第二十七話 呪いの糸口を探します
晩ごはんを食べて、カミラのお土産を開けたり、外国の話を聞いているうちに眠くなってしまった。三歳児の身体はテンションが上がりやすく、すぐに疲れてしまう。
「ルーチャ、お風呂どうするの? シオンも入ってないでしょう?」
いつの間にか、カミラまで幼女のわたしを『ルーチャ』と呼んでいる。この年になって照れくさいって……。
「おっきくなったら、はいりましゅ。シオンも、おっきいひとが……はいりゅ……ぐー」
「おっきい人? 対象者のことかしら?」
* * * *
「ルーチャ、そろそろ日付が変わる時間よ。起きて頂戴! 私だけで対象者と対面するわけにいかないでしょ?」
目覚めても、まだ幼児の姿のままだった。この身体じゃ、付き添ってもあまり役には立たないんじゃないかなぁ。
「どうせなら、呪いが発動する瞬間を見たいわね。時間で発動するタイプの呪いなんて、今でも使う魔女がいるのかしら」
カミラが言うには、変身の呪い自体がとても大きな対価を必要とする、古いタイプの呪いらしい。条件を詳細にすればするほど、呪いの効力は高まるが、その分ハメることが難しくなる。元々呪いは、魔女の術の中でも難易度が高いのだ。
カミラと二人でシオンの寝室に、そっと忍び入る。シオンは穏やかな寝息をたてていた。風邪が治るとシオンの呪いは、元の通り規則正しく午前零時に発動するようになった。わたしの幼児化は不規則なままだ。
「ふくを、にゅがすの。やぶけるかりゃ」
寝起きの滑舌の悪さに辟易する。口の両端に指を入れて引っ張り、そのあと唇を突き出して頬をぐりぐりと揉む。大きく口を開いて舌をレロレロと動かす。度重なる幼女化が編み出した滑舌体操だ。
「なんなの? それ!」
カミラが吹き出して言い、わたしの頬をツンツンとつついた。
「かつじぇつ(滑舌)、たいそお!」
あまり成果は上がっていない。
アドルフォ用のシャツと下着用意して、ちまちまとシオンの寝巻きのボタンを外す。幼女化していると、この作業が途方もなく難しい。ボタンホールからスルリと逃げてゆくボタンに、意図せず涙目になる。幼女化中はすぐに泣きたくなるのも困ったものだ。
ベッドによじ登り、必死でボタンと格闘しているわたしを、カミラがひょいと抱き上げて頬ずりをした。
「一生懸命なルーチャ可愛くて、ずっと見ていたいけど時間切れ。私がやるわね」
甘やかされているなぁ。わたしが本物の幼女だった頃だって、この兄弟子はこんなことはしたことがなかったのに。
まあ、あの頃カミルは絶賛思春期中。男性魔女としての葛藤とか、色々あったんだろうきっと。
カミラは大人用の下着だけをシオンに履かせて、シャツとズボンを枕元へと置いた。
「着せなくていいでしょう? 呪いの気配を直接感じたいわ」
純粋に魔女としての好奇心なのだろうけれど、夜のカミラが言うと何となく色っぽい話に聞こえる。色づいた唇が妖しく艶めいて、端的に言ってとてもセクシーだ。
魔女は夜になると色香が増すという説がある。魔力は月との親和性が高いからだ。カミラを見ていると、その話もあながち与太話ではないかもと思う。
ちなみにわたしも、昼間より月明かりの下で踊りながら作った方が軟膏の出来が良くなる気がしている。
色香的には……どうなんだろう? でも、わたしだってもうすぐ18歳。いつまでも兄弟子に、女性として負けている訳にはいかない。
そうこうしているうちに、時計の針が文字盤の一番上で重なった。日付けが変わったら、アドルフォの時間だ。
穏やかに寝息を立てていたシオンの眉の間に皺が寄り「ううーん」と寝苦しそうに声を漏らした。もぞもぞと手足を縮めて丸くなる。カミラがそっと毛布をめくり上げた。
部屋の温度は少し高めにしてあるから寒くはない筈だけれど、風邪をひいていた時の姿と重なって見えて少し心配になる。
「しっ!」
口を開きかけたわたしを、カミラが真剣な顔で制した。
「はじまるわ……」
何度見ても不思議な光景だ。呪いというより神聖な出来事のよう。だってあまりにも、どちらの姿も美しい。
(いけない! ぼけーっと見惚れてる場合じゃない!)
カミラの手助けは必要だ。わたしはこの呪いに対峙するにはあまりに未熟だから。
でも……!
頬を小さ過ぎる手で、ペチペチと叩いて気合いを入れる。うむ! 我がほっぺ、ぷにぷになり! 自分で触っても気持ちいいな!
カミラに、おんぶに抱っこじゃ情けない。わたしはシオンの保護者であり、この塔の魔女だ。
「かみりゃ、しゃぽーと(サポート)して。わたち、のりょいのいとぐち(呪いの糸口)さがしてみりゅ!」
「ふふ、りょーかい!」
むむむ! この前も感じたけれど、呪いはひとつじゃない。
アドルフォの身体に絡みつくように、執拗な呪いがひとつ。それから、かなり古い時限式の呪いがひとつ。そして、この塔のセキュリティ。
「ぜんぶで、みっちゅ(三つ)? へんしんと……ぼーきゃく(忘却)のりょい……。あれ? いとぐち、ふたつだけ?」
「そうね……。私にも変身の呪いの糸口が見つからないわ」
呪い魔女は必ず呪いの糸口を作る。薬魔女は毒薬と同じ数だけ解毒薬を作る。占い魔女は悲劇の未来を見た時には、それに抗う道筋を探す。
『罪なき者』である魔女が、人間の道具に成り下がらないための命綱だ。
その、必ずある筈の『呪いの糸口』が見つからないということは。
「魔女の呪いじゃないわね」
時折り魔女の資質を持たずに、大きな対価を差し出して、人間が呪いに手を染めることがある。このタイプの呪いこそ、性も質も悪い。
「とりあえず、塔のセキュリティだけでも剥がしちゃいましょう。ルーチャはサポートしてね」
コックリとうなずき、今度はわたしがサポート役にまわる。出来れば自分で何とかしたいけれど、反呪で幼児化している今は反論の余地がない。
ベッドから少し離れて踊る。うーん、この姿だと格好付かないかも……。
わたしが真剣に踊っているのに、カミラがなかなか解呪の動作に入らない。
「かみら、やらにゃいの?」
ふと顔を覗き込むと、アドルフォをガン見して言葉を失っている。
「ルーチャったら……なんで先に言わないのよ! あらあらあら! なんて良いお顔と身体なの!」
「ふええ、かみら、こえ、おっきい……。あどるふぉ、おきちゃうよ!」
カミラの口を押さえようと、背中から飛びついてみたけれど、もちろん手が届かなかった。兄弟子とわちゃわちゃしていると、アドルフォがむくりと起き上がり、バツが悪そうに言った。
「……すまん。もう起きてるんだ。タイミングがつかめなくてな……」
『不定期更新宣言』をしましたが、ほんとに不定期ですね。ごめんなさい。ですがマイペースでも、お話を進めることに注力したいと思います。
おつき合い頂けると幸いです。
次話は、アドルフォのターンです!