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酔仙戯具 邯鄲之夢

「ユエンよ。これらは何だと思う?」


玄関前の石畳が敷かれた広間に出ると、老人は帆布に巻かれた品を地面に置くように命じ、それらを指さして問うた。


「はい、わたくしはそれが何なのか考えておったのですが。・・・軽く細長い物と、同じく鉢状の物、くらいとしか・・・。」


「そうじゃろう、そうじゃろう。それだけ気づいただけでも大したものじゃ。」


老人は青年のあまりにも粗略な答えに、何故か満足した様子で嘲笑う。


「?」


一方、笑われた青年は、その反応にどういった意味が込められているのか見い出せず、きょとんとする。しかしそれを他所に老人は続けざまに質問を被せた。


「もう一つ問うが、これらはあの天井裏にいつからあったと思う?」


「え?いつからでしょうか。大量に埃をかぶっていた様子から察するに、ここ最近ではなく、恐らくずっと前から・・・。でも、わたしはあの天井を毎日見上げて床についていましたので、変化があればすぐに気づいてたはずですが・・・、アレ、アレ?」


「フフ、少し核心に近づいてきたな。では、包みを開けて中に何が入っているかを見てみよ。」


「は、はい!」


促されるがまま、青年は二つの品のうち、細長い物が入った品を開けるため、端部を地面に立て掛け、幾重にも巻き付けられた帆布をほどいて中身を取り出そうとした。


しかし、一周、二周と布をほどいていくうち、知らぬ間に布を解くことのみに意識がいってしまい、すべて取り去った際、中身に気が向かず盛大に地面へ返してしまった。


バシャーン!グワンガラン!ブゥゥゥン!


落としてしまった細長いそれは、勢いよく固い石畳に打ちつけられて金属質の音を発し、生じた衝撃は変位して先端部が持つ弾性により、振動音となって鳴り響いた。


かなり派手な音が鳴ったが、何故か青年は地面に落ちたそれをただ眺めるだけで拾おうとはしない。


「その落とした物を拾ってみせよ。」


「えーと、はい。この落ちている物を、拾う。」


言葉に発しながら自分に言い聞かせるように、落としたものに手を掛ける青年。すると手に取った瞬間、それが何であるかを認める情報が一気に頭に流れ込んできた。


「こ、これは!矛だ!材質は・・・金物か?

だが、恐ろしく軽い。柄も木製ではなく鋒と同じ物で出来ているのか、珍しい造りだ。不思議と手に馴染む・・・。いやいや、そんなことより、こんな長尺で鋭利な獲物になんの注意も払わず転がし落とすなんて!わたしは何と危なっかしい。申し訳ありません、お師匠様!」


手に持った瞬間から唐突に存在感を示す矛と、それを知らぬ間に落とした自分の不手際に焦り、早口で捲る青年。


「フハハ、無理もない。何故そうなったかは、その矛に原因があるからじゃ。とりあえずその矛を手放すでないぞ。」


「は、はい。」


「それは酔仙戯具という道具でな。銘は邯鄲之夢と名付けられた矛だ。」


「スイセンギグ、カンタンノユメ・・・。どういう意味なのですか?」


「うむ。酔仙戯具とは、仙人たちが酒に酔い、酔狂で作ったおもちゃよ。

邯鄲之夢とは、栄えたり衰えたりを繰り返す人の世の儚さを例えた言葉だ。」


「なんと!仙人の!!」


「この矛の場合、争いに使う道具をどう扱うか考えた仙人たちが、いっそ意味を成さない、存在に気付かない物に変えてしまえばどうかという遊び心で作ったものだ。簡単にいうと、神通力を込めてある。お主が手に持つまでは、その存在が希薄であったろう?」


「はい、確かに振り返ってみれば、意識をそらされたというか、そこにあっても気にならなかったというか。そんな心地でした。」


「そうじゃ。わしもお前に渡すことすら忘れかけててヤバかった。」


「むぐ・・・。」


(それはただの物忘れではないのでしょうか。)


青年は喉元までその言葉が出掛かったが、飲み込んだ。


「しかし、そのような代物を何故お師匠様が?」


「・・・知らん!忘れた。」


(ほら、やっぱり痴呆の毛が生え始めている。)


これも口から出かけたがぐっと堪えた。


「何とも、摩訶不思議な矛だ。」


改めて手に持った矛を眺めて、この意味の無い物の扱いをどうしたら良いのか色々考えていると、青年の表情がサっと青ざめる。


「だが、これは恐ろしいものだ。」


青年は携えた矛を両手で掲げ、怪訝な顔をして忌み物を扱うように切っ先を遠ざける。


「ほう・・・。」


その反応にニヤリと口角を吊り上げる老人。


「お師匠様。今、わたしはこの矛を持っていますが、普通の人間がわたしと対峙した際、相手にはどのように映るのでしょう?」


「まず、お主が矛を持っていることに気付くことはないだろうな。」


「やはり。すると、例えば、わたしがこれを持って相手を突くとしましょう。結果、その相手は矛に警戒をすることなく、貫かれるのではないですか?」


「クク、そうじゃ。急所を突けば気づいた時には絶命しておるな。」


誰にも知られることがない悪計を共有したような、卑しい貌をもって応える老人。

その不義に惹かれたような笑みに青年は背筋が寒くなった。


「なんと空恐ろしい矛だ!これは必要ありません!!」


手に持った矛を老人に突き返そうとする青年。

しかし、老人はそれを受取ろうとはせず、地面に置いたもう一つの品に目線を送る。


「まてまて、取りあえずは持っておけ。こちらも見てみよ。どれわしが開けようか。」


片手で制しながら坐り込み、老人はもう一方の布を開け始めた。


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