第十話 階段を昇ります
魔女の塔は住居兼研究施設だ。わたしは下の方で呑気に暮らしていたけれど、上の階は呪い魔女としての過去を持ち、解呪のスペシャリストだった師匠が使っていた。つまり、うちの塔は呪い特化の魔女塔なのだ。
呪いの産物であると思われるシオンを救うためには、どうあっても呪い魔女としてのスキルや知識が必要だ。わたしは媒体である夜のあの人を封じ込めて、シオンが乗っ取る手段を探さなくてはいけない。
現状、わたしが把握しているのは塔の五階まで。
それより上を目指す。
一階はリビングとキッチン。二階にはシオンとわたしの寝室。どちらの部屋からも出られる広いベランダには、小さな花壇とお昼寝用のハンモックがある。
三階は書庫で、わたしが幼い頃から読んでいた絵本や冒険小説、最近ハマっているロマンス小説が置いてある。他には魔女のための初歩的な書物や魔導書も少々。
四階はわたしの工房だ。魔女の技を使いながら薬を作る。素材を乾燥させたり、混ぜ合わせたり、熱を加えたりする。魔女の大釜があるのもこの部屋だ。もっとも、わたしはまだ大釜を使えるほどの力量はない。
五階はこの塔の制御室。
もう一度言おう。制御室だ。
この塔は先代が建てた。
先代は祖国で『毒沼』と呼ばれていた稀代の五つ星魔女だ。その先代が十数年をかけて作り上げた研究所兼住居が、普通の塔である筈がない。
だから上の方、怖いんだよぉ……!
制御室はこの塔にかけてある、魔術と呪いを制御・管理している部屋だ。
この塔の機能は全部で五つ。
ひとつ目は『目くらまし』。塔に近寄った生き物の三半規管に作用して、塔を見えにくくする認識障害の呪い。離れればすぐに解ける。
二つ目は夜に作動する『獣除け』。この森の夜行性の獣はかなりヤバ目だ。森に住む人間がわたし以外にいないのは、このためだ。
塔をぐるりと囲う境界線を越えて来る獣に、強烈な静電気をお見舞いする。
三つ目は裏庭の畑に掛けてある、虫除けと豊作の呪いだ。虫除けはまだわかる。でも、豊作の方はさっぱり理解出来ない。因果律の乱数に作用するらしい。
四つ目は、上の階を囲って封じ込める魔術。師匠の研究や魔女の技が及ぼす全てを、この塔の外や居住圏へと漏らさないための壁だ。一応、わたしと同行者は通り抜けられる。
五つ目は、わたしと師匠を目標として森に入った対象者の記憶を奪う呪い。この呪いを受けると、塔を目指した目的を忘れて帰ってしまう。招かざる者、来るべからず。
わたしに友だちがいないのは、この呪いのせいだ。そうに違いない。
ちなみに、呪いと魔術は似ているように見えて案外違う。
呪いは、発動や解呪に条件を設けて、対象者が条件を満たすことで発動する。『罠』や『時限装置』と考えると分かりやすいだろう。
術は術者が対象物に直接働きかけるものだ。
どちらも対価を必要とし、魔女は魔力を対価とするが、常人は供物を使う。そのことから、呪いも魔術も魔女も、一緒くたに忌み嫌われる。ちなみに、魔術は魔女しか使えない。
あまり知られてはいないが、呪いは対象者に害を与えるものばかりではなく、祝福や慈愛を与えることも出来る。
ただし、負の感情の方が供物との相性が良いため、中々に難易度が高い。
今のところ、わたしが使えるのは魔術のみ。薬の材料に直接働きかけている。
五階より上には、先代の研究のための施設や、書きためた論文がある筈だ。立派な呪い魔女になるために、シオンを消さないために……わたしは階段を昇るのだ!
「あ、あれ? 作動してる?」
六階へと挑む前に、何の気なしに覗いた制御室に、呪いの発動を記録する魔道具の赤い点滅が見えた。
獣除けは履歴が残らないし、わたしと同行者には全ての呪いは発動しない。
と、いうことは……。
森に入った何者かが、五つ目の呪いを受けたということだ。
「お、お邪魔しまーす……」
先代が亡くなって以来、わたしは一度も制御室には足を踏み入れていない。部屋の中は、懐かしい先代の魔力の気配に満ちていた。
「これかな?」
臭いを頼りに魔道具を探し、履歴を確認する。
作動した日付けはシオンと出会った前日だった。偶然……とはとても思えない。
記憶を奪うという点では、正にドンピシャだろう。けれど五つ目は、招かざる客に帰ってもらうだけの呪いだ。『夜のあの人』のように、全てを忘れてしまうような物騒なものではなかった筈だ。
「誤作動?」
師匠のやることに間違いはないとは思うが、二年の間に綻びが出来たのかも知れない。
わたしは三階の書庫へ師匠の書いた塔の手引書を取りに戻り、いい機会なので他の機能も確認することにした。
「条件に矛盾も漏れもないし、魔力も上手く流れてる。問題ないように見えるなぁ」
誤作動でないとしたら『夜のあの人』は、わたしか師匠を訪ねて来たということだろうか?
もしくは……狙って来たの?
「うーん……」
わたしは知らない人だ。師匠の客か知り合い? だとしたら、然るべき手順を踏む筈だ。
あとは……、対象者と思われる『夜のあの人』を、わたしが魔女としての技を使って、直接確認するしかない。
「寝ている間にちゃっちゃと調べれば大丈夫だよね?」
わたしは一階へと降りて、リビングで昼寝するシオンの隣に横になった。少し眠って、夜に備えなければ!
目を閉じるとここ数日で積み重なった寝不足が、わたしをすぐに眠りの底へと引きずり込んだ。
わたしはシオンに『るーしあ、おなかすいた』と揺り起こされるまで、夢も見ずに眠ってしまった。部屋の中はすっかり暗くなっていた。
次話『サクッとやっちゃいましょう』
ルーシア、塔の機能と『夜のあの人』の記憶喪失との関連を調べるために、魔女の技を使います。
さてさて。とてもフラグ臭のするサブタイトルですが、大丈夫ですかね?