第十四話 荷物をあらためましょう
本日午前中に投稿した第十三話、改稿(貼り付け)に失敗して、投稿時にぐちゃぐちゃになっていました。申し訳ありません。現在は修正してあります。
「ルーチャ殿は元の姿に戻れるのか?」
「わたちの、まりょくが、ひきおこしたげんちょう(現象)なのれ、そうむじゅかしく、ないはじゅ、れしゅ」
そう難しくはない筈だが、慣れ親しんだ師匠の呪い解除に失敗した今となっては、ちょっと自信がない。
いやいや! あれはアドルフォの他の呪いが性悪過ぎるせいだ。あんな絡みつくような執着を感じる魔力は初めてだ。
「そうか。なら良かった」
「あどるふぉたんの……」
『アドルフォさん』のつもりだった。あまりの発音に口ごもる。でも『くん』って感じじゃないし、名前に『様』づけするのも抵抗がある。
「俺も、ルーたんと呼んでも?」
「いやれしゅ」
やっぱりいじめっ子だった。この人の煽りスキル、高過ぎじゃない? キリッと真面目な顔してるから読みにくくて困る。
「あどるふぉの、のりょい(呪い)が、あとまわしに、なってちまいまちゅ」
もう呼び捨てにして話を進める。
「ああ、仕方ないさ。それに、もうじき冬が来るだろう? どうせ外には出られなくなる」
それを知っているアドルフォは、この大陸の人間で間違いない。そしてとっくに冬支度の季節に差し掛かっていることを思い出す。
雪が降れば、森は深い雪に閉ざされる。この大陸の冬は厳しい。丸々三ヶ月、人も獣たちも、雪どけまで巣にこもり微睡むようにして過ごす。冬支度は必須であり、生死に関わるのだ。
どうしよう! この身体じゃ買い出しにも行けないし、畑の収穫も滞ってしまう。
「そういえば、俺の荷物らしきものは見つけてもらえたのだろうか?」
「ああ、ありまちたよ」
半月以上の野晒しでドロドロだったが、さすがお金持ち仕様。洗濯したらピカピカになった。干しながら、仕立ての良さと生地の質にため息が漏れた。
『あれれしゅ』と畳んで揃えた旅装一式と、長剣を指差す。この身体じゃ持てないからね。重くて。
そう、剣だ。わたしが階段から落ちそうになった時、『騎士さま』と呼んでしまったのはこれを見ていたからだ。
「これは……」
アドルフォが剣を手にする。わたしに距離を取り背中を向けて、鞘から抜き身の刃をスラリと抜き放った。
その姿勢を見ただけで、彼が戦う人であり、その腕前が確かなことが伺い知れる。わたしは目を瞠り、そして見惚れた。
演奏家の楽器を持った立ち姿、料理人のエプロンを結ぶ仕草、仕立て屋の針や鋏を持つ動作、漁師の海を見つめる眼差し。
その道に本気で立ち向かった人ならではの、些細な動作の持つ美しさと凄味。アドルフォの後ろ姿には、夜明けの空気のような冴えた静けさがあった。
アドルフォが剣をシュッと一振りして鞘に収めた。おそらくあれは、刃に付いた血飛沫を払う所作だ。この人は殺傷に慣れている。
そんな恐ろしい仕草でさえ、たまらなく魅力的に見えてしまう。これも呪いのせいだろうか(いや違う)。
「うむ……手にしっくり来るな。どうやら俺の剣らしい。背負い袋の中を見ても良いだろうか?」
こっくりと頷く。わたしも見たいので覗き込もうと、椅子をよじ登っていたら、優しく持ち上げられ、椅子の上にそっと下された。
うぐぐぐ、気恥ずかしいっっ! なんでこう、丁寧に扱うんだろう。初めて会った時は、下手人みたいにギリギリ締め上げたくせに!
アドルフォが背負い袋の口をゆるめて、中の物を出してゆく。
水筒、着替えの下着類、手拭い、野営用の携帯鍋、薬や調味料の小袋、油紙に包んだ地図、財布……。
「特に変わった物や、身元のわかるものは入っていないな」
旅慣れた人の荷物ではあるようだ。
「こりぇは?」
柔らかい上等の天鵞絨で包んだ、手のひらほどの木箱。そっと開くと、中には見事な細工の施された、可愛らしいオルゴールが入っていた。
「旅荷物にオルゴール……? 聞いてみるか?」
わたしが頷くと、アドルフォはそれがまるで神聖な儀式ででもあるかのように、丁寧に、丁寧に小さなネジを巻いた。
やがて彼の大きな手のひらの上で、儚く繊細な金属音が弾けはじめる。
それは、ずいぶん前に滅んだ……、
わたしの祖国の子守唄だった。
次話『見てはいけないもの』
また、視点がアドルフォへと移ります。とても意味深なサブタイトルですね。変身シーンあり〼。