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呪われた王子

王宮が建つ小島から、橋で繋がった市街地側にある庭園。そこにある大広場には、城を背にして舞台が作られ、近衛騎士が周囲の警備にあたっていた。


カサルは例によってマスクで口を隠し、広場の最前に陣取って舞台の周辺を注意深く観察する。


(こんなに人が集まるのかよ)


普段は限られた者しか足を踏み入れることが許されない王宮の敷地が、今日はメルツの命により解放されている。


市民に向けて行われる重大発表と、王家所有の庭園を一目見ようと言う物見遊山が合わさり、広場には多くの人が詰めかけている。


その市民の中に求める男の姿は見つからない。


(大丈夫だ。俺の予想が間違ってなけりゃ、奴は必ずこの広場に現れる)


カサルの見かけたハーフ・オークは、王宮内を一人で闊歩していた。それは、王宮を自由に出入りできる身分であることを物語っている。


今日の集会にはメルツによって貴族、官僚、聖職者など特権階級的身分にある者は全て集められると聞いている。


ならばその中に、求める男が現れる可能性は高い。


集まった市民は始めこそ物珍しさからきょろきょろと庭園を見回していたが、何も無い広場にすぐに飽きた様子で、今日行われる発表の噂話に花を咲かせている。


王宮が箝口令を敷いているにも関わらず、噂話の殆どはリマに関するものだ。


市民は王女の人柄に思いを馳せ、身を案じ、回復を願う。そして、どの噂も最終的にはヤルカンへの不安に帰結していた。



やがて王宮から橋を渡って男達が現れた。


明らかに市民とは異なる贅沢な装いをした、この国の特権階級に位置する者達だ。彼らは舞台を挟むようにして、両側に一列に並んでいく。


(いた!見つけたぞ、あの男だ!)


カサルは遂に目的の男を見つけた。舞台に向かって右側の列の端。両耳に大きなピアスを付け、下あごから牙を突き出し歪な笑みを浮かべている。


(間違いない。王宮で見かけた男。やっぱり奴は俺と同じハーフ・オーク!)


カサルは、はやる気持ちを抑えつけ注意深く男を観察する。


周りの貴族達は自分たちの一群にハーフ・オークが混じっていても、顔色一つ変えようとしない。


それは市民も同じで、遠巻きから並んだ男たちに視線を向けているが、誰もその存在を気に留めない。


(人間がハーフ・オークを目にして無反応でいるわけが無い)


それはカサルの経験から言ってもあり得ない反応だ。まるで見えてるものを認識していないとしか思えない。


(間違いない、あれはエルフの秘術“認識阻害”)


峡谷の入り口で経験した、見えていてもそれを認識できないという現象。


人間にしか効果が無く、故にハーフ・オークのカサルはそれを認識することができる。


エルフの長イエイライの話では、谷に住み着き世話をしてくれた術師を皆殺しにして、財宝を奪い逃走したハーフ・オークが30年前にいたという。


それが現れた男と無関係のはずが無い。


そんな兇漢が王宮に潜み、何を企んでいたのか。


(ルゼンが言っていた、母を人質に取りゾンダルテに差し出した男)


カサルは沸き上がる怒りを抑えつけ待つ。役者が揃うのはこれから、舞台はまだ始まっていない。


そして、幕が上がることを告げるために、一人の男が舞台に上がる。


(テメーが上がるのか!)


件のハーフ・オークだ。一番最初に壇上に立つということは、男がそれなりの立場にあることを意味している。


「本日、ここブルクズ庭園で、開催されるのは市民の大会……」


壇上の男は笑っていた。人々を見下ろし、平静な口調を装い、目尻を垂らし厭らしく口元を歪めている。


(あれは蔑みの笑い。俺達ハーフ・オークが人間やオークから向けられてきた顔と同じだ……)


男の歪んだ笑みを見ていると、黒くぬめった手で心臓を撫でられるように、ざわりとした嫌な感触を覚える。


「それでは閣下にご登壇頂きましょう」


男が挨拶を終えて舞台から降り、代わって白髪交じりの黒髪をオールバックにした男が舞台から演壇へと上がる。


貴族達からは拍手が沸き起こり、演壇の男がつまらなそうにそれを制した。


「私をご存知ない市民のために、まずは自己紹介をさせて頂こう。私はヴォルクス王国内務大臣メルツ・カンブルグである……」


メルツは集まった市民をゆっくり見回すと演説を始めた。


(こいつが大臣のクソ野郎か!)


