表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
メイドin異世界《ファンタジア》  作者: 忍野佐輔
第2話 戦場のメイド服
16/34

connect-part: オットー・ユルマイズの憂鬱 【次回予告】

 ルシャワール帝国の首都『エニシェヒラ』には、最新技術である"鉄骨"や"コンクリイト"を取り入れた、補強(れん)()(づく)りの高層建築(ビルディング)が並ぶ一角がある。


 5階建て前後のソレらは、機能性を重視しながらも内包する役割に応じた意匠で建造されており、百年も前であれば王侯貴族の居城とも思える一種の荘厳さを(たた)えていた。合間を巡る舗装道路を歩けば、互いの意匠が絶妙に調和している事が見てとれる。まるでこの区画全体が、神々の住まう神殿にも思えるほどだ。


 それは皇帝の指導の下、政府官庁を集中させる事で国家運営の効率化を図り、外観による心理的影響までも考慮して進められた都市計画の(たま)(もの)である。


 その官庁街の一角。

 あえて印象に残りにくく設計された高層建築(ビルディング)の入居機関――帝国軍情報部対外調査2課の分析室へオットー・ユルマイズが戻ってきたのは、20刻を過ぎた頃だった。


 その日、定時に業務を終えたオットーは首都エニシェヒラから魔導車を飛ばし、イズニカにある自宅へ帰り、家族との夕食を楽しんでいた。

 五歳になる息子は幼等学校での聖歌コンテストで入賞したことを自慢し、オットーはそれを祝して魔導車の玩具(おもちや)を買い与えた。妻のミリアからは「誕生日でもないのに」と(たしな)められたが、オットーの信条は信賞必罰である。たとえ五歳の子供であろうと、能力を示したのならそれに報いねばならない。


 伝声式具(でんわ)のベルが鳴ったのは、そんな話をしていた時だった。


 労働環境と時間にはどこよりもうるさい帝国である。しかもそれが皇帝陛下直属の帝国軍ともなれば、その度合いはもはや偏執的。『終焉帝(ラスト・エンペラー)』を名乗る皇帝陛下は、何故(なぜ)か労働環境の改善に並々ならぬ関心を持っており、24刻間営業の帝国軍では8刻間の3交代制を徹底させられていた。残業はもちろん、自宅へ仕事を持ち帰るなどといった事も強く禁じられている。

 それを破れば、場合によっては軍法会議にかけられるほど。


 それでも、定時で仕事を終えた人間へ職場から連絡があるならば。

 軍法会議すら辞さないほどの、緊急事態。


 つまり――対外調査2課の課長であるオットー・ユルマイズが直接指揮を執らねばならぬ事態が起きたのだ。


「主任、現状報告」


 2課の分析室に入った途端、オットーは上着も脱がずに2課主任であるユミル・シルズマンへ声をかけた。

 駆け寄ってきたユミルは現状をまとめたファイルをオットーへ渡し、概要を説明する。


「本日11刻にシグソアーラ城塞から出撃した炎槌騎士団が、同12刻頃、バラスタイン辺境泊領チェルノートへ一方的な攻撃を開始しました」


 ファイルにまとめられた資料へ目を通すと、その時系列が書かれていた。

 

 どうやらブリタリカ王国で内紛が起こっているらしい。

 12刻に発生した事が数刻後の今になって判明するというのは、情報部としては何とも情けない話だった。


 しかし、それも仕方のないことではある。


 王国には帝国のように高度に発達した伝信網はなく、魔導士の数も限られている。いまだに主な伝達手段が『手紙』である王国と、伝声式具(でんわ)1本で国中どこにでも連絡が取れる帝国の時間感覚を比べる方が間違っているだろう。

 大陸においては、高度に発達した伝信網を持つ帝国の方が異端なのだから。


 それはともかく、エッドフォード伯爵が死にかけのバラスタイン辺境伯へトドメを刺すために行動を起こしたという事だろう。


 それは、かねて危惧されていた事である。

 戦争によって借金の帳消しを狙うエッドフォード家が、バラスタイン家を反逆者に仕立て上げ、これを(ちゆう)(ばつ)。続いてバラスタイン家を唆したとして『ルシャワール帝国』へも攻め込む。


 つまりは停戦の破棄。

 ――戦争の再開だ。


「バラスタイン平原の国境警備隊は第一種戦闘態勢へ移行、迎撃態勢を整えています。既に中央即応群からも第102航空竜騎兵大隊が出撃。コンスタンティノポリス要塞も、国境警備隊が突破された場合に備えて動いています」

「だろうな」


 オットーはユミルの方へ顔も向けずに、資料を読み続ける。

 そこまでは事前の行動計画通りだ。

 問題はそこから先。

『炎槌騎士団』がどの程度の戦力で出撃したのか、だ。


「国境警備隊は戦力を把握できず、こちら(2課)へ情報を求めてきておりました。今、判明した内容を伝信しております」

「――それが、これか?」


 オットーは、資料の最後の一枚にまとめられた内容を手の甲で(たた)いて示す。その口元には苦々しいものが浮かんでいた。なにせ、およそ想定できる範囲の中では最悪の事態だからだ。


