潮騒の薔薇。
たった一枚の写真を見詰めながら男はひとり白浜が映る公園でひっそりと佇み、激しく募る雨音に思いを寄せていた。
最早、精も根も尽き果てたように背中を丸めながら。
傷んだベンチに腰を深く掛け、だが風貌から察するにまだ若いのだろう。
だというのに哀しみの連続を刻み付けた掌は物語る。
まるで年老いたように踞り、自然と流れた涙が温かい雨と混ざり合っていった。
天涯孤独とはこうも虚しく切なく苦しいものなのだろうか。
それはたったひとときではあれ幸せで、いつまでも続くかのような一時。
衝動に委せて身体と身体を重ね、性欲に溺れていた時期もあったであろう。
だが、今となっては思い出すにも懐かしい。
力強く握り締めた写真の彼女。
最早、初恋の相手など煩わしい記憶でしかない。
つい、ふと目にした花弁は芳醇な芳しきに潤っていた。
鼻の奥を通り越して、鮮烈な痛みが心の奥を突き刺す。
その茎には禍々しい棘があったが構わず手に取り、滲む激流が仄かに熱かった。
今も尚、降り頻る涙に寄り添いつつ。
可憐な薔薇の花弁がまるで海中に降り注ぐ流れ星の如く散らばってゆく。
遥か上空では暗闇で満ちていたというのにふわふわと漂う海月が幻想的な光景を導き、宛ら全てを蹴散らかしていたようであった。
その時季特有の灯りに誘われて、私は今まで生きていて無駄はなかったのだと鑑みる。
荘厳なる蛍の劇場を目の当たりにしつつ、ゆっくりと横たわってみた。
ようやく解放されるのか。
長い年月を経て、生きる意味を求めてはいたが正解にはありつけなかった。
ただ、彼女だけは別だったのだろう。
たった一枚の写真に写し出されていた最愛の笑顔。
そうっと口づけを交わし、両手を合わせる。
合掌とはまさにこの事を言うのであろうか。
年老いてしまったとはいえ、絶対に誰の目にも写したくはない。
年甲斐無く頬を緩ませながら、私は自然と波間に呑まれていった。
押し寄せる潮騒が百万本の薔薇で次第に埋め尽くされてゆく。
ざぁざぁと。
冷たさと温もりと。
想いを乗せて、いつまでも ──……