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六話

「よう。ヨルクが小娘二人だけ連れて来た時はどうなるかと思ったが、元気そうじゃねえか」

 大広間を出て角を三つ、小部屋を二つ過ぎた先。

 まるで人目を避けるかのごとくひっそりとした雰囲気を帯びた一室に通され、俺は二週間ぶりに部下たちと顔を合わせた。

 まず声をかけてきたエミールが妙に大きく見えるのは、天井が低いせいだろう。その割に横幅と奥行きはかなりのもので、暗い照明も相まって部屋の隅には陰が差していた。

 陰険な大部屋。

 そう表現するのが最も感情に即している。

 数分前に抱いた安堵が拭い去られ、それまで胸中を支配していた不安感が舞い戻る感覚。

 だが今は、五人の部下にエリノアとベアトリーチェ、あと部屋の少し前まで出迎えに出ていたヨルクの無事を喜ぶべきか。

「先に政治家への挨拶をさせられたよ。それより、そっちはどうだった? 異常はないか?」

 大方、ヘイズ・ブエンディアを招待したのも演出の一環だろう。

 無論クラウディオの政敵、ブルーノ・ドーフラインの側に回るのを牽制する意図もあったはずだが、俺と接触しやすい大物を敢えて招き、他の客の前でアドリィを交えての一件を演じる意図があったに違いない。

 言ってしまえば、ヘイズはその他大勢の代表だったのだ。

 ヘイズと、俺と、アドリィ。

 三者間の曖昧な力関係を露呈させ、俺を単なる傭兵風情ではないと知らしめる。そうやって考えていくと、なるほど見えてきた。

 場違いとも言える晩餐会に招待された傭兵。

 そこへ事件が持ち上がれば、真っ先に疑われてしまう。マッチポンプの火消し役として用意された捨て駒だと誰の目にも明らかだ。

 しかし、俺とアドリィに個人的な繋がりがあれば、どうだろう。

 アドリィがクラウディオの側近であることは、よほどの素人でもなければ常識に等しい。捨て駒の傭兵ではなく、彼女との縁故を持つ一人の男になるわけだ。

 エミールたちがこの大部屋に隔離されている理由、俺一人を先に大広間に通した理由も、それで説明が付く。

「――予定していた訓練内容は終え、実戦もいくらか経験させた。細かい指導までは俺には無理だったが、伊達にヨルクについて前線に立ってたわけじゃねえな。覚えは早い」

 エミールからの報告を聞く間に、周囲を見回す。

 目が合ったエドが頭を下げてきて、それを見たランディも続いた。フリーダはエリノアとベアトリーチェの世話を焼いているのか、小声で何事か話しながら目礼だけしてくる。シウフは……大体いつもそうなのだが、一見ぼんやりとしている表情でこちらを見てくるだけだった。

