うちの彼氏がチョイスしたプレゼントがおかしい
「可愛いヘアピンだね」
「そうかな?」
友達が褒めてくれたのは、彼がプレゼントにくれたヘアピンだ。ワンポイントに小さな赤い花があしらわれている。
普通の女の子であればこういった贈り物は喜ぶのかもしれない。けど、私は花柄などの可愛い物は好みではない。私の持ち物といえば白、黒、グレーのモノトーンな色ばかり。形もとにかくシンプルで飾り気など無い物が好きだ。
「赤い花が女の子らしくて、かわいいよ。似合ってる」
私なんかが可愛いと言われる事に違和感を覚えるが、褒められて嫌な気はしない。
「でも、この花、菊だよ?」
「え?そうなの?」
「菊ってお墓に飾るイメージじゃない?それに女の子っていうより、どちらかと言えばおばあちゃんみたいな?」
「そ、そうかもね。だったら、付けなければいいのに」
「コレ、彼がプレゼントしてくれたから一応付けてあげようかと思って・・・・・・」
私は中学からずっと陸上一筋に打ち込んできた。
他の女の子たちが遊びに行ったりしている間もずっと練習に打ち込んできた。とにかく自分を追い込むのが好きで、一人で黙々と練習する陸上は自分に合っていたのだと思う。
部活中心の生活は、そのまま好みにも影響したのかもしれない。余分なものには興味が無く、削ぎ落して、削ぎ落して、ストイックな私生活だった。
それが高校に入って彼と付き合い始めると変化が起きた。
彼は何かとプレゼントしてくれる。それは飾り気のない私に対して心配しての事かもしれないが、はっきり言って迷惑だ。
それでも付き合っているのだからと、我慢して合わせている。
「これもその彼氏がくれたんじゃなかったっけ?」
友達が指さしたのは机の上に置いてあった筆箱だ。
この筆箱にも女の子らしくして欲しいという意味なのか、赤いチューリップの柄があしらわれている。
「そうなんだよぉ。チューリップって子供っぽくない?」
「でも、嫌そうにしてるけど、なんだかんだ言って使ってあげているんだから優しいよね」
「そんなんじゃないよ」
筆箱は丁度ボロボロになって買い換えようと思っていたところに、彼からプレゼントされたので使い始めただけだ。私はペン2本と消しゴムだけ入る必要最小限のシンプルなものに買い替えようと思っていたのに、彼に先を越された。
何気に私の事をよく見ているのかもしれない。このヘアピンにしてもそうだ。部活では髪が邪魔になるからヘアピンはいつも愛用していたのだ。
ただ、どれもこれも花柄を選ぶセンスはどうにかしてほしい。
ヘアピンや筆箱など、こういう実用的なものはまだ許せる。
この前貰った物はさすがにどう反応していいのか困った。
『ハイ。プレゼント。キミの家には無いんじゃないかと思って』
『え?なに?開けてもいい?』
手渡されたプレゼントは見た目の割に持ってみるとズシリと重たい。
『家に帰ってからの方がいいんじゃないかな?しっかり梱包してあるから』
言われた通り、家にかえってから何層にも梱包材で包まれた箱を開けると、出てきたのはガラス製の花瓶だった。
私に花を活けろと?
