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俺に仕事を貰おう

金髪碧眼の青年がフラつく足取りでカサルに近づき、痛みと怒りに顔を歪めカサルを睨み付ける。


唯一生き残り休んでいた騎士だ。


「離れろと言っている!ハーフ・オーク!僕の息がある限り、リマ様に危害は加えさせない!」


青年は傍らに落ちていた剣を拾い、カサルの前に歩み出ようとする。


「違うんです、止めてください!」


リマが制止しようと二人の間に割って入る。


「離れていて下さい、リマ様。亜人は危険です」


先ほどのオークとの死闘を気絶という形で中断されたシーガルは、まだ闘いの中にいるかのように手にした剣に殺気を込めている。


言いがかりを付けられることはオークの街で散々経験済みだ。闘ったところで何の益にもならないと、カサルはその場から退散しようと決め込む。


「止めなさいと言っているのよ、シーガル・ギャッツァ」


曇天の雲を払う様に、澄み切った美しい声が響いた。怒気を込めず、大声を張り上げたわけでも無いが、その声には人の心に沁み渡る不思議な音色持っていた。さっきまで柔和な笑顔だった少女の顔は、凛とした力に満ちている。


カサルは少女の思いもかけない力ある声を耳にしてその場に留まった。


「お許しくださいリマ様」


シーガルは夢から醒めたように背筋を伸ばし、その場に片膝を着いて応じた。


「顔を上げて下さい。この方は私たちの命の恩人なのです」


シーガルは立ち上がると、人品を確かめるように無遠慮な視線をカサルに向けた。その目にはハーフ・オークへの嫌悪が現れている。


「カサル様がいなければ、私は自ら命を絶っていたでしょう」


オークに犯されるくらいならば自ら命を絶ち誇りを守る。暗にそう言っているのだ。


シーガルは目を見開き、言葉を無くして辺りを見回した。彼がもし真の騎士ならば、自らの任を全うできず王女が自害して、それでも自らの命を永らえさせはしないだろう。


「我が国の騎士に礼を欠いた者はいないと私は思っています」


シーガルは意を察し。剣を納めてカサルに向き直った。


「リマ様を救って頂き感謝する」


一応、感謝の言葉を述べたものの、顔を背けカサルを見ようとはしない。ハーフ・オークに頭を下げるなど、この騎士はプライドが許さないのか。


「失礼をいたしました、カサル様。シーガルは騎士として私を思いしたこと。どうかお許しください」


シーガルに代わって謝りますとばかりにリマが頭を下げた。


「くっ!」


そのさまを見たシーガルは言葉を飲み込み、リマの横で頭を下げる。王女にここまでされては、さしものハーフ・オーク嫌いも頭を下げぬわけにはいかないと判断したらしい。


「気にしてねーよ。さっきも言ったように、あんたを助けようとしてやったわけじゃない」


褒められる覚えはないし、謂れのない敵意を向けられることにも慣れている。そんな風に恐縮されたのではむしろやり辛い。


その言葉を聞いたリマはすっかり元の柔和な顔に戻り、カサルへ向かって首を傾げる。


「言ったはずですよ、それでも私は感謝してるって」


花が咲いたような屈託のない笑顔を向けられたカサルは、思考と感情が噛み合わず、あるはずの無い痒みに背中を掻いた。




「まさか、こんな所にまでオークが出るとはな。この辺りにはまだヤルカンは侵攻してないと思ってたんだが」


カサルはオークの遺体を見回しながら、東に進んだ判断は間違いだったかと一人ごちる。


「私も驚きました。危険な旅であることは覚悟していましたが、まさかこの街道でオークに襲われるなんて」


独り言を聞いていたリマが同意を示した。


「危険な旅?どこに向かっていたんだ?」


「南にあるエルフの谷です」


「エルフの谷?南にエルフの集落があるのか」


南は山岳地帯のはずだ、そこにエルフが住んでいるというのは初耳だ。


「はい。エルフは個体数が少ないので、国を作るまでには及びませんが、南の山間で集落を作り、多種族の支配も受け付けずに生活を送っています」


カサルはエルフに会ったことが無い。彼等は人間を嫌い隔絶した世界で暮らすと父から聞かされたが、その話の通りのようだ。


「ふーん。人間嫌いのエルフにわざわざ危険を冒して会いに行くのか。ご苦労なことだな」


皮肉交じりに吐いた台詞にリマは俯く。


「おい、ハーフ・オーク!言葉使いに気を付けろ!」


今まで眉間に皺を寄せながらも黙って会話を聞き流していたシーガルは、声を荒げて怒りを露わにする。


「リマ様は我が身を賭してこの旅に出向かれている。知った風な口を叩くな」


「よしてください、シーガル。私の身分や目的など、カサル様にはあずかり知らぬことです」


シーガルをなだめて、リマはカサルに向き直る。


「お聞きしたように、目的有って進む身。出来るお礼は限られていますが、私に出来ることがあれば仰ってください」


リマは何か出来ることは無いかと尋ねた。彼女の身分であれば、金銭的な見返りを差し出すことは十分に可能だろう。敢えてそれをしないというのか。


(金では無く、自分の出来ることで応えようってのか?)