「……で、お前たちの方は?」

「見ての通り、今のところは無事だよ。ヨルクから聞かなかったか?」

 てっきり俺が大広間にいるうちに最低限の情報共有くらい終えたものと思っていたが、これはどういうことだろう。

 怪訝に投げかけてしまった視線に答えたのは、眼前のエミールではなく脇から現れたヨルクだった。

「処遇がどうなるか分からない以上、知る者は少ない方がよろしいかと判断しました」

「あぁ、なるほど、了解した」

 正直なところ、それくらいは誤差だと思うが。

 とはいえ、部下の気遣いを無下にするほどダメな上司ではないつもりだ。

「なら、自己紹介もまだか? どうせ俺たちが表に出られるのはしばらく後になってからだ。先に情報と状況を共有しておけ。……フリーダ、二人のことを頼んでいいか?」

 前半はヨルクに向けつつ、最後の一言だけをちらちらとこちらを見ていたフリーダに投げる。彼女は「はいっ」と軽く敬礼までしてきた。

「……セオ様はどうされるおつもりで?」

「久しぶりっつっても、たかだか一週間、二週間だからな。連中も暇じゃあない」

 早速わいわいと何事か言い合い始めている若い衆を一瞥し、それから無言で背後に立ったままの後ろ暗い二人を見やる。

「まぁ、後で時間は作るさ」

 こういう時に気の利いた台詞の一つも浮かぶようならいいのだが、如何せん俺は一人でいすぎたらしい。咄嗟に出てきた言葉は、なんとも味気ない実務的なものだった。

「エミールには悪いが、この場で頼れるのはヨルク、君だけだ。全員を、なんて無茶は言わない。せめて自衛するだけの力も持たない二人だけは、君が守ってくれ」

 しかし、ヨルクは嫌な顔一つせず、それどころかくしゃっと頬を綻ばせた。

「イエス。仰せのままに」

 どうにも大仰なところはあるものの、Aマイナスの位は伊達では務まらない。

 六王が直々に率いる軍隊は、その組織力でもってS級の化物に対抗しうると聞くが、王帯鉄火場……特にアドリィが抱えているはずの私兵くらいならばヨルク単独でも時間稼ぎくらいはできるはずだ。過信はしてはならないが、信用はするべきだろう。

 去り際にもう一度ちらりと目を向ければ、フリーダはじめ若手組とエリノア、ベアトリーチェはそれなりに上手くやっているようだ。

 一本気すぎるランディに、生真面目なエド、掴みどころのないシウフと、何とは言わないが少々目に余るところもあるヨルクを曲がりなりにも繋ぎ合わせていたのがフリーダだと、俺は思っている。

 エリノアとベアトリーチェも時折二人の世界観に耽ってしまう嫌いこそあれど、人付き合いはむしろ得意そうだった。

 任せてしまっても、問題ない。

 ……まぁ、何故か深刻そうな表情のエミールと、明らかに警戒してますオーラを全開にしているヨルクについては後で説教しなければならないが。

「さて、アドリィ」

 どうあれ、それは後の話だ。

 今は眼前のことに集中しなければ、説教すべき『後』すら指の間から零れ落ちてしまう。

「まさか再会のためだけにここまで案内してくれたわけじゃないんだろう?」

「えぇ、勿論。話が早くて助かりますね。……どうぞ、こちらへ」

 半身を引き、来たのとは別の扉を示すアドリィ。

 彼女の瞳は俺だけを見据えているが、その脇に控えるレイモンの眼差しは俺の背後、エリノアやベアトリーチェの方に向けられている。

「その前に、彼女らの処遇は任せてもらっていいのかな?」

 ちくりと刺すような言葉だったはずだが、アドリィはどこ吹く風と言わんばかりの涼しげな笑みを浮かべて返す。

「その話を、これからするのですよ?」

 毒蛇の、けれど無垢な少女のごとき微笑。

 毒々しいと言えばそれまでだが、決して一言では言い表せない何かがある。青二才だった俺がA級傭兵になったように、彼女もまた十四年の月日を生きてきたのだ。

 嫌だな、と心底思う。

 もし俺が一人だったら――。

 ヨルクと再会せず、傭兵団を組むことなく今この場に来られていたら、もっと楽だったろうに。

 足枷だとは思わない。

 だが、重荷だとは思ってしまう。

 剣と盾だけを手に戦ってきた俺には、重すぎる命だ。

「もしもあなたが――」

 何事か言いかけたアドリィが首を振り、扉を開ける。

「言ってくれていいんだぜ、別に」

「十四年前も、あなたはそうでしたね。直前まで無様な姿を晒すくせに、その時になると格好付ける」

「そうだったか? 若さを忘れない心掛けが大事ってことだな」

 内容のない軽口を重ね、彼女の後に続く。

 俺が行くのを待っていたレイモンが背後で扉を閉めると、廊下はかなりの暗さに包まれた。どこへ行くつもりなのか、アドリィと俺の足音だけが廊下に木霊する。

「――あなたが未だ一人なら、どれほどよかったか」

 そして、奇しくも重なるアドリィの言葉。

「俺が一人だったら、まさか求愛でもしてくれたか?」

「えぇ」

 意地の悪い冗談のつもりが、返されるのは欠片ほども嘘偽りのない声音だった。

「この十四年間を一人で生きたあなたなら。アザル・ルーとの、竜との、ウドゥリルとの悲劇を一人で生き抜いたあなたとなら、きっと手を結べたでしょう。同じ思いを共有し、同じ道を歩めたはずです」

