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騎士を舐めるなよ

「リマ様、あの村を過ぎれば国境です」


ヴォルクス王国の国境付近へと近づいていた。


昼間は一中街道を歩き続け夜は野宿。そんな強行軍にも関わらず、王女であるリマがここまで歩き通した。普段から余程体を鍛えていたのか、それとも責任感が体を動かすのか。カサルはリマが見せた強さに驚いた。


「まだ、昼だが今日はここに泊まろう」


「同意だ、ハーフ・オーク」


リマの疲労を案じた提案に珍しく同意を示すシーガル。道中は何かと食って掛かってきたが、カサルが相手をしないので喧嘩に発展することはなかった。


「私なら、まだ大丈夫ですよ、お二人とも」


リマは「疲れた」という疲労の言葉を決して口にしない。しかし、流石に疲労の色は隠せず、美しい白い頬に陰りを覗かせている。


「いえ、無理をなさってはいけません。この先、村があるかどうか分からないのです。今日は早めに休み、明日以降の旅路に備えましょう」


村を越えればすぐに国境。ヴォルクス王国の支配地位から外れ、どの国家にも属さない辺境の地が広がる。


「この先の情報収集も必要だろ。食料も十分確保しておく必要があるしな。野兎と野草ばかりでは、流石に食べ飽きたろ」


「私、贅沢は申しません!」


リマが笑顔で握り拳を作り、おどけて見せた。例え疲れていようと、周囲の者に対する気遣いを怠らない。そんな健気な様を見せられれば、反って休みを取らせたくなる。


「いいから休め。湯あみだって出来るかもしれねーぞ」


「ぁぁぁうー」


頓狂な声を上げ、旅の埃で汚れた外套を眺め回し匂いを嗅いで頬を赤らめる。


「リマ様はいつもいい匂いですよ!」


「知りません!」


シーガルのフォローは乙女心は察しきれていない。リマはツンと上に形のいい鼻を向け、村へ歩き出してしまった。カサルはその仕草に頬のむず痒さを覚え、追いかけるように続いていく。


「そんな、私は……」


想いもかけないリマの厳しい反応に、シーガルは顔を青くさせていた。


国境の村は腰ほどの高さの木の柵に囲われ、藁ぶき屋根の家が50ほどの家が集まっていた。軒先には牛に引かせる鋤や鍬などが置かれている。


シーガルは村の中心にある一番大きい家に目星をつけると、リマにこの場に留まるように告げて家の中に入って行った。街道とはいえ、こんな寒村にもなれば宿屋など無いのが普通だ。一晩の宿を求めるために、村人と交渉しなければならない。


「今更言うのもなんだが、村人との交渉はあいつで大丈夫なのか?」


カサルは今までの言動を思い訝しげに尋ねた。確かに、ハーフ・オークや王女よりは適任だと思うが、踏み入れた家でどれほど横柄な態度を取っているか。


「心配しないでください。シーガルはああ見えて礼を弁えた騎士ですから」


「あれが?礼を?それは冗談か?」


意外とも思える人物評に、カサルは思わず目を細める。自分に対する態度を思えば、およそ「礼を弁えた」などという評価は出てきそうにないの。となればやはり、ハーフ・オークに対してだけは特殊なのか。


「リマ様、話が付きました。今日はあちらの村長の家でやっかいになりましょう」

「ありがとう、シーガル」


話はまとまったようで、シーガルは先頭に立って村長の家へ入って行く。家の中は綺麗に履き清められ、ちょっとした集会が出来そうな広い土間と、別室への入り口があった。土間には大きめのテーブルとイスが置かれている。


村長と思しき高齢の夫婦が出迎えた。長年農作業に従事してき顔は赤く日に焼け、深い皺が刻まれている。


「お二人とも。今日は突然で申し訳ありませんが、ご厄介になります」


リマは笑顔で夫婦に礼を述べた。


「ははー。綺麗な御嬢様です。とくにもてなしは出来ないですが、ゆっぐりお休みください。後で湯桶ば用意しますがら」


「え、えぇ、まあまあ、ホンに綺麗なお嬢様です。貴族様がいらっしゃるなんて初めてだから困ってしまうわ」


「ば、ばが、余計なごと言うな」


夫婦は緊張した様子ではあったものの、嫌な顔を見せずに三人を迎え入れてくれた。リマは村に滞在する際には身分を伏せているらしく、夫婦もまさか目の前の銀髪の少女が王女だとは思わないだろう。


