
術者の意図は何なのか。昼間と夜の姿を分けることに、なんのメリットがあるのだろう。
次に、記憶に関すること。
・シオンには、わたしと出会った日以前の記憶がなく、夜中に成人男性に変わっている自覚がない
・夜のあの人は、一昨日に目覚めた時以前の記憶がなく、昼間はシオンだという自覚がない
つまり、二人(?)に記憶の共有はなく、元々の生活の記憶も失っているということだ。昼と夜とで大人と子供を行ったり来たりしているだけでかなり厄介な呪いなのに、記憶がない状態では情報が得られない。
呪いの解除には術者の意図や、設定した条件が重要だと『呪いの解除《初級編》』に書いてあった。
記憶喪失は呪いの弊害なのだろうか? それとも別の呪い?
「うーん……。やっぱり、わからないことだらけだわ」
呪いのことをもっと勉強しないと。今のわたしでは、手も足も出ない。
最終的な目標は決まっている。『シオンがわたしと一緒に幸せに暮らしながら、健やかに育つこと』だ。その障害になるなら、呪いは取り除くべきだろう。けれど……。
「やっぱり、シオンと『夜のあの人』、どっちが呪いの対象者なのか突き止めなくちゃ……」
それと並行して、現時点での状態(昼と夜で大人と子供を行ったり来たりする)以上に、呪いが変化する可能性があるのかを探る。
なかなかにハードルが高いけれど、師匠が居なくなってから二年も呑気に過ごしてしまった。シオンのためならば、一肌でもふた肌でも脱ぐことに躊躇いはない。
夜のあの人とは、あまり関わらないようにしよう。情が移ってしまっては、いざという時に切り捨てられなくなる。今なら、まだ間に合う。
『そうだ、良かったら俺の名前もつけてくれないか?』
そう言った『夜のあの人』の顔が、一瞬まぶたに浮かんで、消えた。
後日わたしは『そう思い通りに事が運ぶはずがない』という世の常を、嫌というほど思い知ることになる。
毎日一話ずつの23:00に投稿します。
次話『今夜も夜更かしです』
ドッキリ、あり〼。
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