「炎槌騎士団の――全力?」

「“砂蟲(ワーム)”からは、そのように」


砂蟲(ワーム)』とは、敵国に潜り込ませたスパイを指す隠語である。

 騎士という存在を持たぬルシャワール帝国は、不足する武力を(ちよう)(ほう)活動によって補っている。当然、ブリタリカ王国には戦前から多数のスパイを潜り込ませていた。


「対応計画書はあったか?」

「はい、そちらに」


 ユミルに案内されて、オットーは大机へと向かう。

 そこにはチェルノートやバラスタイン平原を含むガルバディア山脈周辺の地図が広げられ、現在判明している限りの敵戦力の配置が書き込まれていた。その端に、幾人もの人間が手にした事でくたびれてしまった資料が無造作に置かれている。

 オットーはその資料の束を手に取って、大机の上に広げた。


 そこに記されているのは『炎槌騎士団』の構成員と、その能力である。

 この資料こそが、騎士を持たぬ帝国が『騎士』に対抗する(ため)の武器。

 ――『情報』という名の武器だった。


 国策により『騎士』という武力を排除した帝国は、騎士以外の軍事力によって騎士を打倒する必要に駆られた。槍や弓矢では『騎士甲冑(サーク)』を貫けず、魔導式は『魔導干渉域』によって無効化され、呪いも毒も、体内の膨大な個魔力(オド)によって浄化してしまう。

 そんな尋常でない相手には、尋常でない手段を選ばざるを得ない。


 故に、帝国軍は王国に存在する騎士ひとりひとり全ての能力を調査し、対応策を検討し、それに合わせて『戦闘団』を編成するという方法を選んだ。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のである。


 王国の騎士は一人一人が全く異なった『固有式』という名の能力を持つ(ため)、画一的な軍隊では対処できない。

 複数の兵科を相対する騎士に合わせて編成し、それぞれを有機的に連携させて、一人の騎士を倒す必要がある。


 しかも、不幸中の幸いというべきか――騎士は集団戦闘を苦手としていた。

 その強大な能力故に、同士討ちを恐れて徒党を組むことができないのだ。


騎士甲冑(サーク)』が持つ『魔導干渉域』は、(あらかじ)め設定された魔導式を除く全てに影響を及ぼす。魔導武具の固有式や、騎士が(また)がる幻獣そのものすらもその(はん)(ちゆう)だ。

 固有式の威力が減衰する程度ならマシで、多くの場合は固有式そのものを発動できなくしてしまう。下手をすれば互いが乗る幻獣の根幹魔導式を破壊してしまい、何もない超高空で宙に投げ出されることになりかねない。


 故に、騎士は少人数で行動し、いざ戦闘となれば個々が一人で戦わねばならないのだ。

 帝国軍はそこに付け入った。


 (ちよう)(ほう)活動によって各騎士の弱点を暴き出し、複数兵科で構成された(れん)(たい)規模の戦闘団によって弱点を露呈させ、そこへ攻撃を集中する。ある意味で『戦争芸術』とも言える手段で、帝国軍は騎士を打倒し続けた。

 ――それはブラディーミア十三世が率いる竜翼騎士団ナイツ・オブ・ドラクリアとのバラスタイン会戦まで続いた。

 

 これは現在においても、帝国軍では対騎士戦略の基幹であるが――相手が『炎槌騎士団』となると、少し事情が変わってくる。


 オットーは広げた資料を、苦々しく(にら)みつけた。

 資料に記された騎士は四人。

 内、二人は『大騎士』の称号を持ち、もう二人は『二つ名持ち(ネームド)』だ。 

 

 大騎士の二人はまだ良い。

 この二人は典型的な“一騎討ち型”の騎士だからだ。

 

 大騎士の一人――ニコライ・ジャスティニアンが持つ『不滅剣:デュリンダーナ』の固有式は『概念忘却』と『概念強制転与』。

 デュリンダーナという剣は『壊れる』という概念を()()している(ため)に決して壊れることが無い。加えて剣自身が忘却していた『壊れる』という概念を刃に触れた対象へ押しつけることで、破壊する事が出来る。


 簡単に言えば『触れた相手を必ず破壊する、決して折れない剣』というわけだ。


 もう一人の大騎士、ガブストール・アンナローロが持つ『輝槍:カインデル』も、一騎討ちに適した能力を持っている。固有式は『限定予知』と『凝集光手』。所有者へ「次に攻撃が来る場所」を伝える能力を持ち、加えて槍内部へ『光』を()()む事ができる。()()み凝縮された『光』は質量を持ち、遠方へ放つことも、そのまま刃へ(まと)わせて貫通力を高める事も自由自在だという。


 この二人の『固有式』は、騎士同士の一騎討ちにおいて最大の力を発揮するものだ。

 そして帝国兵士を相手にする場合にはほとんど役に立たない。

 そんな能力が有ろうと無かろうと、ただの汎人(ヒューマニー)である帝国兵士を殺すのに支障が無いからだ。

 良くも悪くも、『騎士を倒せるのは騎士だけ』という王国の思想を体現する存在だろう。


 つまり、

 この二人はやっかいな騎士というだけで、これまで通りの方法で対処が可能だ。


 ――だが。

 残り二人は現状、()()()()()()


