大臣の野心 1
ヴォルクス王国の王宮メグレブ城は、金箔が貼られた丸屋根の主塔と、それを両側から挟む副塔が特徴的な壮麗な石城だ。
この城は、複雑に入り組んだ湖に浮かぶ小島に建てられ、対岸と二本の橋で結ばれていた。
その橋の袂に建てられた巨大な門の前に、王女とそれに付き従う騎士が、馬上から見送りに応えていた。
「王女殿下」
白髪交じりの黒髪を後ろに撫でつけた初老の男が、眼光鋭く進み出る。男の名はメルツ。内務大臣として、病床の王に代わり政治の実務を担う男だ。
メルツは王族の証である真紅の外套を着た少女に、恭しく近き、痛恨の顔を作り頭を下げる。
「私、思い付きを口にしてしまったこと、今は酷く後悔しております」
「頭を上げて下さい、大臣。その思い付き、賭けてみる価値はあると判断したからこそ、私は赴くのです」
「されど、王女自ら行かれずとも……」
「それが最善と考えました。私に出来ることは限られます。これも王族たる者の務めと思っています」
確かに特使としての任に、これ以上効果的な人選は無いだろう。この王女、若い割に己の責務を弁えている。
「道中はお気を付け下さい。ヤルカンの侵攻後、これに乗じた他国の間者も増えているとか」
「忠告、痛み入ります。ですがご安心を、私には頼もしい仲間がおりますから」
王女は後ろに控えた騎乗の騎士たちに目を向けた。近衛騎士の証である臙脂の装束に身を包んだ彼等は、鋭い目つきでメルツに軽く一礼する。
「なるほど、確かに近衛騎士ほど頼もしき者はこの国にはおりますまい。されど近頃は、はぐれオークの出現も確認されています。お気を付け下さい」
「憚りながら、オークとて騎馬の騎士が相手であれば無事ではすみません。リマ様の身は我らが身命を賭してお守りします」
騎士としてのプライドを気づ付けられたか、若い騎士が眉間に皺を寄せ進み出た。
「ほう頼もしいこと。どうやら私は余計な気を回してしまったらしい」
「大臣、ご忠告感謝いたします」
若者に代わり、年配の騎士がこの場を収めるように進みでた。その顔にはとても感謝などが浮かんでいるようには見えない。騎士たちは苦虫を噛み潰した顔でこちらを見下している。
メルツは、ただの騎士風情が生意気なと思えど、彼らの態度にも顔色を変えない。
いずれ、この男たちが自分に膝を着き、忠誠を誓う時が来ること思えば、馬上からの無礼などその時を楽しませるスパイスでしかない。
「では大臣、私はこれにて。後のことは頼みます」
「はい。旅の無事を祈っております」
周りで繰り広げられる腹芸を少女は気に留めず、美しい銀髪を風になびかせながら、門を潜って行く。騎士たちは王女を四方から囲むようにして付き従う。
(さて、これからの旅が如何に過酷なものか、果たして理解をされているのか。精々、私の言ったことが実現せぬよう願っているよ)
メルツはその後ろ姿を笑みを浮かべて見送った。