第二十六話 何故か全方位で愛でられてます
「話には聞いていたけど、いきなりだったから驚いたわ」
「なんか、ごめんちゃい……」
幼児化したわたしが目を覚ましたのは夕方で、カミラはプリプリと文句を言いながらも、どこか機嫌が良かった。
「るーしあは、ちっちゃくなると、るーちゃなんだよ。ぼくのいもうとなの」
「ルーチャ? 懐かしい響きね。あなた、覚えてる? 三歳くらいの頃、自分のことをそう呼んでたわ」
わたしが三歳だとカミラは十二歳くらい? 確かその頃は普通に男の子だった。
「ちょっとシオン、見て! この手! ぷにぷによ!」
「ぼくより、こんなにちいさい。るーちゃ、かわいいねぇ」
きゃいきゃいと二人が楽しそうに、わたしの手を握りながらはしゃぐ。
わたしが寝ている間に、ずいぶん仲良しさんになったのね……。
「夕食にしましょうね。シオンと一緒に作ったのよ! 西国の香辛料をたっぷり使った辛いスープ。二人とも子供だけど、大丈夫かしら?」
キッチンから、食欲をそそる異国のスパイスの香りが漂って来る。途端にお腹がぐぐぅーっと鳴った。
「いいにおい! らいじょぶ、きっとたべれましゅ!」
カミラは野外料理が専門なので豪快だが、その腕前はなかなかのものだ。
キッチンへいそいそと向かうと、流れるようにクッションを重ねた椅子へと抱いて座らされる。そして何故か、シオンとカミラがわたしの両隣に陣取った。
「るーしあ、これ、ぼくがつくったの。おほしさまのかたちの、パンだよ。あーんして」
「ルーシア、ほら、これも食べなさい。南方諸島の豆粉の練り焼き。好き嫌いしたら大きくなれないわよ!」
わたしが豆類が嫌いだったのは十年以上前の話だし、時間が経てば元の通り大きくなる。あとシオンのパン、すごく可愛い。にこにこ笑った顔が付いてる。
「ありやと。でもじぶんれ、たべれましゅ」
そう言ってスプーンを握ってみたが、全然食べられなかった。ポロポロこぼしてしまうし、噛む前に口から溢れる。
その度に、シオンとカミラが落とした食べ物を拾ったり、口元を布で拭ってくれたりと、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。
非常に居た堪れない。けれど二人はとても楽しそうだ。
「かりゃい……。むりれしゅ……」
そして異国風の辛いスープは食べられなかった。舌を刺すような刺激で自然と涙目になる。唇も腫れぼったくなり、さらに滑舌が怪しくなる。スパイシーな味付け、普段は好きなのに。これが子供舌ってやつ?
「るーちゃ、おみず! おみずのんで!」
「あらあら。じゃあ、こっちね」
半ば強制的に口に押し込まれた、乳白色でしっとりとした果物。痺れた口を必死に動かして噛み締めると、ほのかな酸味と優しい甘さの果汁が口いっぱいに広がった。
「お、おいひい……」
油断すると口から果汁が溢れるので、両手で押さえて咀嚼する。むぐむぐ。おいひい!
「東の高山地帯の果物でね、天女が育てたって伝説があるの。柔らかくて輸送に向かないから、魔女ならではのお土産ね」
この柔らかさ。汁気も多いので、確かに箒に乗れる魔女でもないと、持ち運びに苦労するかも。
「ぼく、カミラおねえさんに、ほうきにのるの、みせてもらった! まじょさま、すごいね!」
シオンがキラキラと目を輝かせて報告してくれる。
「るーちゃも、まじょさまなんでしょ? ほうき、のれる?」
うぐぐっ! 痛い質問来た。
「おねいしゃん、まら、のれにゃいの……」
三歳児相当の姿で自分を『お姉さん』と呼称するのも痛いな……。
ああ、わたしもシオンにすごいって言われたい……。シオンを箒の後ろに乗せて、天女さまの果物、食べに行きたい!
「かみら……。わたち、あちたから、ほうきのとっくん、すりゅ!」
「ええっ⁉︎ 今更? だって箒に乗りながら踊るの無理でしょう?」
「やってみりゅ! できるきが、しゅる!」
幼い身体に引き摺られるのか、無駄にやる気に満ちている。幼児は未来に向かって、希望を糧にして生きているのだ。
自分の可能性を何の根拠もなく信じられるのって、気持ち良いな!
「いつつぼしのまじょに、わたしはなる!」
『五つ星、魔女……』とカミラが、復唱する。華やかに彩られた唇が、キュッと弧を描いて引き締まる。完全に捕食者の顔だ。獲物は……わたし……?
「よーし! シオン、聞いたわよね? 明日から特訓ね!」
「うん! ぼく、おうえんする。るーちゃ、がんばってね!」
カミラの特訓怖いとか、箒よりもこの幼女の身体を、まずはどうにかしようとか、冬支度で忙しいのにとか。わたしの中でルーシアがオロオロしている気がするけど、今のわたしは無敵だ!
三歳児(推定)サイコー!!!
また投稿画面で寝落ちていました(-_-)zzz
次話は、お久しぶりにアドルフォ登場です。