リマの誠意が伝わる。カサルはさっきの軽口を悔いた。


(出来ることって言われてもな)


今やることは弓の制作代金を稼ぐことだけだ。金貨20枚程度の謝礼であれば、この王女は難なく払ってくれそうだ。


しかし、労せずにオークを殺して得た金をドルフに渡すことが適切かどうか。何故かそんな行為は憚れるように感じる。


「分かった。じゃあ、俺に仕事を貰おう。エルフの谷まで同行させてもらう」


楽に稼いだ金が適切でないのなら、汗水流して得た金を渡せばいい。王族を手伝い得た給金なら、エルビイだって喜んでくれるだろう。その方が至極まっとうだ。


「え?」「なっ!」


リマとシーガルが同時にカサルの顔を見た。しかし、その驚きは意味が違うらしい。


「よろしいのですか?そのようなこと。カサル様が同行してくだされば、これほど心強いことはないのですが……」


リマはカサルを案じた。確かに、オークを撃退したことに対する礼が、危険な旅へ帯同させることでは礼というよりも罰に近い。


「王女、ハーフ・オークと行動を共にするなど、王族のなさることではありません!」


シーガルはリマを案じた。卑賤な者と行動を共にするなど汚らわしいと言いたげだ。


しかし、そんな二人の考えもカサルには関係ない。


「それなりに役に立つつもりだぜ。ただし、給金は弾んでもらうぜ」


「ハイ、それはもう」「なんだと!」


当然の要求とばかりに承諾するリマと、嫌悪を隠さないシーガル。両者の受け止めは対照的だ。


「金貨20枚だ」


カサルは不敵な笑いを浮かべて金額を口にした。この要求には二人とも意表を突かれたらしく、キョトンとした顔をしている。


(ん?いくらなんでも高すぎたか?)


幾らならば妥当なのか。最近でこそお金を使う機会も増えたが、物々交換の暮らしが長かったためいまひとつ分からない。


「そんな!いくらなんでもそれでは低すぎます」


「ハハハハ、確かに金貨20枚はハーフ・オークには大金だな」


リマは予想に反し、要求金額があまりに低いと断じた。ただの旅では無い、命賭けになると言いたいのだろう。


シーガルは、金額を馬鹿にしたように笑った。どんな法外な礼金を要求するか警戒していたに違いない。


「いや、これでいい。俺にはそれ以上必要ない」


必要な物は今までも全て自分で賄ってきた。だから、金はドルフに渡せるだけあればいい。


「……分かりました。それでは、これからよろしくお願いしますね」


リマは少し考えた様子だったが、右手をカサルに差し出し微笑んだ。


父とドルフが再会の度やっていた握手。それをまさか自分が一国の姫と交わすことになるとは思ってもいなかった。


「ああ、よろしくな」


カサルは差し出された手を握り返した。





騎士の亡骸を葬ると、辺りはすでに日が暮れかけていた。三人は戦い場所からほど近い木立の中で野営を決め、焚火の前に座り込む。


「王女って言うのは、王とはどう違うんだ?」


「王女とはヴォルクス王国の王族を指します。国王は唯一の存在ですね」


「ふーん、じゃああんたは国王の娘か?」


「私は陛下と対を成す王家の出です。ヴォルクス王家には先祖を同じにする2つの家柄があるんです」


「そうだ。そしてヴォルクス王国王位継承権一位の王女であらせられる」


シーガルが横からふふんと得意げに口を挟み、身分の貴さを強調する。


「それで、なんだってそんな身分の奴がエルフの谷になんて向かってるんだ?」


それほど高い身分の者が、なぜ自ら危険を冒してまでエルフに会いに行こうとするのか。理由が分からない。


「おい、何度も言うが無礼な物言いは止めろ」


シーガルが口のきき方に腹を立て会話を遮る。これで何度目か。


確かに騎士にしてみれば、カサルの態度は腹に据えかねるだろうが、カサルにしてみれば知ったことではない。リマも気にせず会話を続ける。


「エルフに和平を頼むためです」


「は?」


カサルは予想外の答えに問い返す。


田舎者で世情に疎くとも、父から教えられエルフの大よその性質は把握している。長命で知能が高く人間嫌いで、多種族とも交流を持とうとしない、それがカサルの知る事実だ。


「エルフは人間からの和平要請に応じてくれるほど親しかったのか?」


「おい!貴様の知ったことではないだろう!」


「いいのです、シーガル」


痛いところでも突かれたか、シーガルが腰を上げようとして制された。


「おっしゃる通りエルフと人間、いえ、ヴォルクス王国とエルフに交流はありません。ですが、目前に迫るヤカンの脅威に対し、我々が現状では打つ手が限られているのが事実です」


