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第二話 拾った子供は天使でした

 森で拾った幼い男の子は、とても無口な子供だった。


 最初は外国人の可能性や、言葉の出ない病気を視野に入れたほどだ。

 けれど、どうやら『憶えていない』らしい。負担にならない程度に話を聞いたところ、わたしと森で出会った日より前のことは思い出せないと言う。話せないのではなく、話すことが『ない』のだ。


 親や近しい人に、見知らぬ森に置いてきぼりにされたのだとしたら、それはどんなにか悲しい記憶だろう。幼い心が忘れてしまいたいと判断したのかも、と思うと胸が痛んだ。

 しかもその小さな身体には、いくつもの古傷があるのだ。虐待されていたのならば、むしろ思い出さない方がいい。


 元の場所には戻すべきじゃない。


 弟妹もなく子育てどころか初恋もまだではあるけれど、わたしには、魔女としての才能と引き換えに生活能力を明け渡してしまったような師匠と、長年暮らして来た経験がある。


「立って歩いて自分でごはんも食べる年齢だもん、何とかなる気がする!」


 少なくとも、自分で将来を考えられるようになるまで、一緒に暮らすことにした。


 情が移るのはあっという間だった。初めて『るーしあ』と、わたしの名前をはにかみながら呼んでくれた時に、胸のど真ん中を射抜かれた。

 おまけにこの子は、わたしの作ったアレな軟膏を、嫌がらずに塗らせてくれたのだ。


 念のために言わせてもらうが、わたしの軟膏は薬効は悪くないし、副作用があるわけでもない。むしろ、かゆみ止め(しか)り傷薬(しか)り、中々の上物だ。ただ、色が禍々(まがまが)しく、凶悪な臭いがするだけだ。


 次の日の朝、『いたいの、なくなった』と笑ってくれたのを見て、はじめて魔女として役に立てた気がして、涙が出るほど嬉しかった。


「この塔でお姉さんと、ずっと一緒に暮らそうね!」


 そう言うと嬉しそうに、こっくりと頷いてくれた。心にも身体にも傷を負ったこの子を、わたしが幸せにすると決めた。


 僭越(せんえつ)ながら、名付けもわたしがした。


 “シオン”


 彼の瞳とよく似た、薄い紫色の花びらを持つ花の名前だ。秋の森のひだまりに咲く花で、花の中心部分の鮮やかな黄色も、柔らかい髪の色と似ている。

 名前と共にその花を渡すと、鏡の前へ行き自分の姿と見比べてから、ニコニコと笑いながら戻って来た。気に入ってくれた様子に、わたしも笑顔になった。




 その事件が起きたのは、わたしとシオンとの暮らしがはじまってから、ちょうど半月が過ぎた夜のことだ。

 シオンは手のかからない子で、寝かしつけてしまえば朝までぐっすりと眠る。

 わたしは子供というのは、夜泣きをしたり、なかなか寝なかったりするものだと聞いていたので拍子抜けしたり、『まだ遠慮してるのかなぁ』と少し寂しく思ったりしていた。


 あの、嵐の晩までは。


 季節外れの雷が鳴り、強い風の吹く大荒れの晩。夜更け過ぎに、窓を打つ雨の音で目を覚ましたらしいシオンが、枕を抱えてわたしの部屋へとやって来た。


「るーしあ、いっしょに、ねてもいい?」


 涙目で見上げる天使のお願いを、断れる人類がいるだろうか? いや、いる筈がない。『もちろん!』と返事をして、満面の笑みで迎え入れた。

 一緒にベッドに入ると、えへへと笑いながらわたしの肩にすりすりと額を寄せて来る。少しずつ心を開いてくれる様子がいじらしかった。


「ふふふ。あったかいね」


 お互いに、まだ照れ臭さが残る(あいだ)がらでも、嵐の夜に身を寄せ合う相手がいるというのは、思ったよりもずっと心地良いものだった。


 どのくらい眠ったのか。何となく感じた寝苦しさで目が醒めた。毛布の上に重たいものが乗っている。寝ぼけて手で払うと、その手を勢いよく取られた。


「何者だ? どうして俺のベッドで寝ている?」


 ひやりと冷たい声だった。低く、(かす)れた男の声。慌てて飛び起きてベッドから降りようとしたけれど、声の主はぎりりと握った手を離すことはなかった。


「間者か? それとも……暗殺者か?」


「そ、それ、わたしのセリフ! そもそもこれはわたしのベッドです!」


 握られていない、空いた手でベッドサイドのランプのスイッチを入れる。ほのかな灯りに浮かび上がったのは、肌を露わにした、見知らぬ男性だった。


 あまりのことに、パクパクと口を動かしても声が出てこない。


「……夜這いか?」


 男の目に嫌悪の色が浮かぶ。訳のわからないまま侮辱されて、わたしは心底頭にきた。(つか)まれた手を振り払おうと、闇雲に手足をバタつかせると、枕元からはらりとシオンの着ていた寝巻きが落ちた。所々が破れている。


「シオンをどうしたの? あの子に手を出したら許さないから!」


「シオン? 誰のことだ? ……ちょっと待て……。ここはどこだ?」


 男は愕然(がくぜん)とした表情を浮かべて、自分の裸の身体を眺め、辺りを見廻しはじめた。手が離れたので、ベッドから転がるように降りる。


「シオン! シオン、返事をして! あなた、シオンをどこへやったの!」


 固まったように動かなくなった男を警戒しながら、シオンの寝巻きを手に取る。ビリビリに破れてはいるが、血は付いていない。何か武器になるものをと思い、部屋の隅に立てかけてあった(ほうき)を掴む。


 相手は成人男性だ。取り押さえるのは無理だろう。早くシオンを見つけて逃げなければ。


「俺は、……俺は……。誰だ?」


 途方に暮れたように呟く男を見て、これはいよいよおかしい状況だと思い当たる。人里離れた森の奥の、目眩(めくらま)しの術をかけた魔女の塔への、自分が誰かもわからない全裸の侵入者? もはや意味がわからない。


 わたしは、自分のことで手一杯になってしまった男を放って置いて、急いでシオンを探した。

 布団をめくり上げ、ベッドの下を覗く。部屋の隅、タンスの影、どこにも見当たらない。

 ふと窓を見ると雨は上がっていて、森は朝焼けの色に染まっていた。昇りはじめた太陽の光が、窓から差し込んだ……。



 その途端に。


 男がベッドにドサリと倒れ込み、その身体から(のろ)いの気配が立ち込めた。


 悲鳴を呑み込んだのは、魔女の弟子としてのプライドだ。

 男の身体は見る見るうちに縮んでゆき、見覚えのある大きさになった。蜂蜜色の柔らかい髪の毛、幼い手足、可愛いお尻。


「シ、シオン……?」


 声をかけるとパチリと紫色の目を開く。


「あれ? るーしあ? おはよ……」


 すぐ目の前にあるわたしの顔に少し驚いたシオンが、とびきりの天使の顔で微笑んだ。








 次話『パンツは履かないで寝て下さい』


 このサブタイトル、気に入ってます笑

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