骨折していたカサルの右手が反射的に弓を取ろうとしてギプスに制止された。もちろん、カサルの腰にユニコーンはもう無い。


ピアスのハーフ・オークに大臣、母とリマに危害を加えた男を立て続けに目にして、カサルの怒りは抑えがたいまでに達しようとしていた。


「さて、今日この場を設けたのは重大かつ危急の理由があったからに他ならない。すでに、市民の口からも漏れていることだが、それは……」


メルツはそこで言葉を切り、聴衆が焦れるのを待つようにしてピタリと演説を一度止めた。


「それは、リマ王女殿下が毒を盛られ、国政を担うのが困難になったからだ」


演説を聞いている市民の間から、大きなどよめきが起こった。


すでに王都中にその噂は広まっていたが、王宮が正式にそれを認めるのはこれが初めてだ。真相を知らされた市民は前後左右の者達と声を潜めて話し始める。


「静粛に願いたい!」


メルツは壇上から大きな声を張り上げ、ざわめきを制止した。嫌らしい手法だ、そんなことを聞かされて平静でいられるわけが無い。


「諸君らが心配するように、我が国は今、未曾有の困難に置かれている。その困難とはなにか?そうヤルカンの侵攻に他ならない。しかし、我らが王女殿下は国民に、そう国民を救うための唯一無二の策を示されていたのだ」


メルツは鼻息も荒く、懐から取り出した書状を頭上に掲げて広げる。


「それは殿下が記されたこの書状に記されている!王女殿下は我らをどの様にお救い下さるつもりだったのか、それは……」


「発表は不要ですメルツ大臣!」


鈴を鳴らすような凛とした声が広場に響き、演説が中断された。



突然の横槍にメルツは苦々しげに顔をしかめると、舞台に上がった声の主へ顔を向ける。そして、その顔が一瞬で驚きのに染まった。


「そんな、まさか!」


舞台に立っているのはリマだ。煌めく銀髪を風になびかせ、肩から羽織った真紅のマントを翻し、傍らにゴンドルフを従えてゆっくりと演壇に進んで行く。


舞台を取り囲んでいた近衛騎士が、一斉に右足を上げて靴底を踏み鳴らした。


「ひかえい!」


その音に呼応して放たれたゴンドルフの一喝に、メルツをはじめ舞台の下に並んでいた男達が一斉に片膝を着いて頭を垂れた。


瞬間、集まった市民から渦のような歓声が沸き起こった。驚きで目を見開き、安堵して胸をなで下ろし、人々は笑顔で王女の回復を喜んでいる。


だが、その中で唯一、市民と異なる感情を露わに王女へ顔をける者がいた。


ピアスを付けたハーフ・オークの男だ。


直前まで見せていた歪んだ笑みは消え去り、双眸を吊り上げ、口角を下げて牙を剥き出し、赤黒く顔を変色させている。


見せているのは激しい怒りに他ならない。


(こいつだ!こいつに間違いない!リマに毒を盛ったのはこいつだった!)