ヴォルクス王国は現在、国土の3分の1までをヤカンに占領されている。オークは頑健で個々の戦闘力が高い。棍棒しか持たない原始的なオークに、装備と数で勝る人間の軍隊が敗走を続けていた。


「和平の仲介が無理であれば、知恵を貸してほしいのです。エルフは我々の真似出来ない秘術を生み出すような知恵を持ちます。我々では導けない解決策を示してくれるかもしれません」


「エルフの秘術?初耳だぜ」


「はい、なんでもエルフの谷に伝わるのは、人の認識に働き掛ける力を持った術だとか」


「ふーん、なんかいい加減だな」


カサルは率直な感想を口にした。説明が伝聞調で曖昧な域を出ない。その実、秘術とやらの正体もよく分かっていない。


その言葉を認めるようにリマは俯く。交渉もあまりうまくいきそうに思えないが、だからこそ王女であるリマ自ら乗り出したのかもしれない。


「それで、交流が無いのはいいとして、エルフの谷の場所くらいは知っているんだろうな?」


「はい。ヴォルクスの南にある山岳地帯を越えた所にある湖、そこに注ぐレイン川の上流に、彼等の谷があるそうです」


「……あるそうです、か。まあ、手掛かりがある分、マシと言えるか」


「フン。無教養なハーフ・オークが偉そうに」


「もう。シーガルは黙っていて下さい!」


いちいち悪態を突き話の腰を折るシーガルに、リマが食傷したように命じた。


忠犬の騎士は主人から向けられた言葉に、恨めしそうな視線をカサルに向ける。幾らハーフ・オークが卑賤の身であろうと、流石にそんな見当違いの恨まれ方をされては堪らない。


「確かに我が国でエルフの谷に行ったことのある者はいません。しかし、大臣によるとこれは確かな情報だそうです」


大臣という言葉に、シーガルはまた顔をしかめる。


「ならいいんだが。そこまでどれくらいの日数が掛かる?」


よくよく考えてみれば、旅の同行を買って出たはいいが、どれ程の日数を必要とするものなのか。前もって聞くべきだったと、己のいい加減さにほとほと呆れる。


「湖まで順調にいっておよそ7日の距離です」


「順調にいけば、か」


リマの顔に緊張が浮かんでいる。今日のようにオークに襲撃される事態も考えられるのだろう。


「不肖、シーガル。今日の失態、以降の働きを持って代えさせて頂く所存です」


「期待していますよ、シーガル」


シーガルは仰々しくリマの前で膝を着き、頭を垂れた。その姿にリマが微笑みかける。


「おい、リマ様は私がお守りする。お前には身の程をわきまえた、下男としての働きを期待しているぞ」


立ち上がったシーガルは決意を新たにするようにカサルを指差した。これではまるで宣戦布告だ。カサルはそんな挑発めいた物言いを相手にせず、外套の襟を寄せ、木に寄り掛かって目を閉じた。


「おい!僕を無視するな!」


二人のやりとりは噛みあわない。街道の夜は更けていく。




シーガルが焚火の前にリマのための簡単なテントを作り三人は寝入った。


木立にはフクロウと虫の声が響き、時折思い出したように焚火がパチリと小さく爆ぜる。夜空には満月が上がり、枝葉に遮られながら地面を薄明かりに照らす。


(リマがいない?)


カサルが僅かな物音に目を覚ますと、リマの姿が消えていることに気付く。シーガルは静かな寝息を立てている。


(どこに行った?平野部の街道近くとは言え、夜の木立ちだって危険はあるんだぞ)


カサルは立ち上がり、辺りの気配を伺う。


(用を足しに行っただけなら、すぐに戻るだろうが……)


それにしては帰りが遅い。カサルは辺りの探索を始めたが、リマはすぐに見つかる。


「この国を代表してあなた方の勇気と献身に感謝を捧げます。お二人の家族は私が責任を持って、生活できるよう取り計らいます。どうか、安らかにお眠り下さい」


リマは土饅頭に刺さった剣の前で両膝を突き、手を組んで祈りを捧げていた。墓に頭を垂れて祈りを捧げるリマの姿は月明かりに照らされ、宗教画のように美しく厳かだ。


(民を率いる者の責任か……)


カサルはその姿に母の言葉を思い出した。

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