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悲しくて、苦しくて、血に汚れていても、どこか暖かくて
そんな物語
突然だが運命とはなんだろうか。自分で切り開くもの、すでに決められたレールのようなもの、あるいは己がなしてきた軌跡のことをそう呼ぶのだという人もいるかもしれない。だが私は呪いの一種だと考える。御察しの通り私は異世界へと転生した。出がらしをさらに絞ったかのようなありきたりな設定のものだが。死んだ時はまだ高校生で両親を置いて逝ってしまうことに申し訳なさなんて感じず、アニメや小説、ネットで見た主人公たちの華々しい活躍や冒険を自分もできると思っていた。
私の転生した世界は百年周期で魔王と呼ばれるものが復活し、魔物を率いて世界を脅かし、勇者と呼ばれる存在がそのたびに生まれ世界を救っていた。よくあるおとぎ話のような世界だ。そこへ私は転生し勇者に選ばれ、神様に授けてもらったハイスペックな肉体や頭脳を使い周囲の羨望や驚愕の感情を向けられてちっぽけな承認欲求を満たし悦に浸っていた。
誰にでもある欲だ。
そして、勇者となった私は魔王を打ち倒した。
あとで聞いた話によると、歴代の勇者たちはほとんどが魔王と相打ちだったそうだ。
それを聞いた時は心底驚いたし、周りも私に驚いた。数少ない偉業を成し遂げた私は大層もてなされた、その時はよかった。
最初の話に戻ろう、運命とは何か。先ほども言ったが私は呪いのようなものだと思っている。
魔王の討伐から何十年もたち、かつての仲間たちも老いていった、だが私だけが全盛の頃の肉体を維持していた。最初は神様がおまけでつけてくれた特典か何かだと思っていたが、調べていくとどうやら違うようだった。
『勇者に選ばれた人間はいわば星がお気に入りと認定した者、自身が殺されるに値する敵との戦い以外で命を落とすことなく全盛の肉体が維持される運命にある』
この選ばれたとは神職に就いている者が見出すのではなく、星が選んだ人物を神官が代弁者となり世界に伝えるのだ。言い換えれば勇者は星がお気に入りのキャラとして作り上げたようなものだ。
その時はまだそのことを楽観的に考えていた。
しかし、仲間が死に、顔見知りも死に、記憶にあった誰も彼もが死んでいく中私は若いまま取り残されていた。
何度も魔王と戦った、様々な戦乱に巻き込まれ多くの人も殺した。だが神様からもらったこの肉体はどうあがいても負けさせてくれなかった。まるでこいつらはお前を殺すに値するものではないというふうに。次第に戦闘スタイルも変わっていった、痛いのが嫌いで回避を軸にしていたが、回避をせず真っ正面から叩き伏せるようになっていた、ボロボロになればハードルが下がると短絡的ながら思ったから。
まあ、こうして生きている時点でお察しだろう。すぐに治った。
古い文献を漁って得たことは、生き残った数少ない歴代の勇者たちはさらなる戦乱に飲まれ、人間としての尊厳を破壊されたような悲惨な最期を迎えていったそうだ。私と違うのは最期がどうであれ死んでいったということのみ。
そうして自分の運命をどうにもできない絶望感と、途方も無いほどの別れと殺しを経験した私は心が折れてしまった。
どうあがいても死ねない、大切な人たちは先に逝ってしまう、戦乱には巻き込まれる、これを呪いと言わずになんと言うのか。こんな時になってようやく前世の両親を思い出した。息子が先に死んでしまった時こんな気持ちだったのかなと、自分を愛してくれた両親にもう二度と会えないと今更ながら再認識し、もう顔もおぼろげにしか思い出せないことに悲しみを覚え泣いた。そして、辺境の地で世界の終わりまで何をするでもなくただ生きていようと思った。幸い魔王が復活する際には勇者候補は毎回生まれてきているらしいから必ず私が出向かなくてもいいだろう。今はただ、絶望を紛らわせるために、何も考えず空を見ていよう。
