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第三十話 師匠の遺言(カミラ視点)

 アドルフォから塔のセキュリティの呪いを引き剥がすために、久しぶりに妹弟子と一緒に術を編む。幼女化しているルーシアが、伝統のジプシーダンスを踊る様子は、微笑ましく愛らしい。


 だからつい、気づくのが遅れた。


 反呪の影響で不安定になっているのだろうか? 万全なら、師匠の術はこんなにも簡単に揺らいだりしない。


「アドルフォ。塔の呪いを解除するから、目を閉じて」


 慌てているのを悟られないように、殊更(ことさら)ゆっくりと立ち上がり、アドルフォの視線を遮る。だが、いかにも(さと)そうなこの男には、見抜かれているかも知れない。


 この妹弟子は、()りにもよってこの時期に、なぜこれほどの厄介ごとを背負い込んでいるのか。いかにもルーシアらしいと言えなくもないが。


 ルーシアはこの冬を越えれば成人となる。その日に向けて、師匠は私に二つの遺言を残した。


 ひとつ目は自分の生い立ちについて、ルーシアに説明すること。


 魔女の生い立ちに事情のひとつや二つは付き物だが、ルーシアの事情は特別に重い。こんな遺言を残して、自分はさっさと死んでしまった師匠に、恨みごとのひとつも言いたい気分だ。


 二つ目はルーシアにかけてある師匠の術を、彼女が望むなら解除すること。


 ルーシアには、髪の色と瞳の色を変化させる術が掛けてある。彼女がいくら修行しても、箒に乗れないほどに未熟なままなのは、この師匠の術がストッパーになっているためだ。


 この術は彼女の生い立ちを隠すために、幼い頃から師匠が繰り返しかけてきた変装術だ。魔女の力を発揮するには、邪魔にしかならない。

 師匠はルーシアが魔女として伸び悩んでいる姿を一番近くで見ながらも、生涯その術を解除することはなかった。

 私がルーシアの変装術とその理由について聞かされたのは、師匠の寿命が尽きる半年前のことだった。



 ルーシアの元々の髪色は薄い桃色、瞳は澄んだベイビーブルー。


 そんな人間は大陸中を探しても他にはいない。なぜならそれは、遙か昔に消えた古代種の純血だけが持つ特殊な色なのだから。

 今ではその特徴を知る人すらほとんどいない古代種。ルーシアはその一族の、純血に限りなく近い末裔であるらしい。


 ルーシアの一族には、魔女が迫害されていた時代や『罪なき者』となった密約が関係しているらしいが、詳しいことは教えてもらっていない。


「それを知った方が良いと、おぬしが判断した時には、これを使え」


 師匠はそう言って、小さな鍵を私に手渡した。


「隠し部屋の鍵⁉︎」


 一人前の魔女は、必ず自分だけの隠し部屋を持っている。魔女はたくさんの秘密を抱え、それを抱えたまま死んでゆく。隠し部屋はその魔女の死後、決して開かれることはない。


「ルーシアには、その部屋で知り得ることを教えるの?」


「それもおぬしが判断してくれ。ルーシアが恋をしたら、必要になるかも知れん」


「丸投げじゃないの……」


「ルーシアの成人まであと二年半。おぬししか、(たく)せる魔女がおらん。すまんが、婆のやり残しを引き受けてくれ」


 私は、年の離れた出来の悪い妹弟子が可愛かった。揺蕩(たゆと)うような旅の生活も、寄る辺となる場所があるからこそ。

 いつでも私を迎え入れてくれ、キラキラと目を輝かせて土産話を聞いてくれるルーシアの存在は、何ものにも替えがたい。


 師匠は私がルーシアを放っておけないことをわかった上で、厄介ごとを丸投げしたのだ。


「全く……何が『遺言は二つだけ』よ。だから呪い魔女は性悪だって言うの……!」


 占い魔女はあばずれ、薬魔女は根暗、呪い魔女は性悪。魔女同士が罵り合う時の常套句(じょうとうく)だ。


 その話を師匠から聞かされた晩、寝ているルーシアの変装術を解いた姿を見せられた。


 薄桃色の豊かな髪に包まれるように眠るルーシアは、いたいけな小動物のようだった。


「ルーシアの本来の瞳の色は、澄んだ水色じゃ」


 薄桃色の髪、水色の瞳。


 きっとルーシアは一生、本当の姿を晒して生きてゆくことは出来ない。事情を知らない人間が見たとしても、この姿は余りにも特異過ぎる。すぐに人の口に乗り、危険を呼び寄せてしまうだろう。


「わしの掛けた変装術を解除さえすれば、ルーシアの魔女としての資質はおそらく一級品じゃ」


 魔女因子の大元にあたる一族の純血だ。その可能性は充分にある。


「あのルーシアがそんな力を手に入れちゃったら……」


「間違いなく調子に乗るな!」


「浮かれて大変なことになるわ!」


 二人して吹き出し、慌ててお互いの口を押さえた。


「まあ……私が何とかするわ。たったひとりの妹弟子ですもの」


「ああ……。そう言うてくれると思うとったよ。おぬしは、わしの自慢の一番弟子じゃからな」


「師匠がそんなこと言うなんて……! 明日は槍でも降るのかしら!」


「占い魔女が何を言っておるのか……。明日は晴れじゃ!」


 師匠の言う通り……次の日はよく晴れ、栗色の髪に戻ったルーシアは、いつも通り水薬を爆発させた。








次話こそ、アドルフォの呪いをなんとかせねば……! カミラさんお願いします!

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