表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/41

第三話 パンツは履かないで寝て下さい

 考えることはいくらでもあった。


 朝陽が昇った瞬間に目の前で起きた現象は、紛れもなく呪いの発動だった。これでもわたしは魔女の端くれ。そこに見誤りはない。


 思い返してみれば、全裸男は金色の髪、紫色の瞳をしていた。あの男はシオンが成長して大人になった姿なのだろうか?

 このはにかみ屋で愛らしい天使が、あんな目付きも口も態度も悪い男に?


「そんなの信じられない!」


 つい声に出た。流しで食器を洗う手も、ガチャガチャと乱暴になってしまう。

 そもそも全裸で、花咲く前の乙女の手を取るとは何たることか! ましてや、言うに事欠(ことか)いて『夜這い』とは……!


「股間のひとつも蹴ってやれば良かった!」


 いや……。生は嫌だな。


 朝ごはんを食べ終わって、窓辺のプランターに水をやっていたシオンが、びっくりした顔をして振り向いた。

 こてんと首を傾げて『どうしたの?』と訴える。ほら、天使! もう、天使! 可愛いったらありゃしない!


 なんでもないよとデレデレの笑顔で返し、考えごとの続きへと戻る。


 シオンには全裸男になっていた自覚はなく、昨夜のことは一切憶えていない様子だ。破れてしまった寝巻きを見てシュンとしていた。

 全裸男も、自分がなぜこの場所にいるのかさえわかっていないようだった。わたしのことを『お前は誰だ?』と言っていた。あれが演技でないならば、シオン同様子供である時の記憶を持っていないということだ。


「丸っきり違う人と、入れ替わっているのかも知れないし……」


 呪いには、術者の数だけ効果と条件がある。


 ある年齢に達する、特定の言葉を使う、恋をする、涙を流す、嘘をつく……。発動や解呪の条件、効果は術者が設定する。呪いはその条件が狭く厳しいほどに、少ない対価で強い効力を発揮するのだ。条件を設定するのは『罠』に似ている。

 罠にはまった対象者は、術者の設定した効果を、その身に受けることになるのだ。

 季節や時間なども条件になり得る。月の満ち欠け、初雪や雪解け、天気や気温。そして、夜明けや日の入り。


「夜明け……」


 窓から朝陽が差し込んだ瞬間、あの男から呪いの臭いが立ち込めて身体が縮みはじめた。夜明けがシオンに戻る条件だとしたら?


「夜になると、また変身する……?」


 もしまた同じことが起きるなら、備えなければいけない。


「るーしあ、おはな、ツボミがあるの」


 シオンがトトトと走って来て、目をキラキラさせて言った。わたしに見て欲しいらしく、エプロンの裾を引いて窓辺を指差す。

 手を引かれて窓辺まで行くと、プランターのハーブがいくつかの白いツボミをつけていた。


「わぁ、本当だ! 小さいの、よく見つけたねぇ。このハーブは花びらが五枚の可愛い花が咲くよ!」


「ごまい……。たのしみだねぇ」


 シオンが小さな手のひらを開き、指の数を数える。『いち、にぃ、さん』と辿々(たどたど)しい様子と舌ったらずの声にたまらなくなり、思わず後ろからギュッと抱きしめる。

 こんなに良い子なのに、どんな不幸に巻き込まれているんだろう。こんないたいけな存在を、誰が呪ったり出来るのだろう。


「大丈夫! 大丈夫だからね! お姉さんが、きっと何とかしてあげる!」


 柔らかな金色の髪の毛をわしゃわしゃとかき混ぜると、くすぐったそうに眉を寄せて首をすくめた。


 その日は、呪いに関する調べ物をしたり、シオンのビリビリになってしまった寝巻きを(つくろ)ったりして過ごした。修復不可能かとも思われた寝巻きは、アップリケと継ぎ布をパッチワークのように使うことで、なかなか斬新かつ可愛らしく生まれ変わった。

 わたしはそこそこ器用で有能なのだ。魔女の技以外は……。




 夜になり、直したての寝巻きを着て寝たいというシオンを説得する。


「今日はこっちを着て寝ようね。ほら! お姉さんのとっておきの魔女ローブだよ。きっと、(ほうき)に乗れる夢が見られるよ!」


 魔女ローブの持ち主が箒に乗れないのだから、あまり説得力のある言葉ではなかったが、素直で純真なシオンはこっくりと頷いてくれた。


 昨夜の全裸男は、かなり背が高く体格もガッシリしていた。もし今夜も変身するとしたら、わたしの服でも張ち切れる。だからといって、シオンを裸のまま寝かすわけにもいかない。苦肉の策の魔女ローブだ。


「ぱんつは? ぱんつ、はかないでねるの?」


「ぱ、ぱんつは……! ど、ど、ど、どうしよう……!」


 履いて欲しい! いや、履いていてくれないと困る。主に目のやり場に。

 シオンのパンツでは確実にまた破けるだろう。けれど、わたしのパンツを履かせたら、間違いなく大惨事になる。


「パンツ、洗濯しちゃって、乾いてないの。今日は我慢してね!」


 こんなことで、天使に嘘をつく羽目になるなんて……。ぐぬぬぬ! 全裸男めぇ!


 いつも通り絵本を数冊読み、子守唄を歌うと、シオンはすぐに眠りについた。

 顔にかかった髪の毛をすいてやり、ついでにその感触を楽しむ。


 あ、睫毛(まつげ)も金髪なんだ! 眉は少し濃い色なのに。

 ランプの灯りを、チラチラと反射する長い睫毛、(すこ)やかな寝息。

 この子を、やすやすと呪いに明け渡すわけにはいかない。たった二週間で、シオンはわたしの心の大切な場所を、すっかり占領してしまっている。

 漠然(ばくぜん)とした目標なんかじゃなく……。『いつか、そのうちに』じゃなく。


 わたしは早急に、一人前の魔女にならなくてはいけない。








次話『ついつい見惚れてしまいました』


ふふふ。ガッツリ変身シーン描写しちゃいますよ!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