表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/41

第十三話 名前を決めましょう

「わたちのにゃまえは、るーちゃ、れしゅ」


「ルーチャか。可愛い名前だな」


「ちがいましゅ! るーちゃ!」


「う、うん? ルチヤか?」


「るーちあ!」


「ルーちゃん? 『ルー』が名前か?」


「もう……いいれしゅ。なんれも……」


 思ったよりも舌が動いてくれない。そしていい加減に降ろして欲しい。階段の段差が高過ぎたので、うつ伏せになって足から降りようとしたら、それでも足の長さが足りなかった。

 咄嗟に『夜のあの人』に助けを求めたが、つい『騎士さま』と呼んでしまった。三つも悪魔の名前を考えていたのに。


 彼はわたしを抱き上げて助けてくれ、そのままキッチンに移動して座り、温めたミルクをフーフーと吹いて冷ましている。わたしはなぜか膝の上だ。

 もしやこの体勢のまま、手ずからミルクを飲ませるつもりか。やめて欲しい。そしてうちのキッチンに馴染み過ぎだ。


 そもそも顔が近いんだよ! キラキラ眩しいんだって! 自覚のないイケメン、ほんと扱いにくい。


 ゼロ距離に迫る彼の顔をグイグイと押して、膝からポンと飛び降りる。


「わたち、なかみは、おとなれしゅ! たしゅけてくりぇたの、ありゃーったいけろ、ちかしゅぎれしゅ!」


「ん? すまん。もう一度頼む。『ありゃーったい』……?」


『ありがたい』と言ったつもりだった。うぐぐ……。この舌、ままならないっっ!!! あと『ん?』って微笑みながら言うの反則っ。腰が抜ける! 無駄に色気を振りまかないで欲しい。身体に悪い。


 言葉がダメなら文字がある! 筆談だ!


 リビングに、シオンと使っているお絵かきセットを取りに行き、その場に崩れ落ちそうになった。


 まず引き出しに手が届かない。そして足場にしようとした椅子が重くて動かない。世界は三歳児がひとりで生きてゆけるようには出来ていない。

 こっそりと振り向いて伺い見ると『夜のあの人』は、わたしをじっと観察するように見つめていた。


 引き出しを開けて欲しい。でもさっき『子供扱いするな』的なことを叫んだ身としては、ちょっと気まずい。


「ん? その引き出しを開けたいのか? 何番目だ?」


「いちばん、うえ、れしゅ……」


 立ち上がり、大股で歩いて来る。うわっ、足長っ!


「何を取ればいい?」


 カタンと静かに引き出しを開き聞いて来る。下から見上げているわたしを、驚かせないように気を使ってくれている動作だ。


「くれよんと、しゅけっちゅ……しゅけ……」


 スケッチブック……。言えない……。


「これか?」


 お絵かきセットを丸ごと取り出してくれた。頷くと、空いた方の手でひょいとわたしを抱き上げる。太い腕の上は、思いの外居心地が良い。


 スケッチブックを開き(彼が)、クレヨンを取り出す(彼が)。


 渡されたクレヨンで、まずは自分の名前を書く。ルーチャではなくルーシアだ。


「ん? ルー……。ルー……?」


 次にアドルフォ、続けてシオン。


「ア……オーン? これは『ド』で正解(あってる)か?」


 クレヨンは、推定三歳児の小さな手には太過ぎる。そして手が思い通りに動かない。スケッチブックには、大きく辿々(たどたど)しく、解読不明な文字が並んでゆく。これならまだ喋る方がマシだろうか?

 見上げれば、彼がわたしの手元を優しく見つめながら、文字が追加されるのを待っている。プレッシャー、キツい。


 わたしはコホンと咳払いをしてクレヨンを置いた。あとでこっそり練習しよう。今は無理!




「あなたのなまえを、きめまちょう。けるえろ……けりゅべりょ……べりゅじぇぶぶ……」


 駄目だ。ケルベロスもベルゼブブも、幼女の舌には荷が重過ぎる。あとそこ、『呪文(とな)え出した』みたいな顔しない。違うから。


「『あろるふぉ』はどーれしゅか?」


「アドルフォ……『気高い(おおかみ)』か?」


「も、もりにいる、はぐれに、あなたにてましゅ。かみのいりょ(髪の色)とか、ふんいきが」


「……良い名前だ。ありがとう」


 噛み締めるようにお礼を言われて面食らう。


 今まで後回しにしていた名乗りと名付けを早々に済ませた。それは幼女の姿になってしまい、彼の助力なしでは日常生活が立ち行かないという、極めて即物的な理由からだ。

 さっきの階段みたいな状態に陥った場合、わたしとシオンでは、一緒に落ちるしか選択肢がない。

 しかも、最優先として幼女の舌で発音しやすい名前を選んだ。あと、『あの人』と『アドルフォ』で発音が似ている。ずっと心の中で『夜のあの人』と呼んでいたから。


『夜のアドルフォ』……。非常にいかがわしい。



 名づけの由来とさせてもらった、はぐれの一匹狼は数年前からの顔馴染みだ。なぜか冬になると見かけるようになる。

 彼の髪色に似たダークブロンドの毛並みの、大きくて強そうな狼だ。

 この森には狼の群れは住んでいないので、どこからか流れて来たのだろう。ぼっち仲間なので、わたしは一方的に親近感を抱いている。


 決して近寄っては来ないその()()()は、凍えるような寒い夜がよく似合う。孤独を愛するような(たたず)まいも、どこか彼と似ている気がする。









ようやく名前を付けました。名前を付けると、どんな生き物でも情が湧きますよね。無機物でさえ、特別な物になる。


次話『荷物をあらためましょう』


森で回収して来た、アドルフォの荷物を二人で確認します。少しは、アドルフォの過去が見えて来るのでしょうか? 26日、23:00更新です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