第五話 シチューは得意料理です
「俺が昼間は、五歳くらいの幼い子供の姿でいるだと? そんな戯言を信じろと言うのか?」
不機嫌そうに眉の間に皺を寄せて、鋭い眼光で睨みつけられた。そんなことをしたって、怖くなんてないんだから! だってわたしはこの人が、パンツも履いていないことを知っている。
「じゃあ、なんでわたしのローブ、着て寝てたんですか?」
「……なぜだ?」
「コレ着て寝て、また破けると困るからです。着て寝たいって駄々こねてましたけどね」
クマさんのアップリケと星模様の、パッチワーク仕立ての寝巻きを見せる。
「パンツ、履いてないでしょう?」
「……あ、ああ」
「なんでだか、わかります?」
「……なぜだ?」
「破けたらもう替えのパンツないからですよ。明日は、わたしのパンツ履かせて寝かしつけますね」
「やめてくれ……」
少し煽り過ぎただろうか? 額を大きな手のひらで覆って唸りはじめた。
いいや、まだ足りないくらいだ! 二日続けて腕をギリギリと握られたことや、『夜這い』と言われたことを、許したつもりはない。
それにしても、この人の言葉づかいは、なんだか偉そうというか、そこはかとなく権力の臭いがする。この辺りの平民の男の人なら『何しやがる! お前、何者だよ!』とか、そんな感じだ。
そもそも呪いをかけられるのは、身分が高かったりお金持ちの人が多い気がする。魔女のわたしが言うのもなんだけど、人間は普通に、真っ当に生きていたら、呪われるほど恨まれたりはしない。
少し、関わり合いになりたくないなぁと思ってしまう。いやいや! 昼間はシオンなのだ。放り出すようなことは出来ない。
「少しは信じる気になりました?」
「いや……でも、しかし……」
何とも歯切れの悪い返事をするこの人の気持ちも、わからないわけじゃない。魔女のわたしでさえ、呪いを受けた人を見たのははじめてだ。記憶がない状態で、見知らぬわたしの言葉を信じられないのも無理はない。
「あなたに、危害を加えるつもりはありませんよ。そんな気があったら、寝ている間に縛り上げます」
彼は長く黙り込んだあと、また低く唸り声を上げてから口を開いた。
「俺に関わるようになった経緯を教えてくれ」
わたしが自分の意思で関わっているのは、シオンだ。自分が『本体』みたいに言うのは、やめて欲しい。
ジロリと睨んでため息をついてから、マントを取り出す。
「素肌にこのマントを巻きつけて、森にいたんです。足に怪我をしていたので、連れて帰って治療しました」
「素肌にマント?」
自分が全裸でマントだけを着た姿を想像したのだろう。顔色を悪くしている。
「子供の姿で……ですよ。あなたがマントだけで歩いていたら走って逃げます」
そんな変態は、足に怪我をしていても連れて帰らない。村まで走って、木こりと大工のおじ様たちを呼んで来る。
「それが半月くらい前のことですね。大人の姿になったのを見たのは、昨夜がはじめてです」
「そうか……。世話になったんだな。恩人に対して礼を欠いてしまった。申し訳ない」
背筋をピンと伸ばして頭を下げられた。むむむ、下手に出られると調子が狂う。わたしの魔女ローブからにょっきり脛を出しているので、何だか深刻になり切れない。
「もういいですよ……! ここに来る前のことを何か憶えていませんか?」
「いや……何も、憶えていない」
「昼間のことは? 今日の晩ごはん、何食べたか憶えてます?」
「憶えていないな。君と一緒に食べたのか?」
『お前』が『君』になった。人を尊重することは、少しは思い出したようだ。
「そうですよ。今日はシチューです。シオンはにんじんが嫌いなんだけど、お星さまの形にしたら食べてくれました」
「シオン? それが俺の名前か?」
「違います。昼間の……蜂蜜色の巻毛の天使の名前です。わたしがつけました」
「蜂蜜色……。すまんが、鏡を貸してくれるか?」
手鏡を取りに行き、どうぞと言って渡す。
「うわっ、えらい男前だな!」
心底、驚いたように言った。でもそれ、自分で言ったらダメだと思う。確かにその通りなんだけどね。
呆れ顔で見ているわたしに気づき、赤面してワタワタと慌てている。自分でもナルシストっぽい恥ずかしいことを言ってしまったと気づいたらしい。少し笑ってしまった。
「駄目だ。自分の顔にさえ見覚えがない」
「シオンも何も憶えていないんです。昨夜、あなたに変身した自覚もなかった」
「俺は、変身するのか?」
「凄かったですよ! こう……肩がモリモリ盛り上がって、足がニョキッと伸びて布団からはみ出したんです!」
興奮して捲し立ててしまった。あの感動を誰かに伝えたくて仕方なかったのだ。
「それは見ものだな!」
わたしの様子が面白かったのか、彼も笑顔になって言った。笑うと、シオンの面影が濃くなる。
「それで……」
何かを言いかけたタイミングで、彼のお腹がググゥーっと鳴った。考えてみれば、推定五歳児の食べられる量しか食べていないのだ。成人男性には足りないだろう。
「お腹、空きました? 少し何か食べますか?」
「重ね重ね、申し訳ない……」
大きな手で口元を覆い顔を赤くする彼は、昨晩わたしの腕を乱暴につかんで『夜這いか?』と言った人とは別人のようだ。悪い人ではないのかも知れない。
晩ごはんのシチューを温めて碗に入れて渡すと、スプーンで星形のにんじんを掬い『これがお星さまか』と、感心したように言った。
パクリと口に入れる。
「美味い。俺には好き嫌いはないようだ」
そう言って、表情を柔らかくする。
「君の話を信じてみようと思う。面倒ばかりをかけるだろうが、この状況を解決するために力をして欲しい」
えっ、ちょっと待って。
「記憶が戻ったら、この恩はきっと返す」
いや、そんなのはいいんですけど。
「まずは、君の名を教えてくれ」
あのですね……。
「シチュー美味かった。もう夜遅いから寝てくれ。また明日話そう」
えっと、あなたは呪いの副産物なので……。
「そうだ、良かったら俺の名前もつけてくれないか?」
呪いを解けたら、消えてしまうんでしょう?
次話『このままではいけませんか』
魔女には『呪い魔女』『薬魔女』『占い魔女』等がいます。ルーシアは薬魔女です。注文によっては惚れ薬や媚薬、毒薬、自白剤も作るのが薬魔女ですが、ルーシアはまだまだ作れません。
辺境の森で呑気に暮らそうと思っていたルーシア。そうもいかない感じになって来ましたね。