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私を甘やかさないで下さい

三人はオークの襲撃にあった場所から、街道を南へと向かって進んでいた。馬を失い、歩みが遥かに遅くなったリマ達は、荷物を最小限に抑え先を急ぐ。


街道の周りは耕作が放棄されて原野化した畑が広がり、遥か彼方まで人家は見当たらない。


「リマ様。徒歩で進むなどという難儀をさせてしまい、申し訳ありません」


「何を言っているのシーガル。大変な旅であることは私も承知しています」


カサルから見ると、どうにもこの二人のやり取りは面はゆい。父は騎士だったが、母に対してこんな接し方をしてはいなかった。主君に対する騎士というのは、こんな面倒を背負って生きているものなのだろうか。


「カサル様はずっと旅をしていらっしゃったのですか?」


「いや、そんなことはない。最近まではアーマインの辺りで寝起きしていた」


「アーマイン?あそこはヤルカンに占領されているはずだ。そこで何をしていた!」


「貴様、アーマインで何をしていた?」


「失礼ですよ、シーガル。カサル様が私たちを救ってくれたことを忘れたの?ヤルカンのために働く者が、オークを殺して私たちをお救い下さるわけがないでしょう」


険しい顔で問いただすシーガルをリマが諌めた。どうもリマには調子を狂わされる。確かに結果的にリマを救ったが、それはオークの行為が許せなかっただけで、別に人間のためにしたわけではない。


「別に構わないぜ。それより、いい加減「様」付けで呼ぶのを止めて貰えねーか。もう、俺はあんたに雇われている身だぜ」


生まれてこの方、様を付けて呼ばれるのは初めてだ。慣れない敬称を付けられるのはどうも面はゆい。


「そうは言いましても、カサル様は私たちの恩人である訳なのだから……では、カサル君!など如何でしょう?」


リマは妙案でも思いついたように顔をパァーっと輝かせる。


「は?君?なんなんだよ君って。ないな」


様付けよりも遥かに気持ち悪さを感じるのは何故だろう。


「いいからよ、普通に呼び捨てにしろよ」


「それは……とても難しいですね。では、妥協案でしばらくは「さん」付けでお呼びするのは如何でしょうか」


「分かったよ。それで妥協しといてやる」


呼び捨てすることのどこに抵抗があるというのか。王族の考えというものが分からない。


「ふふん、リマ様に名前を呼び捨てにしてもらおうなどと恐れ多い」


シーガルは何故か勝ち誇ったように自分を指差していた。


街道を一日中歩いて、太陽は横から三人を照らすようになっていた。


「そろそろ、野宿の準備をした方がいいな」


カサルは街道のまわりをぐるりと見渡し、野宿に手頃な庇を形成する巨岩を見つけた。

「おい!この付近に村は無いのか!」


一人でさっさと進んでいくカサルに向かって、シーガルが声を上げたが無視する。村があるかどうかなど知りはしないが、日が暮れる前に野宿の準備をしなければ面倒になる。


巨岩の下は雨を凌ぐには十分で広さもあり、都合よく乾いた土と下草が生えている。


「俺は周囲の状況を確認してくる、お前達は薪をたくさん集めておいてくれ」


野宿は慣れたものだが、準備しなければならないものがあり、ノンビリはしていられない。いつもなら一人分で簡単に済ませても、今日は同行者がいる。


二人のために自分がやれる仕事をこなさなければ、雇われた意味が無い。


「薪ですね、わかりました」


「リマ様、私がやりますから、休んでいて下さい」


「シーガル、私を甘やかさないで下さい。出来ることはやらせてもらいます」


王族にそんな下働きはさせられないとばかりに気遣うシーガルを制し、リマはさっさと薪拾いに出かける。その姿にシーガルは恭しい礼で応じた。


カサルは薪集めを二人に任せ、辺りの探索に出かける。


周囲を一通り見て回ると、巨岩から離れた場所に生える巨木に上った。辺りには原野が広がり、はるか遠くには山脈が見える。母を葬った岩山は陰になって見えない。


カサルは弓に弦を掛け辺りの気配を伺う。多少の携行はあるとは言え、食料を現地調達出来ればそれに越したことはない。


浅い息で呼吸を整え、視覚・聴覚・嗅覚・触覚を周囲の環境に同調させていく。余計な思考は消え去り、神経が蜘蛛の巣のように辺りに張り巡らされる。


意識を研ぎ澄まし、ひたすら獲物を待ち続けた。


遥か前方に褐色の塊が動く気配を感じる。他の感覚に割り振っていた意識を視覚に集中させると、あたかも望遠鏡で覗いたように遥か先の動く塊が拡大され、ハッキリとした輪郭を現す。


深緑の首筋に、褐色の羽毛、キジだ。ツイてる、獲物は肉も柔らかで味がいい。


カサルは弓を引き絞り、首を小刻みに動かして地面をついばむキジに狙いを定める。


「一射絶命」


矢が放たれ、一直線の軌跡を描いて体を貫いた。キジは小さな鳴き声と、羽毛を舞い上げて動きを止めた。


狩りを止め、巨岩に戻る頃には陽が西の空に消えていた。すでに火が起こされ、焚火の前でリマとシーガルが体を休ませている。横には木の枝がたくさん積まれていた。


「随分と遅かったな」


「サボっていたわけじゃないぜ」


棘のある態度で出迎えたシーガルは、カサルを見て口を開けたまま静止する。


水で一杯になった革袋の水筒二つ、1羽のキジと2羽の山鳩、野草の束を手にしていたからだ。鳥はすでに血抜きがされ、羽毛も綺麗にむしられていた。流石にこんな物を持って現れるとは思っていなかったのだろう。


