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青年の旅立ち

「馬子にも衣装といったところか。うむ、大きさもぴったりだな。」


くたびれた服から装いも新たに、青年はおろしたての袍に身を包み、靴も麻布と木綿糸で作られた厚底の布靴に履き替えた。長い髪は櫛でとき、束にしたものを後頭部で捻じり上げて結い、麻紐で縛った。さらに、顎からところどころ飛び出していた髭も剃り、相応の清潔感が出ている。


旅立ちに備えて着るものをすべて新調して与えた老人は、身なりを整えた青年を見て、我が子を送り出す親心のような気持ちが芽生え、別れの前にその姿を焼き付けんと頭頂部からつま先までじっくりと眺めた。


「どうじゃ?着心地は。」


彼にしては大変珍しく、目尻を垂らしてにこやかな笑顔で聞く。


「布がまだ馴染まず、乳首が擦れます。」


素直な青年は率直な感想を述べる。


「大枚はたいたのに、そういうこと言っちゃう…?」


急に現実に引き戻され、ガクっと肩が落ちる老人。


(・・・まあ、育てたのは他でもないわしだしな。世辞など教えとらんし。逆におべっかを使われるよりマシか。)


「あ・・・。申し訳ありません。」


「まあ、よいわ。荷物はすべて用意できたな?もう一度念を入れておけよ。あと地図を出しておけ。」


気を取り直した老人は、背負いの荷物と、脇に置かれた帆布に巻かれた矛と盾にチラリと目をやりながら、準備の最終確認を促す。


青年は素直に荷物をひとつひとう一度指差し確認をし、漏れがないかを点検した。


「はい!万端です!」


「・・・よろしい。では地図をひらけよ。」


青年は荷物から取り出した羊皮紙の地図をぱらりと開け、老人が見れるよう巻き癖を抑えながら差し出した。


「方向は・・・、少し右に旋回せよ。そう、そうじゃ。いまわしらの住む場所がこの武橿源の中心。ここから一番近い町はひたすら東へ向かった、ここじゃ。」


地図は手書きの簡易化された古い航海図のようで、国境の境界線や、海岸線、領海の基線などの要所が大雑把に仕切られている。


精度は期待出来ない代物のようだが、老人は現在地に指を置き、大陸の中心に描かれた山脈群の絵記号から大陸端の海辺付近までを摺ると、海岸線に位置する都市記号をトントンと突いた。


「ここじゃな。」


突いた場所をまじまじと見つめる青年。


「水辺に隣接しておるのですね。いや違う、海か!そうか、海が見られるのか。」


在りし幼少期に海を見てみたいと憧れたことを思い出し、声がうわずる青年。

目的地とする都市からは海上の水路を示す線が四方に飛んでおり、交易の栄えた場所であることを伺わせる。


「うむ。この都市を目指せ。ここに出ると、人が腐るほど沢山いる。奴らは隙あらば常に出し抜かんとする連中ばかりだ。お主の持つ力を知れば我が物に利用せんと群がり、担ぎ出そうとしてくるだろう。」


「それら悪巧みをする連中に利用されないよう、注意を払えばよいのですね!」


「いいや、逆じゃ。」


「え?」


「乗れ。出来るだけ大きな欲望を持つ連中に担ぎ出され、その山車に乗れ!そして掻き乱して、渦を作れ!!言ったであろう、『世界をダイナミックにかき乱してこい!』と。わしが念願とするこの標題に善も悪もないのじゃ!!」


再び熱を帯び始め、目に炎がともった老人のハツラツとした火勢に青年は気圧される。


「し、承知いたしました!」


「しかし、だ。女には注意せよ。」


「女ですか?」


「そうじゃ、溺れるなよ。色沙汰にはくれぐれも注意するように。女は結局のところ優しい。その優しさにあてられて小さくまとまるな。未だのわしが先を越されるのが悔しいからではない、決してな!」


「ええっ!?そのお年にして、お師匠様まさか!?」


とっさに、穢れの感染を防ぐまじないの手刀を切る青年。


「クク、みくびるな!素人を知らぬだけよ!!」


堂々と腰に手をあて胸を張り、不動の姿勢を取る老人。


(お師匠様。玄人の職業おなごであれば、金さえ払えば誰にでも優しくなるのでは・・・。)


喉まで出かかったが飲み込み、無礼拳の呼吸法を以て平静を取り戻す青年。


「わたしについてはご心配なく。性のことにつきましてはこの小学5回生から続く、『メイリン先生の保健室コーナー』を毎回熟読しております故。それにわたしにはマーチュエちゃん殿一筋でありますから!」


小学五回生 9月特別号を高々と掲げ、青年は力強く答えた。

それを見て、汗を一筋垂らす老人。


(・・・やっぱあぶねえなコイツ。その小児性愛まがいなのも大丈夫だろうな?

まあ、表紙の写真から5年は経っておるからギリセーフか。)


互いに思う気持ちを胸にしまい、とうとう二人に別れの時がくる。




「どうじゃ?この二つ本当に要らんのか?」


見送る直前になり、部屋の床に置かれた酔仙戯具を見て、後ろ髪引かれる思いがしたのか、残念そうに老人が問い直す。


「いえ、やはりわたしには手の余るものです。自分の拳であればいくらでも振り回せますが、それらはどう使えば良いか考える頭がない。見なかったことにします。・・・というか、アレ?わたしはその道具から手を放しているのに、何故それらが『そこに在る』と判るようになっているのです?」


不思議そうに帆布に包んだ矛と盾を見つめる青年。


「ふふ、気づいたか。一度手にしっかりと持ってさえしまえば、放しても認識が出来るのよ。」


「おお、なるほど。それでお師匠様は手に持たずともこれらの存在が判っていたのですね。合点がいきました。」


「ちなみに、これは先の話にもなるかもしれんが、お主がここに戻った際、もしわしがすでに居ない場合・・・。」


老人は唐突に飛躍した話を切り出し始めた。それに一抹の不安を覚え慌てる青年。


「お師匠様!そんな不吉なことを旅立ちの前に言わないで下さい。」


「ワハハ、安心せよ。お主が我が念願を達するのを見届けるまでは死にきれん。しかし、わしも老い先短い身じゃ。これらをいずれは形見分けせねばならん。」


「それは・・・。」


「そこでだ。わしが居なくなった後、引き取る人間がお主がだけだった場合。これらが必要で無いと判断するのであれば、それはそれで良い。いっそ破壊してしまえ。矛先と盾を強く突き合わせると崩れ去るようになっておる。」


「破壊する・・・。ですが、そのようなことをしても良いので?」


「わしが存命しているうちは形として残したいと考えているが、死んでしまった後はどうでも良いのだ。」


「はぁ。そういうものですか。」


「そういうものだ。・・・長くなったな。さあ行け!!」


老人はもう一度柔和な顔を浮かべると、青年の尻を平手で叩き、出発を促した。





補足:ほう=衣服。この世界では平民が着用する外出着。

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