 その時ようやく、俺は彼女の言わんとしていることを理解した。

 前を往く足音が止まり、手を伸ばした先にまた次の扉があることを教えてくれる。

「でも……、それでもやはり、聞かせてください」

 扉の前で振り返ったアドリィの顔は、暗がりのせいでよく見えなかった。

 毒蛇の笑みはそこになく、けれど代わりに何があるのかも判然としない。ただ一つ言えることは、いつだったかそんな彼女の顔を間近で見たことがある、という不思議な確信だけだ。

「私と一緒に来てくれませんか?」

 そう差し出された手を掴み取ることは、しかし無論、できるはずもなかった。

「悪いが――」

 互いに分かりきっていた答えを、しかもアドリィ相手に紡ぐだけなのに、どうしてこれほどまでに胸が締め付けられるのか。

 分からない振りをしていられればよかったのに、三十余年の経験から否応なしに理解してしまう。恐らく、アドリィは本気だった。いや間違いなく本気だったし、今が彼女にとって最後の機会だったのだろう。

「俺は、そっち側には行けない」

「あなたの目的を考えれば、こちら側が最も近道のはずですが」

「だとしても、だ。あんたの言う通り、俺がまだ一人なら違ったんだろうけどな」

 だとしたら――。

 どうして俺はヨルクを選んだのだろう。

 ふと脳裏をよぎった疑念が身を震わせ、眼前の女の眼差しにも同じ色があることに気付かせた。

「そう、ですか」

 だが結局、アドリィはその問いを口にすることはなかった。

 代わりの一言で身に纏う憂いを消し去り、見慣れた毒蛇の笑みが浮かべられる。

「まさか、今のが最後通牒だった、なんてオチじゃないよな?」

「えぇ、勿論。私も閣下も、そこまで短気で粗暴ではありませんよ」

 柄にもない話をいつもの今一冗談とも言い切れない軽口で流せば、もう互いにいつも通りだ。

 果てにあった扉をアドリィが開けると、暗がりの廊下に光が差す。

 どこかの部屋に繋がっているものと思っていたが、ほんの三メートルほど先に壁が見えた。一方で横幅はかなり広く、そこが部屋ではなく別の廊下であることを教えてくれる。

「こちらへ」

 と、アドリィが往く先には、二つの軍装。完全武装と言っていい軍人に挟まれる格好で、俺たちが今出てきた扉より数段大きく立派な扉が構えている。

「その剣と盾は預かりますが、異論はないですね?」

「むしろ晩餐会の会場に持ち込ませてくれたことの方が驚きだよ」

「盾騎士――。それがあなた、セオ・ブエンディアの称号ですから」

 事情や理由は未だ見えてこないが、ここまで聞けば否応なしに理解させられる。

 この先に誰が待っているのか。

 アドリィを見て敬礼した軍人たちに剣と盾を預け、直後、開け放たれた扉の奥に目を向ける。

 そして次の瞬間、我知らず息を呑んでいた。歩け、前に出ろ、と脳から発せられる命令に逆らい、足が固まる。その瞬間だけ、俺の身体が俺のものではなくなったようだった。

 僅か一瞬、されど一瞬。

 じろりと睥睨してくる両の目が俺を捉え、すぐに興味を失ったのが分かった。

「お待たせ致しました、閣下」

 しばらく進み、背後で扉が閉まるのと同時、アドリィが片膝をつく。

 思わず倣いそうになり、すんでのところで堪えるも、そんな努力さえ見透かされている気にさせられた。

 見上げる先には、肖像で幾度となく見てきた姿。

 ほんの数段とはいえ階段の上に華美な装飾の椅子が置かれ、そこにその男が座している。

 生きた獅子からくり抜いてきたのではないかと思わせるほどに力強い両眼に、八十という老齢にもかかわらず一片の白も見られない漆黒の髪。そこだけは年齢相応のシワが、しかし鬼を象るかのごとく男に威厳を与え、見る者には畏敬の念を抱かせる。

