scene:01 査問会(その1)
ブリタリカ王国は人類種の勢力圏たるミッドテーレ大陸の西端に位置する大国である。
北をアルフヘイム連邦とゼリアン首長連合、南をヨーツンヘミル大陸のベルグリッジ王朝に囲まれ、幾度となく侵略を受けながら千年もの間、同一政体を維持。それだけでなく他の汎人種国家を次々と併呑し、ついには汎人種を二分する一大国家となりおおせたのである。歴史だけでなく実力も兼ね備えた、まさに“列強”と呼ぶに相応しい国家だ。
当然、その王都であるロマニアは、古豪たるブリタリカらしい美しい都市である。
七つの丘に囲まれミッドメル海を一望できる位置にあるロマニアは、自然と建造物が調和し、汎人種のみならず他人種の外交官ですらため息を漏らして褒め称えるほどだと言う。
そして今、エリザベート・ドラクリア・バラスタインはその都を見下ろしていた。
シュラクシアーナ家の至宝たる、航天船シュラコシア。その船室の窓から見下ろすロマニアは、つい去年まで戦争をしていた国の都とは思えないほど華やかだった。
今も様々な色の薔薇の花片が、上空を回遊魚のように飛び回って都を彩っている。まるで都そのものが一つの芸術品――噴水芸術の彫刻のようだ。上空から見る騎士や他国の外交官にブリタリカの栄華を見せつける為、専門の魔導士が花片を操っているのである。
美しい都を眺め、エリザはかつて多くの外交官がそうであったようにため息を漏らした。
――だが、その意味は異なる。
せめてこの花片を飛ばすお金の一部でも、チェルノートに回してくれれば。そうすれば町の住人たちが幌屋根の野外住居で暮らす必要もなく、新しい家が幾らでも建てられるというのに。今はチェルノート城を仮設住居として開放しているが、いつまでもそうする訳にもいかないのだから。
――と、エリザの目の前を流れ舞っていた花片が、不自然に霧散した。
何らかの突風に撒かれたようだが、王宮の魔導士はその程度で花片の流れを崩したりはしない。何だろうとエリザが窓へ身を乗り出すと、上空を何か巨大なものが通り過ぎるのが見えた。
そう、空を飛んでいるシュラコシアの更に上を、である。
シュラコシアよりも更に巨大な二つの翼と、細長い首と尾。そして全身を覆う翠玉色の鱗が見えた。
「あれは……」
「旧界竜――ファフナー様ですね、珍しい」
エリザの疑問に答えたのは、向かいに座るロジャー・ベーコン・シュラクシアーナだった。シュラクシアーナの筆頭家臣は相変わらず金色の仮面を付けたままだったが、声色からハッキリと驚きが伝わってくる。
だが、エリザも驚いていることに変わりない。「あれが旧界竜……」と知らず言葉を紡いでいた。念写画はともかく、本物の旧界竜を見るのは初めてだ。
千年前――人魔大戦において人類種を勝利に導いた7体の旧界竜。
いわゆる七大竜の内、ブリタリカ王国を建国した十三騎士と主従契約を結んだのが、上空を悠々と飛んでいる巨大な竜――グレイトブリタリカ公爵、ファフナーだ。
代々、当代のブリタリカ王が主従契約を結び使役しているはずなので、王都に居ること自体は不思議では無い。だが、国家間の軍事バランスを左右する旧界竜を外に晒すことなど滅多に無いはず。何かあったのだろうかと、エリザの胸に不安がよぎる。
だが、
「なあー、やっぱりリゼも工房に行きたいんだけど」
そんな事は錬金術士の少女にとってはどうでも良いらしい。
ロジャーの隣に座っていたリーゼが、ソファをギッタンバッタンと揺らしながら訴えていた。どうやらシュラコシアの工房にいる魂魄人形のことが気になって仕方がないらしい。
そんなリーゼを、家臣筆頭であるロジャーが窘める。
「駄目ですよリーゼ様。陛下から命を受けたのはシュラクシアーナ子爵なのですから、子爵が報告しなくては」
「えー、ロジャーが行けばいいじゃん」
「私はマリナ様の素体を修復しなくてはなりませんから」
「ズルい! ズルいズルいズルいズルい!! リゼの魂魄人形なのにぃッ!」
「我が儘を言わないでください、リーゼ様。それに素体の修復と魂魄の同調は私の専門ですから、リーゼ様は見てるだけになってしまいますよ」
「そうだけどさあー。もうッ」