「まあ、スゴイ!お土産をそんなに沢山」


笑顔で出迎えたリマは、興味深そうにカサルが手にした獲物を眺めている。


「休んでいてくれ、俺が全部済ませる」


そんなに喜んでもらえたら、腕を振るわないわけにはいかない。カサルは手際よく鳥を解体して遠火で焼き、鍋には水を張って鳥の骨でスープを作り始める。


「慣れたものですね」


リマが傍らでニコニコしながら手際を眺めている。シーガルは面白くなさそうに、渋面でそっぽを向いてしまった。


鳥からじゅうじゅうと音を立て脂が滴り落ち、辺りに肉の焼ける香ばしい匂いが漂い始めた。陽はすっかり暮れている。カサルは鶏がらでとったスープに、キジの腸を加え、野草を手に取る。


「おい、その雑草入れるのか!」


シーガルはカサルが鍋に野草を入れようとしているのに驚き、非難めいた声を上げる。


「雑草なんて草は無い。これはイラクサだ」


イラクサはヴォルクス王国周辺ならどこでも自生していて、庶民は炒めたりスープに入れて食べる。


確かにどこにでも生えているから、雑草と言われればそれまでだ。しかし、葉っぱの裏には刺激物を含んだ棘が生えているので、収穫するためには革のグローブを嵌めなければならず、以外と手間なのだ。さすがにそんな風に言われてまで食べて貰おうとは思わない。


「嫌なら食うな」


「私は喜んで頂きますよ、その葉っぱ」


「リマ様がそうおっしゃるのであれば、私もやぶさかではありません」


リマは楽しそうに鍋を覗き込んでいる。王女がそういうのであれば、騎士であるシーガルが食べぬわけにはいかないだろう。もっとも、今更襟を正して言い直してみても恰好はつかない。


料理が出来上がり、三人は焚火を囲んで食事を始めた。カサルがリマに串焼きにした鳥と、スープを手渡す。


「それでは頂きましょう」


リマが全員料理を手にしたのを見て声を掛けた。三人共イラクサの入ったスープの椀を手にしている。リマは期待に満ちた目で、音も立てずに上品な仕草でスプーンを口に入れる。


「おいしい!おいしいですカサルさん!イラクサって目にしたことはあったけど、こんなにおいしいなんて知りませんでした」


パッっと顔を輝かせ、初めて口にした野草の料理に賛辞を贈る。その様子を見ていたシーガルも、恐る恐るといった体で、ゆっくりとスプーンを運ぶ。


口に入れた瞬間、シーガルは驚くように目を開いた。


「雑草と言ったことは訂正しよう」


それだけ感想を述べると、黙々とスープを口にする。彼なりの賛辞と受け取るべきか。


カサルは革水筒に入れたワインをリマから手渡されると、顔を上げて口を付けぬように注いでいく。


「アンタ、ワインは飲まないのか?」


「ええ、わたしはちょっとお酒が苦手で」


「ふふん。リマ様は下戸であらせられる」


「シーガル、それ自慢することじゃありませんから……」


シーガルの口から出るリマの話は殆どが自慢話のようだが、流石にこれには当の本人も困惑気味だ。


料理を食べ終えると、カサルは今夜の野宿前に辺りを探索した所見を口にする。


「危険な獣の糞は見当たらなかったが、夜は狼への警戒を怠れない。俺とコイツ、交代で火の番をするからアンタは寝ていてくれ」


「いけません、私も火の番に加えて下さい。特別扱いは不要です」


「イヤ。あんたは今日、朝早くから1日歩き詰めだ。俺は慣れてるとしても、お偉いさんのあんたにそんな体力があったのか?明日も一日歩きっぱなしだ、潰れたらかえって進みが遅くなるんだぜ。ノンビリ出来る旅だってんなら、話は別だがな」


「……」


カサルは遠慮会釈ない物言いで告げた。リマは反論出来ず、口元をきつく結んで焚火を見つめる。


「恐れながら、我々は無事にエルフの谷までお連れすることが役目。リマ様のお役目はここではなく、この先にあるのではないでしょうか」


落ち込んでいる様子を見かねたシーガルが、珍しく意見を口にした。その物言いには優しさが籠っている。二人の意見はどちらも正鵠を射ていた。


「分かりました。今夜は休ませていただきます」


リマは焚火に視線を落としたまま、わずかに震える声で小さく答えた。そして、焚火のそばに横になると、真紅の外套を毛布代わりに頭まで被った。


焚火の薪が爆ぜる音が、やけに大きく響いて聞こえる。


シーガルは何か言いたげに鋭い視線でカサルを睨み付けた。カサルがたじろぐことなく見返して、二人は暫く睨み合う。


「僕が先に火の番をする」


物言いに対してまた不満でもぶつけてくるのだろうと予想したが、意外にもシーガルは当番の順を口にしただけだった。


カサルはそのまま焚火の側で横になり、外套の襟を立てて目を閉じた。


父を失い、母と二人きりの生活を送って5年。ハーフ・オークの自分が、まさか人間と行動を共にすることになるとは思ってもいなかった。しかも相手は王女と騎士、奇縁を感じずにはいられない。


まだ旅は始まったばかりだ。

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