 かつて飢えたる獅子と畏怖された傑物にして、今や老獅子とまで呼ばれる帝国六王が一人、クラウディオ・デーニッツその人だ。

「セオ・ブエンディア、貴様の話は聞いている。かつての一件から此度の作戦まで、アドリアーノが知り得たことは全て、だ。その上で、答えは変わらぬのだな?」

 アドリィを一瞥したきり、彼の眼差しは俺にだけ向けられている。

 たった一瞥、それだけで暗がりでの会話の顛末を読み取ったのかと驚かされたが、勘違いしてはいけない。危うく騙されるところだった。

「陛下、あなたは軍人であられたが、商人や詐欺師になっていても大成していたのでしょうね」

 なるほどクラウディオとは異様である。

 軍上がりの六王といえど、腕っ節と軍との強い繋がりだけが取り柄なわけではない。彼は貴族や政治家の血筋ではなかったはずだが、そちらの才覚にも恵まれていたようだ。

「遠慮は無用だ、率直に述べよ」

「答えなぞ聞かずとも分かっていたのでしょう? あなたは断られる前提で俺に誘いを持ちかけさせ、予定通りの言葉を吐いたに過ぎない。むしろ俺が誘いに乗ってしまっては、あなたは損をしたはずだ」

 虚勢だと自覚はしている。

 彼の威容と圧力に呑まれ足を止めた先ほどの姿が本来の俺だ。

 だが、だからこそ、虚勢だろうと張らなければいけない。弱者が強者にできること、それは威嚇だ。本当の強者は、弱者相手に手傷を負う愚など犯さない。

 たとえ滑稽に思われたとしても、構うものか。恥は恥と思うから恥なのだ。誇りや外聞のために投げ捨てられるほど、俺と部下たちの命は安くない。

「ふむ……、聞いていた通りの男だな」

 果てなく続くかに思えた沈黙の末にぽつりと零されたクラウディオの言葉で、俺の緊張の糸が切れかける。

 そして、その直後だった。

「アドリアーノと一夜をともにしたというのも、あまり笑い飛ばせんらしい」

 彼が何を言っているのか、頭が理解することを放棄した。

 ――はい?

 ――アドリアーノ? 一夜? ……は?

 恐らく、俺は先ほど流れた沈黙の数倍は黙りこくっていたのだろう。ぽかんと間抜けな顔で、クラウディオとアドリィの顔を交互に見ていたに違いない。

「は?」

 どうにかこうにか口から出せたのも、言葉と呼ぶことさえ躊躇われる間の抜けた声だった。

「聞いていた通りの男だな」

 繰り返すように言うクラウディオの眼差しに悪戯っ子さながらの邪気を見つけ、ようやく我に返る。

 ハメられたのか?

 いや、だが、しかし、アドリィが気まずそうに俺とクラウディオから目を背けている。それ自体はさほど無礼と言えることではないものの、入室時の慇懃な態度と照らし合わせれば異常と言っていいほどの彼女らしからぬ反応だ。

 まさか――。

 確かに、十四年前のあの夜、俺は酔っていたが。

 酔い潰れ、朝になってアドリィに起こされるまでの記憶がほとんどないと言っていい状態だが。

 むしろ唯一覚えているのは、間近に見た彼女の顔だが。

 だが、だが、だが――、しかし、である。

「……あんたは、やっぱり王なんかじゃなく詐欺師か何かになるべきだった」

 悲観しかしない思考を無理やりかなぐり捨てて、クラウディオを下から睨む。

「そういう貴様は詐欺師に向かんな。……傭兵にすら、向いてはいまい」

「そんなこと、百も承知だ」

 それは王に対する態度ではなかったが、少なくともクラウディオは気にする素振りを見せなかった。アドリィは……正直、見たくない。俺の予想ではけろりとした顔で俺に横目でも向けているはずだが、もし仮に頬でも赤く染めていたら俺は俺自身を殺すしかなくなる。

「……で」

 後は野となれ山となれ。

 どう足掻いたところで、もう上塗りできないほどに恥塗れなのだ。感情を気にする余地など微塵も残されてはいない。理性のみで頭を働かせれば、全身からすっと熱が抜けていく。