ブスっとした態度で、リーゼはソファの背もたれに崩れ落ちる。
エリザはそれを微笑ましく見ていたのだが、ふとリーゼが、
「リゼ、あんな合成獣みたいな男に何度も会いたくないんだよなあ……」
と呟いたのを耳にして首を傾げた。
合成獣、とはどういう意味だろう。現王――シャルル・ラウンディア・ロビスド・ブリタリカ七世陛下は当然だが汎人種である。魔導式を用いた肉体改造を行ったという話も聞いたことがない。確かにお会いしたのは随分と昔だし、会ったと言っても夜会で挨拶を交わした程度だ。もしかしたら自分の知らない何かをリーゼは知っているのだろうか。
ふと、妙な浮揚感をエリザは覚えた。
窓の外を見れば、王都の航空庭園が間近に迫ってきている。今の感覚はシュラコシアが高度を下げたからか。
「さ、船が着陸します。公女様、どうぞこちらへ」
「はい」
ロジャーに言われ、エリザは船室から昇降デッキの方へと向かった。
途端、いわれもない寂しさに襲われる。
――いや、理由ならあるか。と、エリザは自身の隣を見やった。
無論、そこには誰もいない。
そう、この三日間ずっと隣で支えてくれた魂魄人形がいないのだ。
ナカムラ・マリナ。
わたしの武装戦闘メイド。
出会ってからたった三日間しか経っていないというのに、ほんの数時間姿を見ていないだけで自分の半身が欠けたような寂しさがあった。それだけ、自分の中で支えにしていたという事なのかもしれない。
しかもこれから向かうのは査問会。
騎士が問題を起こした際に事実関係確認のために当代の王が招集するものであり、査問会の内容如何によって、貴族裁判を開くかどうかも決まってしまう。もし貴族裁判となれば、爵位継承どころか貴族位の返還も要求されるかもしれない。いや、騎士を三人殺めているのだ。幽閉どころか極刑もあり得るだろう。
エリザは思わず心の中で、メイドの名を呼んだ。
――マリナさん、早く戻ってきて。
◆ ◆ ◆ ◆
呼ばれたメイド――仲村マリナはその時、航天船シュラコシアの中心部『第一工房』と呼ばれる場所にいた。
いや、正確には置かれていた。
四肢と腹を喪なったマリナはあれからすぐにこの第一工房へと運び込まれ、そのまま手術台のような場所に寝かせ――置かれたのだ。そして様々な管を取り付けられた挙げ句「ここで待っていてください」と言われ、数時間。何故かエリザと念話も通じず、話し相手もいない。時折、金色仮面の誰かが覗きに来ていたが、マリナと目が合うとすぐ逃げ去ってしまう。恐らくリーゼとかいうクソガキが「リーゼの玩具に触ったら死刑」とかそんな事を言ったのだろう。
それでもマリナが大人しく待っていたのは、魂魄人形の身体を直してくれるというからだった。
何をどうするのかマリナには想像もつかなかったが、少なくともエリザには説明があったようだ。ロジャーの説明を聞いたエリザが「よろしくお願いします」と言っていたから大丈夫だろうと信用――いや、思い込むことにした。なにしろ、信用出来なかったとしても、文字通り手も足も出ないのだ。
そうして待ち続けて数時間。
航天船が着陸したと思しき振動の後、ようやく第一工房の扉が開いた。
「気分はどうですか?」
入って来たのは、ロジャーと呼ばれていた男だった。
どうやらこの金色仮面はクソガキの部下の中では一番偉いらしい。しかもクソガキの保護者的立ち位置にいるようだった。
コイツが来たって事は、わりかし大切にされてんのかもな。
そう考えつつ、「ワイン樽にでも詰められているようです」とだけ返答する。それを聞いたロジャーは「はは、あまり美味しくならない内に解放しますよ」と笑った。どうやら冗談と皮肉は通じるらしい。こちらが冗談を言おうとした事を察して乗ったのだから、常識を弁えているのだろう。
言いながら、ロジャーという男はマリナから伸びる管を束ねる機械を操作する。真鍮製のいかにも古くさいカラクリ仕掛けと言った雰囲気。カリカリと歯車が回る音がする。
マリナは少し不安になり「それは?」と問う。
