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第一話 森で子供を拾いました

 秋も深まったよく晴れたある日の午後。


 ツヤツヤのマロングラッセを作りたくて森に入ったら、丸々とした大粒の実をたくさん抱えた栗のイガと一緒に、迷子らしき子供を拾った。


 素肌に大人用のマントを巻き付けた男の子で、栗の木の後ろからこちらを覗き見ていた。『どうしたの?』と声をかけると、何も言わずに首を振る。保護者なしで森に来るような年齢には見えない。せいぜい五歳か六歳。

 しゃがみ込んで視線を合わせると、くしゃりと顔を歪ませて泣き出しそうな顔をした。転んだのか膝を擦りむいている上に、足の裏には栗のイガが刺さっている。


「うわぁ、痛そう……。こっちにおいで!」


 抱き寄せて膝に座らせて、足の裏のイガを抜く。持っていた水筒の水で足を洗い、首に巻いていたスカーフで傷を覆ってやると、痛みに顔をしかめた。それでも、ぐっと涙をこらえる。


「泣かなくてえらいねぇ。でも泣いてもいいんだよ。人間はそういう風に出来ているんだから」


 ふるふると頭を振ってこらえる様子がいじらしくて、師匠の口癖を口にした。ついでに故郷のおまじないも。お山の向こうに飛んで行くやつ。


『お母さんは?』『ひとり?』『服と靴はどうしたの?』『お名前は?』


 一通りの質問をしてみても首を振るばかりだった。少し困ったことになったなぁとは思ったが、このまま置き去りにするわけにもいかない。もうじき日が暮れる。


「お姉さんのおうちで、一緒に晩ごはんを食べようね」


 当たり前のことのように言って抱き上げると、こっくりとうなずいた。蜂蜜色の癖っ毛で、瞳は薄い紫色。とても可愛い子だ。

 少し辺りを見回して荷物や服を探したけれど、何も見つからなかった。




  * * * 




 わたしの自宅兼工房は、人里離れた深い森の奥にある高い塔だ。そんな塔に住んでいるのは、幽閉された貴人か魔女くらいのもの。わたしは後者にあたる。

 犬は人に付き、猫は家に付き、魔女は塔に付く。この塔は、先代である師匠から受け継いだものだ。


 けれど、塔に住んでいれば魔女になれるわけじゃない。当たり前だ。そして残念だ。

 わたしは魔女として半人前どころか、せいぜい多く見積もっても五分の一人前くらいだろう。わたしが出来る魔女っぽいことといったら、軟膏を作ることだけなのだ。

 師匠の遺してくれた魔女の大釜は、もっぱら煮込み料理に使われているし、(ほうき)は掃除にしか使わない。


 (ほうき)に乗れない魔女が高い塔に住むと、どうなるかというと……。

 高い塔の下から二階分のみで暮らすという、非常に地に足がついた生活をすることになる。なぜなら疲れるからだ。

 考えてもみて欲しい。キッチンは三階、寝室は五階、お風呂は六階、トイレは八階なんていう、何をするにも階段を登り下りする生活は不便極まりない。足腰が鍛えられて、魔女ではなく格闘家になってしまうかも知れない。


 結果、箒に乗れる師匠だけが必要な部屋が上にあり、居住スペースは下の方の階という構造になった。


 先代である師匠が生きていた頃には、八階くらいまで連れて行かれたこともある。でも、それより上は未知の領域だ。今となっては近寄るのもなんだか怖い。何しろ先代が亡くなってもうすぐ二年。何かが蔓延(はびこ)っていたり、育っていても不思議じゃない。


 常に頭の上に手に負えない空間がある生活というのは、何となく座りが悪くて落ち着かないものだ。


 わたしは何も魔女になることを諦めてしまっているわけではない。巡り合わせとわたしの出来が悪く、修行半ばにして師匠が亡くなってしまったけれど、遺してくれた物がたくさんあるのだ。

 わたしが魔女としてやって行くためのものは、全てこの塔の中に揃っている。

 少しずつでも魔導書を読み進めて、先代師匠の研究を引き継げる立派な魔女になりたい。いつかは、塔の最上階までを制覇したい。


 いつか、そのうちに。そう思いながら、時々売れない軟膏を、言い訳のように作っていた。


 そんなわたしに、この(たび)扶養家族が出来た。森で拾った男の子は、近くの村では身元がわからなかったのだ。


「森に捨てられた子供かしらね? かわいそうに。でもこの村には養護院はないし……」


 わたしの作ったジャムやピクルスの委託販売をしてくれる、雑貨屋の女将さんも困り顔だった。養護院のある大きな街は遠く、季節は冬に向かっている。行くにしても、子供を連れた旅に適した時期ではない。


「しばらくは、わたしが面倒を見ます。何か手がかりがあったら、知らせて下さい」


 わたしは魔女としては未熟だけれど、先代が亡くなった十六の歳にはすでに自活するだけの生活能力はあった。塔の中庭には小さい畑があるし、森は豊かな恵みに溢れている。

 今のわたしなら幼い子供の口を(やしな)うことも、そう大した苦労ではないだろう。

 軟膏は売れたことがないけれど、ピクルスやジャムの売り上げで、生活雑貨を買う現金を稼ぐことだって出来る。


「婆さまが亡くなって、ルーシアも寂しかっただろうし、それもいいかもね」


 わたしと先代は、この村では森に住む身寄りのない祖母と孫ということになっている。ちなみに塔には、先代の目眩(めくらま)しの術がかけてある。魔女とは隠遁(いんとん)するものだ。


「なんかあったら力になるよ!」


 女将さんはそう言って、子供用の古着や靴を格安で譲ってくれた。助かる。



 そんな風にはじまった塔での二人暮らしは、すぐに大きな問題が生じてしまった。


 この男の子。


 夜になると、白鳥ならぬ大変な美丈夫に変身するのだ。










 白鳥に変身するのは昼間だよ! という突っ込みは勘弁して下さい笑


 魔女ルーシアと、夜は大人(意味深)になる可愛らしい男の子のお話です(今のところ)。


 次話『拾った子供は天使でした』


 波乱のはじまりですよ!


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