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大臣の野心 8

メルツによって王国会議の開催が宣言された。


上座の椅子を空席に、その両脇にメルツと近衛騎士団長ゴンドルフが座っている。円卓の間には他に、貴族会の面々と補佐官のシンが参加していた。


「まずはゴンドルフ団長から、王女殿下のご容態と調べの進捗について伺いたい。よろしいかな」


メルツはあくまでも穏やかに、ゴンドルフに話を振った。


かつて厳つい顔に皺を寄せ、王女を守るように隣で座っていた男。それが今日は見る影もないほどに小さく感じられる。騎士団長だけでは無い。メルツに抵抗するように王女に意見を求めていた貴族の一部も小さくなっている。


会議、いや王国そのものをメルツは手中に納め掛けている。だからといって決して余裕があるわけでは無い。解決しなければならない問題は山積みだ。


「王女殿下の容態は未だ優れず、今もご寝所でお休みになってている。杯に盛らていた毒は複数を掛け合わせた物で、我が国では使われない未知のものらしい。医師による治療も難航している状況」


ゴンドルフは小さな声で、主君の置かれた状況を話した。


「犯人の捜索について如何です?」


「特定するに至ってない。王宮に出入りのあった外部の者を遡って調べているが、手掛かりは得られていない。内部の者も順を追って調べているところだ」


そう言ってゴンドルフは、厳つい目をギロリとメルツに向けた。


(この男、私を疑っているのか?そこまで間抜けなのか?王女を毒殺して、今の私に益が無いことは理解している筈だ)


この場にいる貴族たちは、王女の実行しようとしてた計画を知らない。故に、メルツがわざわざ暗殺などせずとも、権力を手中に出来るはずだったことを知らないのだ。


この会議では身の潔白も証明しなければならない。


「結構です。必要な人員や処置等が有れば私まで。可能な限りのことをしよう」


「そうさてもらう」


ゴンドルフは苦々しげに俯いた。


「さて、それでは今後の我が国を語る上で、私から皆さんにお伝えしておかなければいけないことがある」


メルツは手元にある封蝋に王家の印璽がされた巻紙を、一同に見えるように恭しく掲げた。


「この王家の印璽で封蝋がされた巻紙は、事件の前日、王女殿下と会談を行った際に手渡されたものだ」


巻紙をゴンドルフに手渡し、真贋を確かめさせてから開封する。


「今から私が語るのは王女殿下のご意志である」


メルツは王女がやろうとしていた終戦計画と、その後事を自分が託されていたことを語った。そして、その言を証明する物として、王女の残した書を貴族たちに閲覧させた。


「そ、それで和平が成ったとして、新国家での我ら貴族の処遇は如何様に!」


(和平よりも己の領地が大事とは、まことに貴族とは度し難い)


計画を知らされていなかった貴族たちはどよめいた。メルツの読みではヤルカンが和平に応じるかは五分五分。にも関わらず、貴族たちはその後の心配にしか目がいかない。


「あなた方の領地を、私は没収しようなどとは考えていませんよ」


「おお、それは!流石はメルツ閣下、良く物事を理解されていなさる」


貴族の面々は皆一様に胸をなでおろしている。もちろん、メルツの統治する国家に彼等の居場所は無い。


しかし、事を成すには順序が重要で、真っ先にしなければならないことは他にある。そのためには名前ばかりの貴族も、手綱を握っておく必要がある。


「私は王女殿下の貴きご意志を国民に直接知らしめ、総意をもって王家と王国の解体を宣言し、ヤルカンとの和平に臨むつもりです」


自分の領地が無事なら、ヤルカンとの和平は貴族にとって願っても無いこと。誰も反対する者はいない。


「時は4日後、場所は王宮広場。そこで王女のご意志を伝える。広場には貴族、官僚は勿論、王都市民から農民まで広く参加を集う」


「王宮に平民を入れると。しかし、そんなことを……」


前例のない事態に、貴族たちは困惑顔だ。


「王家はもう亡くなるのです。これから王宮は国民全体のものとして、使われていかなければならない」


結局、王国会議は形だけのもので、メルツの独壇場で終わった。



本当の意味での会議はこれからといっていい。


「ゴンドルフ団長。ここにはあなたと私だけだ。腹を割って話したい。よろしいか?」


メルツの求めに応じゴンドルフは円卓の間に残った。新旧勢力が対峙する形となったが、王家すなわちゴンドルフの劣勢は明らかだ。


「……」


ゴンドルフは否定も肯定もしない。しかし、メルツは是が非でも彼の協力を取り付けなければならなかった。この男が国家最強の部隊を率いていることに変わりはない。


「ふむ。しかし、書状と王女殿下の意志に間違いがないことは、あなたもお認めでしょう」


ゴンドルフが首肯する。


「結構。王家の解体に反対されぬことは、あなたが真の忠臣である証し」


「世辞はいらん。本題に入ったらどうだ」


「いいでしょう。あなたと近衛騎士を真の忠臣と見込み、新国家を築くにあたって果たして頂きたい役割がある」


「何をさせるつもりだ?」


「私の就く新たな役職の親衛隊として、引き続き国家に忠誠を誓って頂きたいのです」


「親衛隊?王家を捨て、貴様に忠誠を誓えと言うか」


「違います。近衛騎士の力を、陛下が望まれた新国家に捧げるのです。出陣式の時、王女殿下は何と仰っておいででしたかな?一人でも多く、故郷の土を踏む様にと、そう話されていたはずだ」


