第四話 ついつい見惚れてしまいました
シオンの寝顔を見守りながら、呪いに関する本を読んでいたら、いつのまにかうとうとと居眠りをしていた。柱時計の長い針と短い針が、カチリと重なる音で目が覚めた。
針はてっぺんの数字、『12』を指している。日付けが変わった瞬間だ。
何か起きるならば、このタイミングだろうと思っていた。寝過ごさなくて良かった。
箒の柄を握りしめて、気配を殺して待つ。
案の定、ベッドから呪いの臭いが立ち込めて来る。そっと肩まで掛け布団をめくり、シオンの様子をうかがい見た。
それはもう、圧巻だった。
柔らかく丸みを帯びた頬がスッキリと引き締まり、少年のものへと変わる。眉に少しばかりの鋭さが見えるのは、反抗期の現れなのか。それを通り過ぎ、あどけない目尻がキリリと切れ、やがて唇の端に色気が混じりはじめる。
身体の方は、さらにはっきりと見て取れた。
腕がニョキニョキと太く長くなり、薄く小さな肩に徐々に筋肉が乗ってゆく。手のひらが厚みを増し、関節が太くなり、皮膚が厚く硬そうになる。
布団の盛り上がりはどんどん大きくなって、ついに下から、大きな足がはみ出した。
わたしは呪いだということも、息を吐くことも忘れた。こんなすごいものから、目を離すなんて出来ない。
兄弟姉妹のいないわたしは、成長というものを目の当たりにしたことがなかった。もはや感動すら覚える。
男の子というのは、なんて不思議な生き物なんだろう。いたいけで、守らなければと決めたシオンは、面影だけを残して消え去った。
どうやら成長が止まったようなので、改めてしげしげと眺める。年の頃は二十代半ばくらいだろうか? わたしを大きく追い抜いてしまった。
――それにしても。
さすがは、わたしの天使の成れの果て! 言葉に詰まるほどの美丈夫だ。冴えた美貌は冬の空の三日月のようだし、しなやかな身体は森で時々見かける狼のようだ。
ゆうべは、眺める余裕なんてなかったもんなぁ。
何しろ、見知らぬ全裸男だ。完全に狼狽てしまった。
ほう、っとため息をついて見惚れる。昨夜の態度は気に入らないが、見ている分には眼福そのもの。
そっと触れると、柔らかく癖っ毛だった髪の毛は硬い直毛へと変わっている。色も明るい蜂蜜色だったのに、青味を帯びたダークブロンド。
金色だった長い睫毛も、切れ長の鋭い目尻までを濃い色目で縁取っている。
(もっと線の細い、優しいふわっとした感じに育つと思ってたのに……)
キラキラした華やかな王子さまタイプとか、物憂げで繊細な学者タイプとか。
目の前のいっそ禁欲的な横顔には、ある種独特の色気がある。静謐なのにどこか荒々しくて精悍。
例えて言うならば、女の子がキャーキャー群がる類ではなく、俯いてすれ違った後に、腰が砕けそうになる感じだ。
我ながら言い得て妙な例えだが、少々はしたないかも知れない。
盗み見ていることもあり、じわじわと恥ずかしさが湧いて来る。そもそも男性の寝姿なんて、ロマンス小説の挿絵でしか見たことがない。
とりあえず、呪いの発動条件は見極めた。午前0時、日付けが変わるタイミングで大人になり、朝陽が昇ると子供に戻る。
この呪いをどうするかは、わたしの魔女としての力量に委ねられることになるだろう。
明日から、色々頑張って調べてみよう!
そう考えながら、ベッドサイドの灯りを消そうとした、その時。
ランプへと伸ばしたその手を、勢いよく掴まれた。
「ひゃあ!」
息を殺していた分、今日は悲鳴をおさえ切れなかった。
「またお前か……。今日は質問に答えてもらうぞ」
引き寄せられて両手を取られ、耳元に聞いたのは、背筋がゾクリと痺れるような低い声だった。
次話『シチューは得意料理です』
危機感の感じられないサブタイトルですね。真夜中に乙女が、全裸で魔女ローブを羽織ったイケメンと対峙する次話がこれで良いのか? どうだろう笑