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第三十五話 ほうきにのるとっくん

 翌朝――。


 まだ空に夜の名残りが色濃く残る時刻。カミラに勢い良く布団を取り上げられた。


「ひゃう!」


 途端に冷気に取り囲まれて、丸くなりながら何ごとかと(まぶた)を擦る。


「カミラ、寒いよぉ!」


「魔女が早寝してんじゃないわよ。夜更かしと不摂生してこその薬魔女じゃない!」


 起き抜けにひどい言い掛かりだ。健康的な薬魔女のどこが悪いのか。そもそも昨夜は解呪のために踊ったり、湧き湯に行くアレコレでかなり夜更かしだったじゃないのさ布団返せ。


「私なんか今から寝るのよ! なぜなら私は立派に一人前の占い魔女だから! オホホホホ!」


 夜明け直後から高笑いしないで欲しい。その腰にあてた手はなんなの? 悪役令嬢?


「もう! 酔ってるでしょ!」


「らって、あの男、いっくら呑ませても顔色ひとつ変えないのよぉ? 腹の探り合いも出来やしない……」


「ええっ? そんなに飲ませたの? シオンに戻った時にアルコールが残ったらどうするの! まだ子供なんだよ!」


「らいじょーぶ……二日酔いの薬飲ましといたから……」


「そういう問題じゃ……! あああっ! わたしのベッドで寝ないでよ!」


 全く……年頃の妹弟子のベッドに潜り込むなんて、なんて兄弟子なんだ!


 すっかり寝こけてしまったカミラに布団をかけて、仕方ないのでわたしは起きることにした。ベッドがお酒臭くなっちゃったら、マジゆるさん。


 伸びをしてからシオンの部屋を覗きに行くと、意外にもちゃんと子供用のパジャマを着て健やかな寝息を立てていた。

 カミラが夜明けとアドルフォの変身を待って、着替えさせたりベッドに運んだりしてくれたらしい。わたしにとってはこの上なく迷惑な酔っ払いだけれど、ちょっと見直した。


 チョイチョイとシオンの頬を撫でて、おでこにキスを落とす。この天使の寝顔は、どうしてこんなにもわたしを幸せな気持ちにしてくれるのだろう。愛おし過ぎてツライ。


 起こさないように、そっとドアを閉めて階段を降りる。シオンが起きるまで、朝食でも食べながら待つことにする。


 わたしは今日も、朝から食欲旺盛で健康的な薬魔女だ。


「カミラったら、今日から特訓とか言ってたくせに。あんな調子じゃきっと、夕方まで起きないよなぁ」


 フライパンのパンケーキをひっくり返してパンパンと叩く。なぜ叩いてしまうのか。特に必要な動作ではない。


「今日はシオンも起きない気がする……」


 無理に起こすつもりはない。遅くまでカミラにつき合ってお酒を呑んでいたのだから、昼まで寝ていても良いくらいだ。


 大人の分の大きなパンケーキ、子供用の小さなパンケーキを焼く。勢いでアドルフォの分まで焼いてしまった。彼に朝食は必要ない。あと自分が幼女になった場合の分も。我が家の住人は、頭数の割にキャラ数が多い。


 朝食を済ませて箒を持って、自分の工房への階段を上がる。上がってる途中で……幼児化した……。


「せめて階段、上がり終わってからにして欲しかったなぁ……」


 一段一段の段差が、まるで壁のように立ちはだかる。


 足を滑らせると危ないので大人用ワンピースを脱ぎ、丸めて背中に箒と一緒に(くく)り付ける。よじよじと階段を、一段一段必死で登る。三歳児相当になると、階段を見下ろすだけでも目が眩む。


 下るよりはと上ってはみたけれど……。


「一人では降りられそうもないなぁ……」


 ふうとため息をついて、予定通りジプシータンバリンを持ってベランダに出る。シオンが起きて来たら、カミラを起こしてもらうしかない。


 さあ、気を取り直して……特訓開始だ!


 まずは久しぶりに箒に跨ってみる。半年前に跨った時は、三十センチくらい浮いた筈だ。六歳くらいの時に初めて箒に跨った時もそのくらいだった。つまりは約十二年ほど、丸っ切り進歩していないということだ。……心が痛い。


 集中して箒に魔力を流す。あまり知られていないけれど、魔女の箒には魔力を通す回路が組み込まれている。実は魔道具なのだ。いくら魔女でも、普通の箒では自由自在に飛べたりしない。魔女には少数派ながら、魔道具を専門に扱う『道具魔女』もいる。


 ふわりと十センチほど、箒が浮き上がった。


「えっ、ちょっと……あれ……?」


 久しぶりだから調子が出ない? それとも三歳児の身体だから? 進歩どころか後退している。


 泣きそうな気持ちになりながら、片手で箒の柄の部分を握り、タンバリンをシャラシャラと鳴らす。……高さは変わらない。


 わたしが魔女の技を使う時にジプシーダンスを踊ったり、タンバリンを鳴らしたりするのは、その方が集中力が高まるからだ。それは、スイッチが切り替わるのに似ている。


 ただ歌って踊れば、箒が高く舞い上がる訳ではない。


「しょーれ!」


 太腿に力を入れて、バランスを取りながら……集中! 集中して! よしっ! さっきより五センチくらい浮き上がった。ここで……タンバリンを鳴らしながら、ジプシーダンスを……。


 って、出来るかぁっっ!!!


 コロリと箒から落ちて、鼻の頭を擦りむいた。天女様の果物がなるという霊峰は、まだ遥かに遠い。




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