第二十三話 兄弟子に説教されました
「ふうん、時間で姿の変わる呪い……。厄介ね……」
カミラがテーブルに肘をつき、足を組み替える。深いスリットの入ったスカートから綺麗な太腿がチラリと見えて、そんな徒っぽい仕草でも、カミラだと品があるように見えるから不思議だ。
「うん、すごく厄介。あと、塔の機能が働いて、この森に入った理由を忘れちゃってるの」
「それはまぁ……。師匠が亡くなったの知らなくて、呪いを解いてもらうつもりで来たんじゃない?」
わたしもそうだと思う。師匠は知る人ぞ知る解呪研究の第一人者だ。
「でも、それ以前の記憶も、全部失くしてしまっているの。複数の呪いが複雑に絡み合っているみたいだから、せめて塔の呪いだけでも解除しようと思ったの」
「それで、反呪を受けてしまったのね」
「そう、三歳くらいの姿になっちゃう。変化の法則性がわからないから、村へ買い出しも行けないんだよ」
もうじき雪が降る。急がないと冬支度が間に合わない。
「買い物は私が行って来るわよ。それにしても、面白いことになってるのね」
「当事者は全然面白くないよ!」
この傍若無人な兄弟子なら、当事者だとしても面白がりそうではある。わたしにはそんな余裕はない。
「とりあえず、塔に魔力を補充して来るわね」
「助かる! カミラ兄さんステキ!」
「お姉さまとお呼び!」
このやり取りもいつも通りだ。けれどカミラは女装趣味なだけで、男性を辞めたわけではないらしい。恋愛対象も女性だと言っていた。
塔の魔力の補充に関しては感謝しかない。この塔は師匠の魔力で運用するべく作ってあるので、最低限の機能に絞ってもわたしの魔力ではピクリとも稼働しない。師匠が亡くなってからは、年に何度かカミラが補充しに帰ってくれるようになった。
カミラが箒に乗って上の階へと上がって行くのを、階段の踊り場から眺める。
そう、これこそが魔女の正しい階段の上がり方だ。わたしは螺旋階段を、息を切らしてぐーるぐーると登る。目が回る。
「はぁー」
ため息が漏れる。羨ましくて。あと、細いタイトスカートでの横座り乗り、めっちゃ決まってる……。
「カミラ兄さん、格好いいなぁ……」
魔女としても、女性としてもはるか高みにいる人が男性だという、この残酷な現実。
「明日からしばらく修行をつけてくれるらしいけど……」
魔女としての技を学ぶべきか、それとも化粧や身嗜みの整え方を学ぶべきか、本気で悩む。出来れば両方お願いしたい。
* * * *
「うーん、この子は真っ白ね。呪われてないわ」
お昼寝中のシオンを、カミラに見てもらった。やっぱり呪われているのはアドルフォの方なんだ……。
「ねぇカミラ、呪いを解いたらシオンは消えちゃうの?」
「そうなるわね……」
「シオンが……あんな可愛い子が大人になれずに消えるなんて、駄目だよ!」
予想通りとはいえ、目の前に答えを突き付けられるのは思っていたより、ずっとショックが大きかった。
「元の人格を消して、シオンを残そうとしているの?」
「そ、それは……」
「元の人格を消すなら、それはもう別の呪いよ」
「う、うん……わかってる……」
「呪い魔女になるの? あなたは薬魔女を目指してたんでしょう?」
容赦なく質問を重ねて来るカミラに、追い詰められて黙り込む。
「自分の欲のために魔女の技を使ったら、例えどんな理由があっても『黒き魔女』と呼ばれるのよ」
自分の欲……。シオンを消したくないというのは、確かに自分の欲だろう。でも……、だって……!
「あなた、そういうところが魔女に向いてないのよね。師匠が反対してたのわかるわ」
カミラが困った顔で笑って、わたしをそっと抱き寄せてくれる。
「ルーシア、魔女は人間とは違うの。人間の法律や倫理の外にいる存在なの。でもそれは人間が決めたことで、魔女が自分の技の在り方に責任を持たなくて良いって意味じゃないのよ。魔女の修行をはじめる前に、師匠から言われたはずよ」
「わかってる……」
「対象者が望んで、方法があるなら……呪いは解除すべきたわ。そうでしょう?」
わかっている。あの身体はアドルフォのものだ。シオンは呪いが生み出した人格に過ぎない。
「とはいえ……。ルーシアの気持ちもわかるわ。こんな可愛い子を目の前にして『呪いだから消すべきだ』なんて言える魔女は、そう多くはいないでしょうね」
私も無理だわと、カミラが美しく弧を描く眉を寄せて、自嘲するように笑った。
「夜の方……。アドルフォだっけ? とりあえず、そっちも見てから一緒に考えましょう」
わたしはカミラの肩に額を置いたまま、込み上げる涙を堪えて何度もうなずいた。あまりに大きな問題を抱えて、視界が狭くなっていた。
目を通した師匠の研究論文は、まだほんの一部だけだ。落ちこぼれ魔女のわたしにだって、まだまだやるべきことがある。アドルフォを消さなくても、シオンを幸せにする方法があるかも知れない。
カミラの真っ直ぐで長い黒髪が鼻先で揺れる。わたしは懐かしい魔女の匂いに包まれて、急激な眠気を誘われた。
(あ……、幼児化……してるかも……)
『えっ? ちょっとルーシア⁉︎ あなた……!』
眠りの入り口で、小さくなるわたしを慌てて抱き上げるカミラの声を、聞いたような……気がした。
カミラの本当の名前は、カミルです。女装してない時は、普通の男の人だったりします。また、ややこしい人が増えてしまいましたね!
次話 魔女についてお話しします
割とふわっとしてないです笑