***
ある時、魔王の城で1人の男を見ていた。魔王との戦いに勝利し生き残ったものの仲間は死に、自身も息も絶え絶えになった男はしかし星のお気に入りゆえに死ねずにいた。どうやら魔王が回復阻害をしていたようで、このままだといずれ死ねるだろうがそれまでの長い間は想像を絶する地獄の苦しみを味わうことだろう。男は戦いを見ていた私に気づくと助けてくれと願った。しかし私は回復系の魔法や状態異常を解除する魔法、またはそれに準ずる道具を申し訳ないが持っていない。それを伝えれば、ならせめて殺してくれと懇願し、無理だと思いつつもあまりにむごいその有様を見ていられなかった私はそれに応えた。
前例のないことだ。私が隠居のようなことをしてから生まれた勇者は片手で足りるほどの人数、さらに私に接触してきたのはほんの1、2名ほどで、伝説の勇者と名高い私に鍛えて欲しいと訪ねてきたくらいで(まさか自分のようなものが伝説などと言われているとは思わなかったが、実績だけ見れば確かに伝説ものだろう)、しかも我々は『星のお気に入り』。子供が大事なヒーローなどのおもちゃ同士で戦わせる遊びをする時に壊さないように注意するのと同様、なんらかの保護がかけられていると推測していた。つまり、直接殺しことはできないと。
それでも私は、彼が苦しみが少なく逝けることを願って、殺せなくてもなくともせめてこれ以上苦しむことのないよう気絶してくれと願いながら首をめがけて、腰に装備していた剣を振り下ろした。
少なくない出血を伴って名も知らぬ偉大な勇者の首はあっさりと胴と別れた。その最期は穏やかとは言い難いが少なくとも彼の顔に苦痛の表情は浮かんでなかった。
一方私の顔に浮かぶのは困惑の表情、一体なぜ私は彼を殺すことができたのか、そもそもなぜ私は辺境で隠居すると決めていたのに今日に限ってわざわざ魔王の城までやってきたのか。いろいろ考えることはあるがこのままここで勇者だった彼とその仲間たちの骸を晒したままにするのはあまりに哀れだと思い、震える手をなんとか抑え全員を担ぎ自身の拠点へと向かった。
***
拠点に彼ら全員の墓を作り、弔ったあと私は思考していた。なぜあの時私は彼を殺すことができたのか。私が彼を殺すに値するという判定だったのか、そうであればもし仮に生き残った勇者と新たに生まれた勇者が敵対した場合お気に入り同士が殺しあうという星にとっては最悪の事態が発生することになる。私は星ではないのでどう考えているかわからないが、少なくとも私が星なら、たとえ殺すに値する相手だろうと勇者同士で殺し合いが起きても死なないようにするだろう。
では愛想が尽きた説はどうだろうか、あの時たまたま彼が星に愛想をつかされたので私が殺せたという説だ。しかしこれでは満身創痍の状態で彼が生きていたことに説明がつかない。勇者は自分を殺すに値する敵からの攻撃以外で死ぬことはない、つまり彼は魔王のかけた回復阻害の結果命を落とすということはあっても、それ以外で死ぬことができない状態だった。そもそも彼の状態は普通の人なら死んでないとおかしい状態だった、頑丈な勇者だからこそ生きてしまっていたのだろう。切る寸前で愛想が尽きたといえばそれまでだが考えにくい。
こうなると本格的にわからない。勇者同士でも殺せる法則が存在するとは先ほど考えた通り想像しにくいし、私が星に特にお気に入りと認定されているとも考えづらい、それなら私のような存在が1人くらいはいるはずだ、しかし歴代の勇者で現在まで生き残っているのは私しかいない。様々な文献を漁り小さな噂と呼べるか怪しいものさえ検証したのだからこれでいたら大した情報隠蔽能力だ。
それでも一つわかっているのは私が悲惨な最期を迎えるであろう彼らにせめて苦しまずに逝かせてあげられるということだ。
生きる意味を失っていた私だが、今日私は私にしか成せない使命を呪われた運命から見出した