第十八話 アドルフォも風邪ひきでした②
「食べさせてくれるか?」
「えっ?」
もちろんシオンには食べさせてあげるつもりだった。『ほら、あーんして!』『あーん、パクッ』は、看病の醍醐味だ。幼い頃から、先代と二人きりで暮らしていたわたしの憧れイベントだ。
でもそれをアドルフォにやるとなると、かなり気恥ずかしい……けれど。
わたしの目指していたのは『薬魔女』。薬魔女の仕事は、病人に寄り添うことだ。
「全く、甘えていいのは病気の時だけですよ! 治ったら、冬支度の手伝い、してもらいますからね!」
スプーンに粥をすくい、軽く息を吹きかけて冷ます。
「はい、口を開けて下さい」
何か言うかと思ったけれど、アドルフォは何も言わずに口を開き、もぐもぐと咀嚼した。
「味が全然しない……」
「ああ、熱のせいですね。食べたら熱冷ましを飲みましょう。あっ、大丈夫ですよ。師匠が作った薬です」
「ふっ……」
「あ、熱かったですか?」
お水の入ったコップを渡すと、アドルフォは眉を下げて、困っているのか笑っているのか、わからない表情を浮かべた。
拗ねている時は、シオンみたいと思ったけれど、今度は知らない大人の男の人のように見える。
「病気になるのも悪くないな」
「わたしは調子が狂うから、早く元気になって欲しいです」
わたしが照れ隠しに言うと、アドルフォは『そうだな』と今度は愉快そうに笑った。
アドルフォは最後の一口まで、わたしの差し出すスプーンに口を開いた。なんだか上機嫌なので『本当に具合悪いんですか?』と聞きたくなったけれど、病気の時の人恋しさはわたしにも覚えがあるので勘弁してやった。
そして、元気になった時に忘れたふりをしてあげるくらいの優しさは持ち併せているつもりだ。だってわたしはまだまだ未熟ではあるけれど、薬魔女なのだから。
薬を飲んで、トロリと眠そうになったアドルフォが『ルーチャ』とわたしを呼んだ。
『わたしの名前はルーシアですよ』と言って額に冷たい手拭いを乗せると『そうか……ルーシアだったか……』と言いながら目を閉じてしまった。
けっきょく、何の用事で呼ばれたのかわからないままだ。わたしは、呼ばれた理由が聞けるまで……せめて目覚めるまでアドルフォのままでいて欲しい。そう、思った。
その気持ちが育ったらどうなるのか。……どうするのか。
わたしは、考えたくないことに蓋をして、急いで階段を降りた。
アドルフォとシオンの風邪は、タチが悪かったらしく長引いた。二人は不定期に変身するので、わたしはその度にびっくりしたり心配したりと振り回された。
意外なことに、体力のあるアドルフォよりもシオンの方が先に回復した。熱はシオンの方が高かったのに。子供の回復力ってすごい。
わたしの幼女化は安定しなかった。法則性も見当たらず、気まぐれに発動して、気まぐれにもとに戻る。
シオンは突然自分よりも小さくなってしまうわたしに驚きつつも、一生懸命に世話を焼いてくれた。子供の適応力とシオンの優しさがすごい。
洗濯物を取り込む時に踏み台を押さえてくれたり、畑の収穫でカゴを持ってくれたり。
丁度お風呂に入っている最中に幼児化してしまった時は、背中や髪の毛を洗ってくれたりもした。
お兄さんぶって頑張るその姿はとても微笑ましくて、わたしは更に骨抜きになった。
そして二人がすっかり元気になってしばらくすると、お約束のように今度はわたしが熱を出した。
次話 風邪ひきルーチャ
感染症対策の甘い世界線のお話で恐縮です。アドルフォはルーシアの名前を『ルーチャ』だと思っています。主要登場人物二人だけなのに、名前は四つ(´ー`)