 断罪の(ごう)()――リチャード・ラウンディア・エッドフォード。

 そして、鉄壁の紫雷――アンドレ・エスタンマーク。 


 この二人は広範囲を破壊する固有式を操る(ため)、下手をすると部隊を展開する前に決着がついてしまうなんて事になりかねないのだ。

 戦闘団という単位で作戦を行わねばならないルシャワール帝国軍の天敵とも言える存在である。


 つまり、別の方法を考えなくてはならない。

 それが情報部対外調査2課の設立目的でもある。


 オットーは資料から顔を上げ、ユミルへ問いかける。


「例の魔導士どもと連絡はつけられるか?」


 オットーが口にしたのは、2課が支援している王国内部に潜む反政府組織のことである。


 王国では以前から、貴族騎士と平民出の魔導士との(あつ)(れき)が大きかった。

 そこに着目した帝国軍は『敵国内部での破壊工作専門の(ちよう)(ほう)部隊』として対外調査2課を設立。敵国内部に反政府組織を作り、これを支援する事で内側から敵国を破壊する事を目的とした(ちよう)(ほう)部隊である。

 

 現在2課では、ブリタリカ王国内部に魔導士たちで構成された反政府組織――『憂国士族団』を支援していた。彼らは魔導士たちによるクーデターを画策しており、2課では彼らを支援する事で王国内部に混乱を作り出そうと考えていたのだ。


 加えて、彼らを脅威度の高い騎士団へと優先的に潜り込ませる事で、所属騎士の詳細な情報も得る。


 脅威度の高い炎槌騎士団に至っては――所属する随伴魔導士の九割以上が『憂国士族団』の構成員となっていた。


 オットーの発言は、彼らを利用しようと考えてのものだったが、それを受けたユミルの表情はみるみる内に苦々しいものへと変わっていく。


「どうした?」

「未確認ですが――、1課の現地協力員から炎槌騎士団の魔導士隊は全滅したとの情報が」

「はぁっ!?」


 思わず声をあげたオットーに、分析室にいる人間の視線が集まる。「すまない」と、軽く(せき)(ばら)いをしてからオットーはユミルへ確認する。


(やつ)らは炎槌騎士団の魔導士だろう? 王国は魔導士の訓練を軽視しているとはいえ、素人集団というわけではないはずだ」

「はい。――ですが国境警備隊の斥候からも、魔導士隊の姿が確認できないとのことです」

「それは確かなのか?」

「1課はそう判断しているようです」


 オットーは言葉を失う。

 確かに魔導士は、騎士と比べれば貧弱な存在だ。魔杖で能力を底上げしたとしても魔導武具の固有式には劣るし、騎士甲冑(サーク)を身に着けられない以上、防御力に関しても程度が知れている。


 だが、それでも魔導士は、武器を持たない者からすれば十分脅威だ。


 空を自由自在に舞い、家一軒を焼き払う魔導式を扱い、弓矢で撃ち落とす事も困難。一人の魔導士を殺す(ため)には、平民の兵士が50名は必要と言われている。その証拠に帝国軍において魔導士は重要な戦力であり、航空竜騎兵に至ってはその全てが魔導士だ。


 そんな存在を、騎士甲冑(サーク)どころか魔導武具の一つも持たないバラスタイン家の公女が殺せるとは思えない。それはチェルノートの住民たちも同様。

 チェルノートは騎士どころか魔導士にすら(じゆう)(りん)されるしかない町のはずだったのだ。

 

 オットーは大机に広げられた地図の、『チェルノート』と書かれた一点を見つめる。

 国から見捨てられ、戦争を再開する(ため)の餌にされた公女が住まう土地。

 駐屯兵どころか、自警団すら存在しない小さな町――のはずだ。


「一体……チェルノートのどこにそんな戦力があったというのだ」


 オットーの問いに、答える者はいなかった。




    ◆ ◆ ◆ ◆





~これまでのあらすじ~


 戦争を再開するため、(つい)に動き始めた炎槌騎士団。

 町を焼かれながらも住民を避難させたマリナとエリザベートだったが、彼女らに突きつけられたのは、リチャードの「領主を殺せば助けてやる」という言葉と、それに揺り動かされる住民たちの瞳だった。


 そんな状況下でも、エリザは「領民を助けたい」と願い、

 マリナは「そんなアンタが好きだ」と笑う。

 戸惑うエリザに、マリナは告げる。 

「オレたちの遊びを邪魔するクソ騎士どもに、逆襲してやろうじゃねえか」




【次回予告】




 火に飛び入る羽虫こそ、円卓を燃やす種火となる。

 マリナは(ごう)()の下で見たものを語り、

 エリザベートは領主の資格を示すべく、リチャードへの逆襲を開始する。

 阻むは鉄壁の紫雷(しらい)

 打ち砕くは、逆襲の牙。

 たとえこの身が朽ち果てようとも、果たすべき明星の誓いがある。




 次回、メイドin異世界(ファンタジア)

 ――第3話『これが私の公女様』――



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