1章1
「上手くいかないもんだな」
吐き出した煙とともにそんなセリフが零れ落ちる。柄にもなく煙草を吹かすその姿は苛立ちより諦観を漂わせる。
身長も体重も平均的で髪もきれいに整えられており大学生らしい普通の青年だがその様子は華の大学生にしては悲しみに満ちていた。
無理もない、今回で5回目の新人賞落選だった。
それに大学の知人が初応募にして新人賞を受賞したという事実が彼の絶望を加速させた。
あまりにも自分には才能がないのではないだろうか?と
確かにその知人が特別すぎるだけでまた挑戦すればいい話ではある、そうではあるが春樹自身にして見ればプライドがひどく傷つけられたことは紛れもない事実だった。
大学進学の際に借りた東京のアパートのベランダからから外を眺めながらいっそこの悲しみを小説にしてしまおうかなどと次の小説の題材を考えるために気持ちを切り替えるためには2本のたばこを吸いきる時間だけで十分だった。
結局、春樹は小説家になりたいほどに書くことが好きだったのだ。
題材を考えているとふと【猿の手】なんてものが頭に浮かんだ。
曰く、それは本人の望まない形で願いを3つ叶えるらしい。有名な話で小説のネタにするには如何なものかとも思ったが書き方次第では面白くかけるのでは?と少しばかりワクワクしていた。
しかし自分なら何を願うだろうかと考えてみたところでまた不愉快になる。
頭に浮かんだ惨めな考えは気が付けば煙草の煙のように吐き出されていた。
「3つもいらない僕に小説の才能を……いや小説でなくてもいい、周りから一目置かれるような才能を、能力を」
多少勉強ができるとはいえ大学生の域を出ることの無い平凡な春樹は大好きな小説で結果が出せないのであればもうなんでもいいから認められたいなんて考えが頭をよぎった。
あまりの惨めな考えが自分の頭の中をよぎったことを後悔しもう一本吸ったら早速新しい話でも書こうと思い3本目のたばこに火をつけようとライターを取り出す。しかしカチッという音はドスンという音によってかき消された。
ベランダから半身乗り出す形で外を眺めていた春樹は今自分の横に落ちた何かをみる。
それは手首から肩にかけて傷の入ったミイラのような猿の腕だった。
見た途端自分の吐き出した言葉が頭の中をぐるぐると回る(3つもいらない僕に小説の才能を……いや小説でなくてもいい、周りから一目置かれるような才能を、能力を)と。
それはまるで二日酔いの朝のぐるぐる回る天井を眺めるかの如く気持ち悪く頭の中を駆け回った。
流石に少し煙を吸い過ぎたか、と思ったが思った時にはもう気を失っていた……。