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小学5回生 特別号

「お師匠様。荷のご確認をして頂きたく。」


「むう、わしはお母さんか。まあよかろう。」


先ほど老人は場の雰囲気と勢いに任せて、さあ行けと下知したが、出立の準備がまだだった為、青年の旅立ちは明日に延期となった。


二人は山間にある家処に戻り、青年は旅道具を支度するため、格子模様の入った老紅木の飾り棚や花梨の茶箪笥から日用品をかき集めていた。


室内の調度品を見渡す限り、辺鄙な場所に居を構えているが、生活水準は決して低くなさそうである。間取りも大きな二つの屏風で間仕切りがされた大部屋と、壁を隔てて作られた竈付きの台所があり、造りは土を主原料とした版築で茅葺屋根の家処だが、男二人の生活にしては掃除が行き届いて小奇麗に使われている。


「これは何じゃ?」


老人は絨毯の上にまとめられた日用品とは別に、空のズタ袋の上に大量に並べられた本を指さす。


本は仮綴じ冊子で定期刊行の物、いわゆる雑誌であった。並べられた本タイトルは「小学五回生」と「小学六回生」で各月刊1~12月号がずらりと並べられている。出版社は小生館。


「わたしの愛読書です。往く先々で困ったときの指南書にしようと思いまして。」


「まじでか。どのように活用するのじゃ。」


「例えば、ご覧ください。占いの頁がございます。来月などはわたしは強運の星の下

におり、ラブ運・勉強運・おこづかい運とも星四つです。」


「どれ・・・。」


しし座のアナタ 総合点 八十二点


気になってるあの子とあの子からおもわぬこくはくがあるかも。ラッキーとアンラッキーがいっしょにくるじれったい日だよ。

でも、どの子にもいいへんじをしちゃだめ。バレちゃったときに「だれにでもなびく子」だってうわさをるふされちゃうかも。かいしょうのない君には見きりも大切だよ。


ラッキーカラー こげ茶

ラッキーアイテム はだざわりのいいタオル


「ほら、お師匠様。他にもあります。星座地図をご覧ください。これと空を照らせば道に迷わずに済みます!」


無邪気に紙をめくり、頁の角を折り曲げた箇所を順に紹介していく青年。


「ううむ!」


老人は頭を抱えた。


(しまった。実にしまった。)


青年は物心がついてから外界の文化や人と一切の接触を断ってきた。

それをさせてしまったのは他ならぬ老人だった。


あることがきっかけで世を捨て、名を変え、仙境に移り住んだ老人は外界の情報、特に世に溢れる書物は有害なものばかりだと、青年に寄せ付けなかった。


しかし、最低限の情操教育や世相を把握しておく上で彼の知識だけでは賄いきれなかった為、苦渋の判断で買い与えたのが「学年誌シリーズ」であった。


老人にとって都合の悪い部分は、一部は墨塗りされたが、時事を踏まえた学習・教育コーナーを充実させた書物は他になく、青年が成長するまで、いや成長しきっても繰り返し与えてきた。


しかし、老人も世を捨てた生活をしている為、貯蓄に余裕がなくなり始め、五年前の3月号を最後に「以下繰り返しの内容じゃ。」と青年に言い聞かせた。青年は何にでも素直だった為、老人の言うことはすべて信じて疑うことを知らなかった。


ちなみに青年が各月の最終号(?)として手に持つのは六年前の8月号の情報である。


「ユエンよ。」


「はい。お師匠様。」


「お主の強みはその素直さだ。これによりわしの言うすべてを受け止め、吸収してきた。だが、あまりにもそれが過ぎて愚直すぎることが多々ある。すべてはわしの不徳の致すところだが・・・。今更ながらお主を送り出すにあたって、いささかの不安を覚えるぞ。言いつけを覚えているか?」


(本当に大丈夫かいな・・・。)


「大丈夫です。お師匠様。『世界をダイナミックにかき乱してこい!』ですね。

その言いつけしかと心に刻んでおります。」


「うむ。そうじゃ。わしらのような圧倒的な力を持った者が社会・倫理・法・政治などの秩序で満たされた世界に入り込むとどのように影響を及ぼすか。いわば歴史をもって万人に育まれたきた秩序に対するアンチテーゼじゃ!」


老人自分を酔わす言葉を発するうちに内から秘めた思いがこみ上げてきて、ツバを飛ばし、拳を握りしめながら演説する。


実をいうと、老人も14歳ほどの『難しい年齢』を最後にほんの一握りの人間以外とは外界との交流を殆ど断っていた為、その思想は若干怪しかった。


「はい言葉の意味はわかりませんが、なんだかすごい自信だ、とかいうやつですね。」


「ちがう。」


老人は即座に否定する。


「それと・・・。」


青年は老人の突っ込みを流すと、急に大事なものを思い出したように初心うぶに顔を赤らめ、小学五回生 9月特別号の表紙に目を配らせる。


「この子に出会うことが、わたしのもう一つの旅の目的なのであります。」


愛おしく見つめる視線の先には、旗袍姿に赤のシンプルなエプロンに身を包み

艶やかな黒髪を二つに分けて団子状に巻いた、目鼻立ちのくっきりした色白の少女がおり、にこやかにおたまとトンファーを携えていた。




補足: 版築=土を建材に用い強く突き固める工法

    旗袍姿=チャイナドレス姿


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