怒りに歪んだその男の顔を見た瞬間、カサルが抱いてき疑念は確信へと変わった。即座に群衆から飛び出し、舞台の側で警護に当たっているシーガルに近寄る。


「あいつだ。一番最初に舞台に上がって挨拶をしていたあの男」


カサルは舞台の横に並んだ一番端の男を顎で指し示す。


「なんだって!彼は大臣の副官シンだぞ。いや、しかしこうして見ていても、とてもそんな風には……」


「疑っているのか?」


「まさか!ただ、彼の顔はその、なんと言うか酷く印象が薄いとしか感じられないんだ」


「それが認識阻害の効果だろ。エルフの谷へ向かっていた時のことを思い出せ!後は手筈通りに頼むぞ」


「あ、ああ。承知した!」


俄かには信じられないとった様子のシーガルだったが、促されて小走りで舞台の後ろへと消えて行く。


カサルは舞台の警備にあたっている近衛騎士の目の前を平然と通り過ぎ、呼び止められることなく杖を突きながらシンの元へと進んで行く。



「随分と好き勝手してくれたじゃねーか」


「は?何を……私のことか?」


シンは突然目の前に現れたカサルに困惑を隠さず、誰か他人と間違えているのではと周囲を見回す。


しかし、横に並んだ男達も心当たりは無いと怪訝に首を振る。


「お前に言ってんだよ。一応聞いておいてやる。全部テメーが仕組んだんだろ?」


「チッ、わけの分からんことを。近衛騎士!」


周りを飛び回る蠅でも追い払う様に、シンは面倒くさそうに手を払う。


「バカ野郎が。捕まるのはお前なんだよ。言っている意味が分からないか?じゃあ、これならどうだ?」


カサルが自分の牙が見えるようマスクを下すと、シンは一瞬で顔色を失う。


「き、貴様は……」


「そう、テメーと同じハーフ・オークだ。それで、お前はこんな所で人間に混じって何をしていた?」


「近衛騎士!近衛騎士!何をしている!集まらんかー!」


シンは慌てた様子で周囲を見回し、なおも大声で警備を呼んだ。


その声に応えるように、シーガルが近衛騎士の一団を引き連れて現れ、二人の周りをぐるりと取り囲む。


「遅いぞ馬鹿者共が!この者を捕えろ!ハーフ・オークだ!」


近衛騎士が作る輪の外側で、様子を見守っていた人々からよめきが起こり、辺りは騒然とし始める。


「だから言ってるだろ、捕まるのはお前だよ」


「何をしている近衛騎士!早くこの男を取り押さえんか!」


シンの必死な命令にも関わらず、近衛騎士は傍観するだけで一向に動かない。


「こいつは俺が捕える。お前等は手を出すなよ」


「はい。殿下の仰せのままに」


カサルの呼び掛けに、輪に混じっていたシーガルが恭しく頭を下げて応えた。そのやり取りを聞いたたシンは、訝しそうにそうにカサルの顔を凝視する。


「殿下?殿下だと?」


「良い返事だ、シーガル」


「……まさか、貴様はあの時の、ゾンダルテが手を付けたオークの……」


目を見開き、驚愕の色を浮かべるシン。


「そうだ。ようやく気付いたか」


「クククク、母の意趣返しにでも来たか?呪われた王子」


シンは一瞬だけ見せた驚きの表情を消し、自らの本性を曝け出すように顔を歪ませ悪意に満ちた笑みを浮かべた。


「意趣返し?違うな。テメーには自分でしたことの責任を取ってもらうだけだ」


「やってみろ!その体で止められるものならな!」


シンの顔から歪んだ笑みが消え、怒りと憎しみに満ちた凶相へと変わる。


そして、懐から取り出した短剣を一閃、カサルに向かって薙ぎ払った。カサルは足を引きずりこれをすんでで躱す。


シンは中腰になって上体を落とし、両手を開くようにして右手で短剣を構えた。


カサルは手にしていた杖を左手で剣のように持ち直すと、シンを懐に入れないように杖先を向けて構える。


舞台の横で突然始まった戦いに周囲から悲鳴が上がり、広場に集まった人々の視線が集中する。


「カサル!」


舞台の上から心配そうにこちらを見守っていたリマが、堪り兼ねるように声を上げた。


「心配すんなよ。コイツは俺の手で始末を付ける。じゃないとお袋も報われないからな」


カサルはシンに視線を向けたまま、舞台にいるリマに向かって答えた。片足を引きずり、右手にはギプス、ルゼンとの戦いで負った怪我は未だ癒えず、とても満足に戦える状態ではない。


しかし、カサルの内から沸き起こる侠気が体を突き動かす。


(この男は悪意で人を陥れ、命を弄び、不幸を生みだす。お前だけは放置してはおけない!)


シンは自分からは仕掛けず、短剣を手にした右手だけを僅かに動かし続けている。


(こいつ、俺の動きを待ってやがる。後の先を取るつもりか?)


カサルが構えた杖を僅かに上に動かすと、それに呼応してゆっくりとシンも右手の位置を変えていく。


(チッ、いっぱしの構えしてやがるな。元兵士だけのことはある)


近衛騎士に取り囲まれた空間は闘技場と化した。カサルとシン、侠気と狂気の情動が満ちていた。


「いいぜ、乗ってやる」


有利な環境も、一方的に攻撃できる弓もない。狩人の戦いとは程遠い。


(それでもお前は俺の獲物だ)


カサルは痛む足を無視して、最短最速で相手の顔面に目がけて杖を突き出した。


シンはそれを上体を横にずらして躱し、踏込ながら短剣を鞭のように振るい、杖を持つ手を切りつける。


カサルは杖を手放すことで左手への深手を免れた。


シンは刹那の間も空けず、間断のない流れる動作で短剣を握り直し、腰に構えて体ごとカサルに浴びせ掛ける。


鈍い音がした。二人の体が密着し、圧された勢いでカサルの足元が滑るように僅かに後退した。


「くくく、他愛ないな」


シンの口から愉悦が漏れた。足元には鮮血が滴り、地面に赤黒い小さな円を描いていく。

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