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未来創造社シリーズ

スーミーとの出会い

漠然と「願い」はあるんだろうなと思うとき。ラジオから流れてくる冬の歌を聴いていると心にジーンと入り込んでくるような、そんな自分は図らずもまだまだ健在で、降り積もる雪に言い得ない想いを馳せていた頃が蘇ってくる。未だに何なのかはよく分からないままのくせに、十分知っているような気になってしまっているかもと感じた。



喧騒を離れるように活字を追う。暖房の温もりが時に温泉の極楽と同じようなニュアンスに感じられる事も幸いしてか、柔らかい文体の表現にすっと入って行ける感覚。イメージが膨らんできたところで一旦壁の方を見つめ深呼吸。




恐らく自分の言いたい事なんて言葉にしてしまえば単純で、もしかすると暴論ですらあって、何の工夫も見られない気の利かない内容なのだ。でもそんな内容でも無いわけではないというところに辛うじて「自分」を見出す。




<「自分」なんて…>



と投げやりになりそうなところでいつも冷静になる。野暮なものは目に付かないところにあれば何も問題はない。それを見失えばたぶん、流されてゆくこと間違いなしと思われる事多々。




<けれど、「流されている」と自覚した上なら流されてみるのも良いのかも知れない>




気を抜いていると変な事は浮かんでくる。なんとなく止めようのない流れでスマホを眺め始める。そのうちにウトウトと…。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




「こんにちは!お兄さん分かりますか?」



「『お兄さん』って?」



「貴方ですよ。お兄さん」



「いや、そんな歳でもないんですけど」



何やら目の前に男の人が居る。いつから居たのか分からないけれど、多分そこは玄関で、男の人はスーツ姿。この辺りで何かに気付く。



「あ、もしかしてセールスマンか何かですか?」



「そうです。こちら『未来創造社』の『すみりつお』という者です」



男性は名刺を手渡す。『角律雄』と書くらしい事が分かる。



「聞いたことない会社ですね。たぶん僕要らないと思います」



「聞いた事が無いのは当然です。何故ならこちらはパラレルワールドに存在する会社ですので」



「は?パラレルワールド?」



「はい」



謎めいた言葉を『当然』という様子で肯定する角さんというセールスマン。あまりにも超展開なので、



「あ…これって『夢』か」



と気付いてしまう。そこからは普通『明晰夢』と呼ばれる夢に移行してゆく事が多いのだけれど今回は違う。角さんという人が目の前で嬉しそうに笑いながら、



「あたりです」



と両手で丸を作ってジェスチャーしている。



「え?なんだこれ?」



混乱している私をよそに話は展開してゆく。



「最近の研究でですね、まあ『こっちの世界』の最新の研究なんですが、夢の中でパラレルワールドの住人に干渉できるという技術ができましてね、それを今試験中なんです。まだ技術の成功率は20%というところなので」



「え…?なにそれ怖い…」



「怖くはないですよ。実体には影響は及ぼさない仕組みなので」



こんなに色々情報を与えられると普通はキャパオーバーで自然と目覚める流れだからやっぱり特殊であると分かる。



「いや…で…それが本当だとして、貴方は私に何をしたいんですか?」



「出来る事は少ないのですが、そちらの世界の半径1キロメートル以内での外の情報を提供したいと思いまして…」



「狭っ…それあんまり意味なくないですか?」



「いえ、実はちょっと緊急事態でして…」



「え…?何か事件でも?」



「場合によっては事件かも知れませんね。お兄さん、目覚めたら300メートル程先の自販機に走って行ってくれませんか?」



「どうして?」



「とにかく緊急事態なので!」




☆☆☆☆☆☆☆☆☆




「うわ…なんだったんだ今の夢」



最後の少し眼の細い角さんの瞳がキリっと見開いて鬼気迫るものになったのが強烈に印象に残ってしまったが、やはり夢であった。現状確認の為に部屋を見渡わしたついでに窓の外を見たら雪がちらついてきていた。



「うわー…寒そう…」



夢は夢なのだけれど考えてみると本当にここから300メートル先には自販機があって、自分は結構そこでコーラとかスポドリとかを買っていたりする。角さんという夢の登場人物には悪いけれど、あまり出歩きたくない心境である。



『とにかく緊急事態なので!』



『けれど、「流されている」と自覚した上なら流されてみるのも良いのかも知れない』



そこで何故か眠る直前にふわっと意識した内容が微妙に繋がってしまう。



<まあちょっとは散歩した方がいいのかも知れんよな…そういう暗示だったと思って>




エアコンは寒いので付けっぱなしにして家を出る。玄関の外からはそれこそ別世界…良くない意味で。気持ちは一気に折れかかるけれど、コーラを買いに行くという目標を捏造して無理やりな感じで歩き出した。



夕方の少し前、雪が舞う世界は見方によってはちょっと幻想的ではある。儚い雪が光の関係でより儚げというか。そのまま子供の頃に感じていたのは何だったのか思い出そうとしていると、あるところから猛烈な『違和感』がやってきた。



<あれ…もしかして…めっちゃ嫌な予感…>



自販機が視認できた辺り。自販機の下に、目を逸らしたくなるような物体が…。普段なら絶対そこには存在しない『段ボール』。あまりにもテンプレート過ぎて目を疑ってしまったが、恐る恐る近づいてゆく。




みゃ~みゃ~





やっぱり…。そこには一匹の猫が。本当に困るんだよな…本当に困るんだよな…許せないとかじゃないんだ。



<俺なら絶対にそのままにしておけないのが一番困るんだ!!!>



この心の叫びを本当に誰かに聞いてもらいたい気分だった。結局連れ帰って来てしまう。段ボールを抱えたままドアを開け玄関に入ると、『彼』が出迎えてくれる。



「おーい『ジロウ』喜べ、お友達だぞ」




みゃ~みゃ~



段ボールの中から『新入り』を取り出し、初対面の時間。ジロウは戸惑いながらもそこまで警戒していない。これは悪くない。居間に戻ってエアコンの温度を少し上げ、猫『達』のご飯の用意に取り掛かる。




後になってその日見た『夢』の内容を振り返ってみる。『角律雄』という人物が本当に存在して彼の言った事が本当だ、と考えるには論理の跳躍をしてゆく必要があるけれど、私は何となくそれが本当じゃないかと思えている。



「確かに、猫好きにとってみれば『緊急事態』なんだよなぁ…」




余談ではあるが、新入りの雄猫は「スーミー」と名付けられた。

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