今度こそ
怪我でろくに身動き出来ぬ体を持て余し、カサルは焦っていた。
一刻も早く件の男を見つけ出さねばならないが、ここバーグにはいつリマ達が現れるかもしれないのだ。
「カサル、お前を探し回る男を捕まえた」
デルロイが部屋に入ってきた。カサルが目を覚ましてからというもの、日に一度は様子を見に現れる。普段、愛想は悪るいが実は面倒見のいい男だと知れた。
「俺を探している?」
「街でハーフ・オークや人間に、お前の居場所を尋ねていた。何か心当たりはあるか」
「なんだその怪しいのは。どんな奴だ」
「農民の恰好をした人間だ。捕まえて尋問をしたが、名前以外は喋ろうとしない」
「農民に心当たりはないがなあ。何て名だ?」
「本人はシーガルと名乗っている」
「シーガル、あの、シーガルか?」
「知らんぞ俺は。知り合いなら、お前が確かめろ」
「ああ、そうさせてもらうぜ。ここに通してくれるか」
デルロイは首肯すると部屋から出て行った。
シーガルが農民の恰好をしてこの街をうろついている。その理由が和平交渉前の偵察というのなら分かる。しかし、自分を探しているというのは解せない。なぜこの街にいることを知っている。
しばらくして、デルロイに連れてこられたのは、間違いなくヴォルクス王国の騎士シーガルだ。
顔を腫らし、手を後ろに縛られ、罪人のように扱われている。服装はいつもの臙脂の騎士服ではなく、粗末な麻の服を着た農民のような姿だ。
「まさかとは思ったが、やっぱりお前か」
「君は、まさか、カサルか?これは、一体なんだってそんな怪我を!」
「まあ、これにはわけがあってな。お前こそ、何だってそんな恰好で」
「君を探して辿り着いた。理由は……」
シーガルはデルロイを一瞥して言葉を切った。
それ以上はオークを前にしては話せないということか。顔の殴られた傷を見れば、どんな取り調べを受けたのかも想像出来る。
もっとも、オークの性質と囚われた経緯を思えば、多少の手荒さは責められまい。
「デルロイ、この男は俺の友人だ。心配する必要は無いぜ。手間を掛けさせて済まなかった」
「そうか、分かった」
デルロイは納得した様子で、シーガルの縄を解くと部屋から退出した。
「あのオーク、随分と君を信用している様子じゃないか。それにその酷い怪我といい、一体何があったんだ」
ここはヤルカンの最前線。捕えた人間の身元や経緯も確かめず、拘束を解き自由にさせるなど、警察権を持って任に当たることもある騎士からすれば、到底考えられない行為だだろう。
カサルはこの街に来た理由と、顛末を語って聞かせる。話を進めるうちにシーガルの顔に汗が浮かんでいく。
「いや、待ってくれるかい」
シーガルは話の複雑さを整理するように、眉間の皺に手を当てると、ぶつぶつと独り言を始めた。
やがて考えが整理し終わったのか、一度ぎゅっと目をつぶってから口を開く。
「なんてことだ。君の母は族長の娘、君も一族の人間だったのか」
「話せなかった理由は言わなくてもわかるよな」
ヤルカンと戦争状態にあるヴォルクス王国の人間に、族長の孫であることを言えないのは当たり前だ。そんなことを最初に喋っていれば、リマやシーガルが旅の同行を認めたかどうかも分からない。
そもそもカサル自身、こんなことがなければ一生誰にも打ち明けるつもりは無かった。ヤルカンの孫であるなどと知られては、面倒を招くだけだ。
「それで君はリマ様を守り、ヴォルクス王国との戦を終わらせるために族長と決闘を?」
「そういうことだ」
シーガルは額の汗を拭う。
「それで君はそんなに大怪我をしたのか」
「ああ、ボコボコにやられた。最後は殺さぬように情けを掛けられる始末だ」
「そうか。君が命を繋いだことが何よりも幸いだよ」
決闘の凄惨さはカサルの有様が物語っている。シーガルはカサルを気遣い、優しく微笑むと目を伏せた。
「お前がそんな顔するなよ。勝敗は着いたが、俺はまだ負けたと思っちゃいない」
「は?どういう意味だ?」
負け惜しみを言っているのではない。確かに決闘には勝てなかった。しかし、カサルが欲したのは勝利そのものではなく結果。それさえ手に入れば勝敗は二の次だった。
「いいか、シーガル。戦は一時休戦になったと見ていい。だからお前はすぐにリマを王都へ連れて帰るんだ。間違ってもヤルカンと、ことを構えさせるな」
「……」
カサルは目を見て強い調子で迫った。シーガルはその視線から逃れるように俯いた。顔は青ざめ、頬が小刻みに震えるている。
「おい、シーガル?」
「リマ様が毒を盛られた」
シーガルは俯いたまま消え入りそうな声を漏らした。
「毒?」
言葉を反芻しても意味は変わらない。心臓を刃物を突き立てたような痛みが襲い、息を飲み込む。
「和平交渉に臨む前、騎士団と最後の杯を交わした時だ。リマ様の杯に毒が盛られていた……」
「それで、リマは!リマはどうした!」
「こん睡状態を繰り返して、意識が回復しない。医師の話では、盛られていたのは複数の毒を掛け合わせ強力なものらしい」
「お前!」
激しい怒りが痛みで動こうとしない体を突き動かす。カサルはベッドから立ち上がった。
「おい、まだ寝てないと」
「お前が付いていながら何をしていたシーガル!」
差し出される手を振りほどき、ふらつく足でシーガルを殴りつけた。ろくに力が入らず、体重も載らない拳だった。それでも、シーガルは頬を押さえ目に涙を浮かべている。
「分かっているさ!僕の間抜けさなんて!いくらでも殴れ!殺されたって文句を言いやしない。リマ様はうわ言で君の名を……だから、すぐに会いに行ってくれ……」
リマを主君として仰ぎ、命を投げだして戦ってきた騎士は余裕無くその場にしゃがみ込んだ。
「なんだよ、それは。それじゃまるで……」
まるで命に望みは無いから、せめて最後を見届けてくれと言っているようなものだ。カサルは脳裏に浮かぶ最悪の言葉をかき消すように頭を振る。
「立てシーガル。王都に戻るぞ」
きしみを上げる体を無視して、しゃがみ込むシーガルの襟首を掴んで引っ張り上げる。
「その、体でか?」
「俺の体なんて知ったことか!馬の背中に縛り付けて王都に運べ!」
「……分かった。郊外の農家に馬を二頭忍ばせてある」
「ふん、用意がいいじゃねーか」
シーガルに肩で支えられながら、荷物の整理を終えて部屋を出ていく。
「今度こそ間に合わせてやる!もう失ってたまるか!」
カサルの脳裏に母との最悪の別れがよぎった。




