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第17話「時間稼ぎ」

 奴の名前を口にした。

 つまり、目の前の人間たちがその名前を知ってしまった。名前を知ったと言うことは、存在を知ったと言うこと。存在を知ったと言うことは、彼らもまた存在を知られたと言うこと。

 人間達という群れの中の、レオンハルトという個体を知られたと言うこと。

 ならば、どうなるか。


「ぐ、う、うおおおおおおっ!?」


 勇者達の纏う黄金のオーラが、爆発的に増加する。嵐のように吹き荒れて、守護者の間に積み上げられた人骨の山を蹴散らした。


「なんだい、この加護の力は……」

「今まで、歴代の勇者の中にも、こんなに強い加護を授かった者はいません」


 レオンハルトの纏うオーラは、私でさえも見たことがないほどに濃く強力なものだった。およそ人が纏えるものではないほどの神性は、離れていても肌を焼く。

 ――名前を知られたくらいで、随分と気前の良いことだ。


「“|燃やし尽くす灼熱の火球ファイアボール”」

「っ! “霊錠解放:贄の腐肉(ヴィクティム)”」


 予兆のない、巨大な火球。

 咄嗟に開いた門から流れ出した無数の肉が、一瞬にして蒸発する。肉片が周囲に飛び散り、焦げ臭い空気が部屋中に充満した。


「なるほど。私たちの力もかなり上がってるのね」


 火球の主――杖を真っ直ぐにこちらへ向けた魔法使いが、平然と言い放つ。


「随分な挨拶じゃない。マナーがなってないんじゃないの?」

「生憎、魔王相手の礼儀は知らないのよ。“猛火の飛沫(スプラッシュブレイズ)”」


 杖に魔方陣が現れ、再び火球が放たれる。今度は個々が小さく、数が多い。


「“霊錠解放:屍鬼の骨塚(グールマウンド)”ッ」


 扉が開き、骨がなだれ込む。そこから生まれた小鬼どもが、一瞬で消し炭になる。運良く掻い潜った者は、聖剣と拳によって砕かれた。


「チッ。攻撃偏重でバランスの悪いパーティね」

「回復役はメルトだけで十分だ」


 再び火球が放たれる。

 今度は、それと同時に勇者と格闘家もこちらへ走り寄ってきた。


「“霊錠解放:亡霊騎士(ファントム)”」


 黒騎士を呼び出し、勇者達に差し向ける。


「邪魔だっ!」


 しかし、頑丈な筈の鎧を、勇者の聖剣は容易く切り裂いた。圧倒的な火力におもわずげんなりとしてしまう。ゲームバランスが悪いなんてものじゃない。

 けれどこちらも無策でやられているわけではない。


「――回復役ちゃんが危ないわよ」

「っ!?」


 肉薄してきた勇者に囁く。

 彼は目を見開いて、背後を振り返る。

 そこにいたのは、死神の鎌を首筋に当てられた神官の少女。その顔は恐怖に染まっている。


「レオン――」

「ふっ」


 目の端に涙を浮かべ、勇者の名を呼ぶ神官。その瞬間、風が吹いた。


「ええ……」


 首狩りの影(シャドウリーパー)が倒れ、神官がへたり込む。勇者は未だ、私の前に立っているのに。


「剣撃を、飛ばしたっていうの?」

「今ならできる」


 高速で聖剣を振り、神性だけを飛ばす。

 できる勇者が他にいなかったと言うわけではないけど、これほど早くその技を扱えるようになった例は知らない。


「なるほど、勇者の器ね」


 前代未聞の膨大な“光の女神の加護”を注がれて尚、生きて動いて戦えるだけの強靱な器。勇者とはこういう人間のことをいうのだろう。


「何をぼさっとしてるんだい」

「かはっ!?」


 突如、顎を砕かれる。

 少し話に夢中になりすぎた。拳を振り抜いた長身の女が、野獣のようにギラついた目で私を見下ろす。


「ごめんごめん。ちょっとぼーっとしてたわ」


 霊錠解放、“翅燃ゆる迷い虫(ウィル・オ・ウィプス)”。

 閃光と爆発が周囲に広がる。煙幕が広がり、視界が一時的に覆われた。近くにいた勇者と格闘家はそれをもろに受けて、思わず怯んだ。


「人間的な反射が残ってるのは、まだ未熟ね」


 その隙に二人から離れ、安全な位置に立つ。


「あああああっ!」

「余裕がなくなってきてるわよ」


 激昂した勇者が、煙の中から飛び出してくる。

 右からは火球、左からは格闘家。背後には壁があり、逃げ道はない。


「“霊錠解放:黄昏の闇(トワイライト)”」


 鍵が回り、錠が外れ、扉が開く。

 流れ出たのは濃密な闇、そのものだ。瞬く間に部屋に満ちたそれは、互いの存在を覆い隠す。そこに誰かがいるのは分かっても、それが私か仲間かは判断できなくなる。


「小賢しいッ!」

「なっ!?」


 そのはずだったのに、私の胸を聖剣が深く貫いた。

 流石にこれには驚いた。わざわざ位置を変えて、他の仲間との同士討ちを狙ったのに。どうして勇者はこうも真っ直ぐに、疑いなく、ためらいなく――


「俺は勇者だ。仲間を傷つける訳がない!」


 ダメ押しとばかりに聖剣を深く差し込みながら、勇者は高らかに声をあげる。神性が傷に染み出し、体が焼ける。

 大した自信だ。そして、それだけの力がある。


「流石ね、勇者。――奥へ進むことを許すわ」

「言われなくとも、押し通る」


 聖剣が胸から引き抜かれる。

 血に濡れた銀色の刀身が煌めき、私の首を刎ねた。

 床に転がる視界で、玉座の後ろにある扉をくぐる勇者たちを見送る。


「とりあえず、最低限の仕事は、果たしたわよ……」


 なんとか、時間は稼げただろう。あとは、グウェルたちの仕事だ。

 圧倒的な力を宿した勇者たちに、幸あれ。そう願いながら、私はゆっくりと灰になって崩れていった。

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