彼の理想とするタイプはお花に囲まれた可憐な女性かもしれないが、付き合っているとはいえ自分の好みを押し付けるのはやめてほしい。
確かに私の部屋には花瓶なんて余分なものは無かった。しかも貰った花瓶は私の好みには沿わない、ゴテゴテとして豪華でやたらと重く、まるで彼の思いそのままだ。
彼に聞くと、花瓶は重い方が花を生けた時に倒れないからいいのだという。
使いもしない物を送られても困る・・・・・・今はその重さを活かしてダンベル代わりにしている事は彼には内緒だ。
彼とはまるで性格が正反対だ。
陸上一筋でストイックな学生生活を送ってきた私と違って、彼は本が好きで穏やかな性格。体を動かす事は苦手にしていて、一日中でも本を読んでいたいタイプだった。毎日の様に本を読んでいるから物知りで、特に植物に興味があるのか、花の名前に詳しかった。
一緒に帰ると、道端に咲いている花を指さして教えてくれるような人だ。
穏やかな性格の彼だが、告白してきたのは向こうからだった。
やはりそこは男だ。「好きだ」と男らしくはっきり言われ、恋愛なんて縁が無いと諦めていた私は舞い上がって即答した「ハイ!よろしくお願いします!」朝練を始める前にする挨拶の様なテンションでお辞儀までした。
性格や好みは正反対だが、私はそこに惹かれたのかもしれない。私の知らない世界を教えてくれる彼といると、とても楽しい。
逆に彼の方は私と居て楽しいのか不安になる。こんな運動バカに付き合ってくれなくても、他にもっといい人がいるのではないかと・・・・・・
「あ、噂の彼が迎えに来たよ」
友達の視線の先を見ると、彼が教室の入り口に立っていた。
私の事を見つけた彼が手を挙げてニッコリ笑う。
「じゃあね、」
気を遣った友達は先に帰ってしまった。
「どうしたの?」
「今日、部活ないはずだから、一緒に帰ろうと思って。それに・・・・・・」
彼はカバンから何か取り出すと私に手渡した。
「プレゼントだよ」
それは手のひらサイズの花の図鑑だった。
「うん・・・・・・ありがと」
ニッコリ嬉しそうに笑う彼の手前、いらないとは言えない。
こういうプレゼントを買うお金があるのなら、ちょっとづつ貯めてデートにでも行った方がいい気がするのだけれど・・・・・・
そんな事は思っていても、絶対口には出せない。
帰り道、彼は花壇に咲いている花を見つけると、いつもの様に名前を教えてくれた。
「ほら、ペチュニアが咲いてるよ」
それは花壇によく植えられている花だった。その花の見た目は知っていても私は名前など知らない。興味が無かったから今まで知ろうとも思わなかった。
でも最近は彼の影響で少し変わってきた。
(せっかくだし、後であの図鑑見てみようかな)
「ちょうどいい・・・・・・」
彼はそう言うとペチュニアが植えられている花壇にしゃがみ込み、その花の茎を一本折り取ってしまった。
「ちょ!勝手に取っちゃだめでしょ!」
「大丈夫。昔から花泥棒は罪にならないって言われてるから」
「そうなの?」
「ああ。でも、大切に育てた花を取られたら悲しいだろうし、取るなら花を選ばないといけないけどね。ペチュニアは茎を刈り取ると、そこからまた芽が伸び出して更に沢山花をつけてくれるんだよ」
「へー、そうなんだ」
「はい。どうぞ」
彼は折ったばかりのペチュニアを私に差し出した。
「くれるの?・・・・・・ありがと」
花を送られ普通の女性なら喜ぶところなのかもしれない。でもそれは今取ったばかりの普通に生えていた花だ。どう反応して良いのか困る。
彼は反応の薄い私と居て楽しいのだろうか?
家に帰った私はこの前プレゼントされたガラスの花瓶にペチュニアを挿した。
たった1本のペチュニアは完全に豪華な花瓶に負けてしまっている。これならジュースの空き瓶にでも挿しておいた方がシンプルでまだ私好みだったかもしれない。
「そうだ、図鑑」
せっかくなのだしと、私は花の図鑑を開いた。
「ペチュニア。南米原産のナス科ペチュニア属に属する草本の総称。和名はツクバネアサガオ。切り戻せば花が咲き続け、とても育てやすいので初心者向け。花言葉は・・・・・・あなたと一緒なら心がやわらぐ・・・・・・」
私の胸がドクンっと高鳴った!
「ちょっと、待って・・・・・・」
ページをめくり、筆箱に描かれていた赤いチューリップを探した。
「チューリップはユリ科チューリップ属の植物・・・・・・赤いチューリップの花言葉は・・・・・・真実の愛・永遠の愛・ロマンチックな愛・・・・・・」
(ア゛ぁーーーっ!!)
興奮して叫びそうになった!こんなにも心臓が激しく動くのなんて、陸上でも味わったことがないかもしれない。
「待って、待って!!」
私は急いでヘアピンにあしらわれている菊の花を探した。
「菊は、キク科キク属の植物・・・・・・赤い菊の花言葉は・・・・・・あなたを愛してます・・・・・・」
バフッ!!
私はベットに飛び込み身もだえた。
(う゛~っ!!花を送られるって、こういうことなのかーぁ!!)
私にも残っていた乙女心が開花した。