「魂魄維持装置です。今はナカムラ様の魂魄がこれ以上損傷しないように蓄魔石の中に折りたたんでいますから、魂魄活動の一部を肩代わりするものが必要なんです。それにただ折りたたむだけだとその状態で固着してしまう部分が出ますからね。人型に形成されていると魂魄に誤解させつつ、あえて不安定な状態で安定させなくてはいけない。その為の手品のようなものですよ」
「なるほど」
――わからん。
まあ、マリナとしては元通りにしてくれるなら何でも良い。
「身体はいつ元通りに?」
「おや、元通りで良いのですか?」
「は?」
思わず素で聞き返してしまった。元通りでなければ、どうするというのか。
マリナの意図を読み取って、ロジャーという男は肩をすくめる。
「ですから何か新しい機能でも取り付けた方がよろしいのでは、と」
「どういう意味でしょうか?」
「マリナ様はエリザベート様を守る為に炎槌騎士団と戦い、勝利したのですよね?」
「いえ、炎槌騎士団と戦ったのは――」
言いかけたマリナの言葉を、ロジャーの「はは」という笑い声が遮った。
「何を言いますやら。エリザベート様には炎槌騎士団を倒すのはともかく、殺す事は出来ませんよ。そうでしょう?」
ニコリと仮面の下から笑顔を覗かせたロジャーという男を、マリナは腹立たしげに睨む。どうやら先ほどは分かった上で話に乗ってみせたらしい。
「まあ、貴女はエリザベート様の力の一つとも言えなくはないですから。エリザベート様が倒したというのも嘘ではないのでしょうが」
「……」
「それで、いかがいたしましょう? 腕を増やすも良し喉の奥に剣を仕込むも良し半人馬のような下半身へ変形する機構を組み込んでも構いません安心してくださいこれでも私の自動人形製造技術はリーゼ様よりも上ですからもし魂魄に馴染みそうにない部分があっても思考青銅核を仕込んで自動で動くようにしてしまえば大丈夫ですあとは――」
「ちょ、ちょっと待ってくださいますか?」
急に早口で話し始めたロジャーを、マリナは慌てて止める。
やばい、コイツ社交性のある“オタク”だ。しかもスイッチが入ると止まらなくなるタイプの。クソガキの保護者やれるくらいだからと油断した。
マリナは端的に条件を提示する。
「ひとまず外見的にはあまり変わらないようお願いします。可能な限り頑丈にして頂ければ構いません」
「そうですか?」
「私は戦いだけでなく、日常のメイドとしての業務もこなします。あまり人の姿を離れてしまうとむしろ困るのです」
「なるほどそうでしたか。早とちりをしておりました、申し訳ない」
とりあえず危機は去ったか、とマリナは安堵する。
エリザの下に帰った時に、蜘蛛のようなメイドになっていては驚かせてしまうし、不愉快にさせるかもしれない。――ただ、仕込み腕などは少し惹かれないこともない。武装戦闘メイドには、サイボーグだったりガイノイドだったりする者もいた。どうせ人間を辞めたのだから、そういうのも悪くないと思ったりもするのだ。
「ではまあ、当家の出来うる限りで、高性能な素体を用意いたしましょう」
言って、ロジャーは伝声管のような管に「素体の10番台を全部持ってきてください」と告げる。ほどなく、ロジャーが入って来た入り口とは別の扉から、金色仮面の集団が大量の棺桶を担いで現れた。恐らく、中に魂魄人形の身体が入っているのだろう。随分と大盤振る舞いだ。
「一つ、伺ってもよろしいですか?」
「なんでしょう、ナカムラ様」
ふと気になり、マリナはロジャーに問う。
「どうして、ここまでしてくれるのですか?」
「ナカムラ様が、異世界の魂魄を持つからです」
「異世界の死人には、そこまでの価値が?」
「私どもにとっては」
ロジャーは口元だけで微笑み、「退屈でしょうから、少し当家の成り立ちをお話しましょう」と切り出した。
「当シュラクシアーナ家は、千年前の人魔大戦の折に十三騎士へ協力したあらゆる技術者が集まって出来た家です。目的のため一致団結し、互いの知識と技術を結集しようと誓っってね」
「目的?」
「それはまあ――様々です。……ですが有り体に言えば“真理”というものでしょう。それを得れば、シュラクシアーナに集まった全ての家の目的が達成されるわけですから」
