表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/6

マーチュエちゃん殿

「お主、さてはその小娘に恋をしておるな?」


「ま、まさか!」


老人はそのように勘繰ると、表紙に映る写真の少女とその傍らに座る青年に向けて、猛禽類のような鋭い目つきで睨みつけ、隙あらばいずれから鉤爪で締め上げてやろうかという勢いをもって交互に威嚇する。


その威圧感たるや、浴びせられたものは周りの大気が鉛のようになり、止め処なく圧し掛かってくるような錯覚がして、剛の者である青年ですら、この圧に当てられては額に大粒の汗をかいてしまい、呼吸も覚束ない。


(フゥ、ハァ。さすがはお師匠様。肉体こそ衰えたといえ、眼圧だけで相手を屈服させる功力よ。わたしなんぞは足元にも・・・おや?こ、これは!)


ふと、青年に浴びせられた鋭い威圧が外れ、老人が表紙に睨みを移す。その様子を見て青年は衝撃を受けた。


(わ、笑っている!!マーチュエちゃん殿は笑っている!!)


老人に睨みを利かされた表紙に映る少女は相変わらずにこやかな表情をしている。

ただの写真であるからして当たり前なのだが、


(何という腹の据わった方だ!その齢にしてお師匠様の圧を物ともせず、泰然自若の境地に達せられている。ああ、マーチュエちゃん殿!)


青年は可哀そうな子であった。幼少の頃より人が複数いる共同体で生活をしたことがない彼は、物心がつくと人に焦がれ、その思いは日々募り、膨らみ、やがてどうしようもなくなると、雑誌に出てくる写真や絵の少年少女たちと専ら頭の中で会話をすることを代償行為にした。


人の妄想力というものは凄まじいもので、いつしか写真の少女、『マーチュエちゃん』という芸名のモデルに恋をし、彼の脳内では、彼女が動き、舞い、言葉を発し、時には彼を叱り、励まし、労わり、導く・・・。それはそれは美しい存在になっていた。


「ふ、ふふ・・・。」


あちらの世界でいい感じになり、一方的に自己解決した青年に胆力が戻る。


「む。どうした?」


脳内で少女と遊ぶ青年の怪しい卑下た笑みに、さすがの老人も若干引き気味になり、気持ちが悪い奴だと眼圧を解く。


色んな意味で解放された青年は元の凛々しい顔に戻ると、姿勢を正して膝をつき、老人に真心をぶつけた。


「お師匠様!言いつけは必ず守ります!しかし、この方に逢うことだけはお許し願いたいのです!!」


「むうっ!!」


老人は彼の言葉に思わず目を見開き、驚愕した。


驚くのは無理もない。素直が過ぎ、いままで何の甘え、ねだりもしなかった青年が初めて願い事を申し入れたのだ。


(まさか、この子がわしに願い事をするとは!これはよっぽどの・・・。思いの強さは如何に・・・。)


「どうか!どうか平に!」


とうとう両手を地面に突き、頭を下げる青年。


「・・・わかった。許そう。だが、雑誌は一冊にせよ。いずれかの刊に絞れ。」


青年の成長を垣間見た安堵と、これからの先を思いやられる不安の両方を含んだ溜息を吐くと、老人は肩の力を抜いた。


その思いを知らずして、許しを得た青年の顔がぱっと明るくなる。


「お師匠様!マーチュエちゃん殿は9月号、11月号、12月号刊にそれぞれおわすのですが、三冊だけ持っていくのはダメでしょうか?」


「ならぬ!!!一人のマーチュエちゃんに絞れ。」


願いが聞き入れられた事に気を良くした青年は、調子に乗って第二のお願いをしたが、老人は眉間をヒクつかせ容赦なく払いのけた。




「ハァ、ハァ。お師匠様。決まりました!こちらにします。」


二時間に及ぶ長考の末、青年は12月号を持って老人の元へきた。


表紙には旗袍姿の例の少女が看護服を上から羽織り、注射器とトンファーを持っている。


「待ちわびたぞ。本当に、いやまじで。」


まさかそれほどの時間を待たされると思わなかった老人は老け込み、周りにはハエがたかっていた。


老人はハエを眼力だけで落とすと、青年の用意した旅道具を再度確認する。


「ふむ、ふむ。よろしい。背負子にすべて積めるな。両手は空けるようになっているな?」


「はい、両手・・・ですか?」


何のことか要領を得ない青年は、不思議そうに自分の両手を広げて老人に問い返した。


「そうじゃ。お主に授けねばならん大事なものを忘れておってな。どれ・・・」


そう答えると、老人は話半ばに立ち上がり、壁に掛けられていた梯子に足をかけると、天井の梁に掛けられていた、帆布に包まれた二つの品を手に取り、それぞれ投げて寄こした。


バフッ!バフッ!


「ゴホッ、ゴホッ!こ、これは。」


長年天井に保管されていたそれらは埃がうず高く積もっており、放り投げられた際に飛散して、あたりの視界をたちまち白く濁した。


受け取った一つ目は、背丈をゆうに超すほどの長尺で細長い物が収まっており、手に掛かる質量から察するに木材のような軽い比重の品と思われた。

二つ目は、浅い鉢状の物で、こちらも形こそ違えど大きさの割に重さを感じない。


(これは一体何か。)


「随分と埃ったな。旅立ちの前にもう一度掃除してもらわにゃならん。それらを持って一度外に出よ。」


中身を想像していると、老人は埃を左右に払いながら戻ってきて、そのままの足で玄関を出た。


青年もすぐに老人の背中を追った。



※都合により「少女」の名前は「マーチュエちゃん」に変更されました。2018年1月18日改稿


補足: トンファー=打突武器兼防具(2話目でも登場しましたが、補足忘れ) 

    背負子=荷物を括り付けて背負って運搬する為の道具

    帆布=綿などを原料に作られた平織りの厚手布


※Wikipediaより参照。困ったときはだいたいWikipediaより参照。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