「御嬢さんはウチらの寝室を使ってください。ワシたちは隣の息子夫婦の家に行くから気にせんで」


「そんな、悪いわ!私はみなさんと一緒で構いません」


「いんや、構わねえべ。こんな綺麗な御嬢さんを、床に寝させたらバチあたる」

「私、野宿だってしてるんですよ」


「いいじゃねーか、折角の好意だ。甘えるのが礼儀ってもんだぜ」


「そ、そうですか。分かりました。お二人とも、改めてお礼を申し上げます」


このままでは延々と問答が繰り返され兼ねない。カサルは夫婦の意を汲むように言い含めた。リマはようやく観念すると、丁寧に頭を下げ礼を述べた。


三人は村長の妻が用意してくれた夕食を終えた。


土間にはカサルとシーガルの二人きり。数日旅を共にしていたが、屋内という閉鎖的な環境下で、二人きりになるのは初めてのことだ。


「……」


隣室ではリマが湯あみの最中で、ちゃぷちゃぷと桶の湯が跳ねる音が聞こえてくる。


シーガルは口元に手を当て、ブツブツと独り言を呟きながら、部屋の中を忙しなく行ったり来たり繰り返す。外へ続く木戸の前まで歩いては何事か呟き、囲炉裏の前にしゃがみ込んではまた呟く。


カサルはそんなシーガルを気に留めず、蝋・松脂・獣脂が入った小さな金属製の容器をテーブルに置き、弓の手入れを始める。


やがて、シーガルは歩き回るのを止めてテーブルに戻ると、カサルは一番離れた椅子に腰を下ろす。


「どうしてお前はこの旅の同行を申し出たんだ?ただ、金が欲しいだけか?」


指先でテーブルを叩きながら、チラとカサルに視線をやって尋ねた。


カサルは質問には答えず、黙々とユニコーンの手入れを続ける。こうやって、容器の樹脂を布に浸して弓を擦ることで、温度の変化や湿気の影響を受けにくくさせてやる。


「おい!聞いているのか?」


苛立ちを隠さず、シーガルは声を荒げた。これまで旅の途中でも、なんどか彼の方から話しかけてくることはあったが、言葉の端々に込められた嫌悪が答える気を失くさせていた。


「お前の言う通り金だよ」


カサルは投げやりに答えた。勿論金のためではあったが、大事なのはどうやってそれを手にしたのかという過程だ。ただ、そんなことをこの騎士に話す気にはらない。リマには興味を覚えたが、この美丈夫の騎士にはまるで興味が湧かない。


「ふん、ハーフ・オークとは、所詮その程度か」


幾ら悪態をつかれたところで、カサルは腹を立てる気にならない。人間にこんな態度はを取られるのはいつものことで、どうでもよかった。


結局、リマが土間に現れるまで、二人の間で交わされた会話はこれだけだった。



夜はまだ早い時間だったが、リマは就寝のため早々に隣室に引き上げ、シーガルも土間に寝藁を敷いて横になった。カサルは鎧戸を閉めた窓の傍で横になる。


一度は眠りかけたカサルだったが、辺りの妙な静けさに起き上がった。


閉められた鎧戸を僅かに開け、辺りの気配を伺う。夜空に半月が上がり、月明かりが農村を照らしている。朝の早い農民たちは早々に床に就き、家々の明かりは消えていた。


(静かだな……いや、静か過ぎやしないか)


農村の集落は木々も多く、側には畑や水辺もあり、夜行性のフクロウや虫が鳴くさまは原野と大差ない。にもかかわらず、この村では鳥の泣き声も虫の音もあまり聞こえないのだ。


カサルは奇異な静けさの中に痒みに似たざわつきを感じ、傍らに置いてある弓に手を伸ばす。


「どうした」


外の気配に集中している時に突然声を掛けられギョットした。


声を掛けてきたのはシーガルだった。土間は鎧戸の隙間から僅かに月明かりが差し込むだけの暗闇だ。その中を手探りするでもなく、平然とカサルの元まで近づいていた。


異変に気付いたというのだろうか。カサルは意外に思える人物の反応と動きに驚き、感じた状況を口にする。


「辺りが妙に静かだな。動物の気配を感じる」


「動物の気配?」


シーガルは鎧戸の側に顔を寄せ、外の様子を覗き見る。


「……確かに、人の気配を感じるな」


「分かるのか?」


「騎士を舐めるなよ?囲まれてはいないようだが相手は複数だ。殺意を感じる」


驚いた。よもや口うるさいだけと思っていたこの騎士が、自分と同じように周囲に違和感を感じ取り、しかもそれをより的確に表現してみせたのだ。


「そうか、この肌に感じる痒みは殺意か」


肌に針先をあてがった様なチリチリとした痒み。初めて他者から向けられる殺意の感覚をカサルは知った。

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