似たような話をコミックで読んだような気がするな、とマリナは思いつつ「それがどうして異世界の魂を欲することになるのですか?」と促す。
「この世界が不安定だから、ですよ」
「不安定? 世界情勢がですか?」
「はははッ――世界情勢が不安定なのは間違いありませんが、そんな事で私どもは動きません。我々シュラクシアーナは異世界の言葉で言うならば――そう。『ヒトデナシ』でして」
ロジャーは金色仮面の集団に魂魄人形の素体を手術台のような場所へ並べさせていく。
「不安定なのは、この世界そのものです。魔導式などという存在がその証拠。後から幾らでも新しい法則が誕生し、世界を歪めてしまう。何代も重ねて探求した末に知り得た法則が、次の日には新しい法則に塗り替えられる。そういう事が起こり得る世界なんですよ、ここは。――だから誰かが言い出したのです。『中から見ているだけでは駄目だ。外からの目が必要だ』とね」
「だから異世界から魂を呼び寄せた、と?」
「そうです。――とは言ってもそれを為し得たのは、リーゼ様ただ一人。私どもはそれに便乗しているに過ぎません」
そう言うとロジャーは手を止め、虚空を見つめながら物思いに耽るように呟く。
「リーゼ様は喪われた魂魄人形の製造法を復活させ、あまつさえ異世界から魂魄を呼び寄せる方法を確立した。それ故にリーゼ様は三重偉業の再現者を継承し、シュラクシアーナ家の当主となられたのです。そして――」
ロジャーはマリナへと視線を戻す。
「貴女はリーゼ様の悲願であり、当家の希望でもあります。ですから貴女に死なれては困る。だからこうして新しい身体を用立てているのです」
「申し訳ありませんが――」
マリナは告げる。
こればっかりは断言しておかねばならない。
「私の主人はエリザベート様と定めております。あなた方の物になる気はありません」
「存じておりますよ。主従契約を結んだのでしょう? 勿論、我々も無理に貴女を拘束するつもりはありません。我々が求めているのは貴女の情報と知識ですから。友好的にできるのが一番です」
「……そういう事でしたら」
マリナが承諾すると、ロジャーは安堵したように「ありがとうございます」と微笑んだ。
「安心して下さい。私自身、貴女とエリザベート様の仲が良いことは好ましい。――特にリーゼ様と貴女の仲が悪いというのが良い。エリザベート様を取り合っているようで実に好ましい」
「は?」
「……いえ、なんでもありません」
ロジャーはニヤけていた口元を真顔に戻して口を閉ざした。
まあ、人の趣味に口出ししても仕方が無いと考え、マリナも追求しなかった。何より、追求しようにも今のマリナは首だけの存在。強気に出る気にはなれない。
マリナは話題を変える事にする。
「そういえば、先ほどからエリザベートお嬢様との念話が出来ないのですが」
「申し訳ありません。魂魄の消耗を避ける為に、魔力経路に負荷がかからないよう念話の機能を切らせて頂いておりました」
「では、使えるようにして頂けますか?」
「それは――」ロジャーは言い淀み、「難しいですね。王宮は常に強力な魔導干渉域が展開されております。念話を阻害してしまうほどの」
なるほど、ありそうな話だ。とマリナは奥歯を噛む。
元いた世界でも防諜のために電波暗室になっている会議室などはありふれていたし、魔導式などというものがある以上、王族の身の安全を考えるなら宮殿内では魔導式を使えないようにしてしまうのが一番だろう。
「エリザベート様の事が心配ですか?」
「――はい」
心配でない訳がない。
査問会というものがどういうものかは聞いた。マリナの印象としては『軍法会議の前に行われる吊し上げ』というものだ。マリナはそういった事に慣れているし、軍法会議中にその結論をひっくり返したこともある。無論、それは周到な根回しがあったからこそのものだ。その場でいきなり議場を支配しろと言われても無理な話。
――しかしそれでも、エリザの側に居れば何か出来たかもしれない。
そう思うと無念でならなかった。
「せめて念話が通じれば、査問会に向かわれたお嬢様の支えになれたかもしれませんから」
「なるほど……」
マリナの表情を見ながら顎に手を当てていたロジャーは、唐突に「そうだ」と指を鳴らした。