「ここが教国でない以上、王にふんぞり返っている暇はありません。からかうためだけに俺を呼んだのでないとすれば、何が目的です?」

 今考えるべきは十四年前の夜ではない、眼前の危機である。

 いくら側近のアドリィを介してといえど、たかが傭兵風情に六王の一人に謁見する権利などない。にもかかわらず直に、それどころか内密に場を設けられたとすれば、答えは明白だろう。

 俺ではなく相手の側に特別の理由がある。

「何が目的か。それを私に問うてしまえるのが貴様の強さか、あるいは弱さか。だが、教えてやる道理もあるまい。代わりの答えをやるとするなら、目的は既に果たしたということだ」

 睥睨し、クラウディオは鼻を鳴らした。

「アドリアーノ、あれを見せてやれ。私はそろそろ行くとしよう」

「仰せのままに」

 ここでは彼が正義だ。彼が終わらせた話を俺が蒸し返すことは許されないし、滑稽を承知で口を挟もうと鼻で笑われるだけだろう。

 立ち上がり、そして歩き出すクラウディオの前から退き、道を開ける。彼はどこからか現れた侍従を背後に従わせ、内側からでは勝手に開いたようにしか見えない扉をくぐって廊下へと出ていった。

 伊達に一国の六分の一を担う王ではない。

「ほんと、嫌になるな」

 緊張の糸が切れ、思わず口が滑る。

「無力感を抱かなくなれば、あとは老いるだけです。満足を知り、高みを目指さなくなり、墓穴行きを待つだけのあなたなど、誰も見たくはないでしょう?」

「少なくとも俺と俺の腹心は、それを愚かだと笑うだろうな」

「私は愚かだとは思いませんが、あなたに似合わないことだけは分かりますよ」

 弱音に訳知り顔で返されるのは癪だが、アドリィの言は的を射ていた。

「愛すら知らぬ少女が恋に焦がれるように、怒りと憎しみを胸いっぱいに抱え込む。それがあなたです」

「俺が本当の憎悪を知らないと言いたいわけか。……まぁ、それでもいいさ」

 どうあれ、やることは変わらないのだから。

 愛を知ろうが知るまいが、恋する少女は心に殉ずるだろう。

 たとえ何が正解か分からずとも、たとえ遠回りだったとしても、同じことだ。

「それで、何を見せてくれるんだ? 六王の許可があって初めて明かせるものとなれば、相応に楽しませてくれるんだろう?」

 目的は果たした、とクラウディオは言った。

 気掛かりではあるが、別室に残してきたヨルクたちを『処理』したわけではないだろう。自分の身代わりとして絞首台に送るならまだしも、ただただ自分の手を汚すのは合理的じゃない。

「どうでしょう? 私は……十四年前を思い出して嫌な気分になりましたけどね。十四年前のあなたに騙された私に、今の教国を笑う資格はありません」

「別に騙したわけじゃないんだがな……」

 いや、一度は騙したんだったか?

 まぁいいか。

 騎士の花嫁が攫われて怒り心頭の教国がどんな手に打って出たのか、それを教えてくれるのであれば有り難い。笑えない、ということは、詰まるところ失態を演じて恥の上塗りをしたのだろうが。

「ここで知り得たことは、口外無用でお願いします」

 と言って差し出されたのは、束にまとめられた紙だった。一瞬、教国の新聞かとも思ったが、彼らが彼ら自身の失態を新聞に載せるはずはない。となれば、残る可能性は一つ。

「報告書か?」

「正確には、その概略ですが」

 どちらにせよ、教国内部の情勢が記されているわけだ。連中が隠したがる失態を探るには非合法な手段が半ば必須。必然、これは国と国との信用問題にも発展しうる犯罪の証拠になる。

 よくもまぁ王国に拠点を置く傭兵に見せたものだと感心するが、それとて今更か。

「ともあれ、感謝するよ。俺自身は追っ手の心配なんざしてなかったが、部下たちは気にするからな」

 一言礼を投げてから、報告書の概略に目を落とす。

 そして、我知らず呻いていた。

 なるほど、これは教国を笑いたくもなるだろうし、過去の自分を恥じもするだろう。

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