この騎士はメルツには従わない。だが、王女の意志には逆らえないはず。そこを突いてやれば、誘導することは可能だ。


長い沈黙の後、ゴンドルフはメルツを睨み付けて口を開く。


「返事をする前に聞かせろ。ヤルカンが和平と引き換えに王の首を要求したらお前はどうする?」


「ゾンダルテ陛下はお亡くなりになったのですぞ?復讐は求めますまい」


「惚けるな!王家にはまだ……王女殿下が残っておられる!」


(チッ、痛い所を突いてくる。一番厄介な質問だ。この男、間抜けではなかったか)


つまりこの男は王女を差し出すのかと聞いている。


メルツはギリギリと音を立てて奥歯を噛みしめた。王国の実権を手中にしたものの、外にヤルカン、内に王家と近衛騎士団という厄介ごとを抱えた。


ヤルカンとの和平が成らねば国と民が消える。


しかし、和平を成すために王女を差し出せば、近衛騎士団は必ず立ち上がる。そんな事態になれば内戦だ。オークと対峙してきた軍の兵士にも、和平を不服として追従者が出ないとも限らない。


そんな事態になれば、どれだけの被害と混乱が新国家に及ぶことか。


差し出すと言えばこの男は敵対し、差し出さぬといえば最悪で国が無くなる。今のメルツ、ひいてはヴォルクス王国の置かれた状況は追い込まれている。


「それは……あなたが決められたらよかろう」


「儂がだと?」


そうだ、ならばいっそこの男に決めさせてしまえばいい。メルツは閃くと、いつもの慇懃な口調を脱ぎ捨てる。


「勘違いをするな。王女殿下を守れなかったのはお前の失態。その上、王女殿下の意志を蔑にし、無辜(むこ-罪の無い)な国民の命まで犠牲にするか?王女の意志を継いで国民を守るか、あくまでも王女の命だけを守るか、お前に選ばせてやる」


「ぐぅぅぅ!」


ゴンドルフは苦悶に顔を歪め、今にも殴りかかってきそうな勢いで立ち上がった。拳を握りしめ、顔から大量の汗を吹きだし、歯をむき出して怒りを露わにしている。


「ゴンドルフ団長。王女殿下を差し出せと言うのはヤルカンです。そして、和平が成らぬと知った時の国民です」


「国民からだと?」


いつもの平静な口調に戻り、穏やかに語りかけた。ゴンドルフは視線を逸らして俯いた。流石の騎士も、国民に対して突撃は出来まい。


「誓って言うが、王女殿下に毒を盛ったのは私では無い。そんなことをして、何の

得にもならぬことくらいあなたにも分かるはずだ」


「そんなことは……調べればいずれ分かることだ」


「そう。だからこそ私はあらゆる協力を惜しまないと言ったはずだ」


メルツは自信満々に言い放った。


「オークとの和平、上手くいくかどうかは五分五分。しかし王家が存続していれば、奴らがゾンダルテ陛下の代わりに、王女殿下の首を求める公算も高まろう。その為にも、王家と王国を解体し、和平が成るよう全力をつくさなければならん。違うかな?」


ゴンドルフの握りしめた拳から力が消えていく。


「王女殿下が最後に見せようとした献身は真の為政者。そんな徳人を私もお守りしたい。その為にはあなたの、近衛騎士団の協力が必要だ。4日後の王宮広場での私の警備、お任せしてよろしいかな?」


メルツが言い終わっても、ゴンドルフは何も答えようとしない。


「返事は少しだけ待ちましょう。王女殿下の身をお守りするためには何が必要か、よく考えて下さい」


メルツはゴンドルフを残し、円卓の間から出た。口元に浮かんでくる笑みを押さえきれず、顔を歪めながら廊下を歩いていく。


「乗り越えてみせる。ヤルカンの脅威もな」


王国の置かれた困難な状況に変わりは無い。しかし、野心という劇薬が、メルツを高揚させていた。先ほどの手応え、ゴンドルフは最早新国家に恭順を示すと見て間違いないだろう。


後は必要に応じ、国民の声という大義で和平を推し進めればいいのだ。王女の身をどうするかはメルツが決めることでは無い。


「くくく、俺がこの国の元首か……」


メルツは遂に声を上げて笑い出した。

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