「それなら、良い方法がありますよ」
◆ ◆ ◆ ◆
シュラコシアを降りたエリザはリーゼと分かれ、近衛兵に連れられて王宮の中にある客間の一つへ通された。
それも伯爵相当の貴族が通される豪華な部屋である。この客間に通されたのは、今のところ、エリザは犯罪者でも何でも無いからだろう。査問会はあくまで『事実確認』のために行われる。査問会が終わるまでは、エリザはいち公女として相応しい待遇を受ける事ができるということだ。
「それにしても――」
見回せば、チェルノート城のエリザの私室など比べ物にならないほど広い部屋に、チェルノートの町一つまるごと買えそうなほど高価な調度品の数々。どこからかピアノの音が聞こえるが、恐らく使用人の誰かがこの部屋に訪れる者のために弾いているのだろう。王宮内では魔導式が使えない。故に本来魔導式で行うものを全て使用人が肩代わりしているのだ。
エリザは心霊樹を削り出した骨組みで出来たソファに腰を下ろし、妖精種が編んだと思しきソファの生地を撫でて呟く。
「お金って、あるところにはあるのよね……」
我ながら、貴族にあるまじき発言だと思う。
――と、
唐突にピリッとした妙な感覚に襲われた。
途端、
『お、見えた見えた』
「――え? あれ、マリナさん!?」
聞こえてきたのは、メイドの声。
エリザは思わず立ち上がってしまう。
「マリナさん、念話は使えないはずじゃ……それに見えるって?」
『ああ、ロジャーって奴が上手いことやってくれた』
「上手いこと……?」
『ああ。――なんか、近衛騎士団管轄の魔導管制所経由で繋いだ~とか何とか。それにしてもすごいな感覚共有って。VRヘッドセットを付けてるみたいだ』
「え、ちょ――魔導管制所!?」
それはつまり王宮の警備用に特別に設けられた念話用の魔力経路に侵入し、無理矢理エリザと念話を繋いでいるという事だ。紛れもない犯罪である。バレたら即、貴族用の監獄行きが決定しかねない。というかそんな事どうやってやったのか。
それを問うと、マリナは『ああ、それな』と笑った。
『いや、何でもその警備機構を作ったのシュラクシアーナ家なんだと。今使ってるのも点検用のルートだからバレないし、万が一バレても幾らでも言い訳が効くってさ』
「それならまあ――いや! 良くはないんだけど、」
そう、良くはない。
良くはないけれど――ホッとする。
久しぶりに聞いたマリナの乱暴な口調と頼もしさを感じる少し低めの声を聞いて、エリザはは緊張がほぐれていくのを感じた。
『ま、こうしておけばエリザの助けになれるかもしんねえし』
「助け……?」
『そうだ』
マリナの念話から、重々しい空気が流れてくる。
『今のオレ達の状況は、敵地で孤立した軍隊と同じだ。このままじゃ何も出来ずに殺されるだけ。それを避ける為には、戦いながら生き残る道を探らなきゃならない』
それはエリザも理解している。
――けれど、どうしようもない。
なにしろエリザは後ろ盾も何もない、貴族位の継承すら済んでいないただの公女だ。名目上、竜翼騎士団の団長という事になってはいるが構成員はエリザ一人。そんな肩書き、誰も気にも留めないだろう。
そのエリザの懸念は正確にマリナへと伝わる。
そして、
『だから、味方を見つけるんだ』
かつて異世界で兵士だったというメイドはそう告げた。
「でも味方なんで一人も……」
『ああ、言い方が悪かったな。味方っていうのは利用出来る人間って意味だ。何もお前に好感情を持ってる必要は無いし、そいつらに媚びたり、情けを求めたりもしなくていい。そんな事をしなくても、エリザの身を助けるような行動をとる奴が必ずいる。
そいつを見つけて――利用するんだ』
「でも、誰もわたしを助けようとなんてしないと思うんだけど……」
『何言ってる。間抜けな敵ほど役に立つ味方はいないんだぜ? そして間抜けの内の一人は既に分かってる』
「それは誰――?」
と、客間をノックする音が聞こえた。
エリザは念話を慌てて中断し「どうぞ」と応える。
そうして静かに扉を開けた近衛兵が、頭を下げてエリザへと告げた。
「バラスタイン様。査問会が開かれます、どうぞこちらへ」