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勝ち得たもの

カサルは市庁舎の一室に置かれたベットで目を覚ました。


治療が施され、頭も体も包帯巻きで右腕にはギプスもされている。満身創痍、ジッとしていれば生きてることすら疑われかねない、そんな有様だ。


頭は内側から叩かれたように痛み、呼吸をするたびにアバラは軋む、鼻の骨折で呼吸はままならず、激痛で眠ることすら出来なかった。


目覚めてから三日後に、ある男が見舞いに現れた。


「あれしきの怪我でまだ寝込んでおるとは、随分と大げさなことよのー、カサル」


「おまえ……」


「構わん、そのまま寝ておれ。少し話をしようではないか」


なんと、現れたのはルゼンだった。後ろにはデルロイまでいる。殺し合い寸前の決闘を終えたというにも関わらず、随分と上機嫌で笑顔にも剣呑さは無い。


怪我の程度で言ったら、ルゼンも相当な重傷を負ったはずだ。しかし、腕に包帯は巻いているものの、杖を突きながら平然と歩いてここまでやってきた。


オーク全てがそうなのか、それともこの男が特別なのか、頑丈さと怪我の治りに呆れるしかない。


「あんたらと一緒にしないでくれ。俺にはオークの血が半分しか流れていないんだ。で、なんの用だ?俺は喋るだけでも激痛が走るんだぜ」


危害を加える気なら初めから治療などしないだろう。カサルはいつものぞんざいな口調で返す。


「そのことよ、カサル。我が一族にとって、血の繋がりは決して破られぬ約束。一族に連なった者は全てが等しく父であり、母であり、子である」


「さっぱり意味が分からねー」


「俺たち一族にとって族長は父だ。一族は全て親族としての絆で結ばれている」


難解な預言の解読でもするように、デルロイが説明を加えた。つまり、一族は家族同然ということか。


「お前を我が一族として認めよう。確かに、戦士として見ればお前はまだ弱い。だが、その弱さを知恵と侠気で補った。流石はカツアの子であるな」


ルゼンは満足気に言うが、貶されているのか、褒められているのか分からない。カサルからしてみれば、一族として認められることよりも、決闘でリマの安全を勝ち取ることこそが重要だった。


「そいつは光栄にどうも」


「ぬははは、そうであろうよ」


ルゼンは咆哮するように笑い上げた。多少の皮肉を込めたつもりだが通じない。


「カサル、一族の名と共に生きよ。そして、一族の名と共に死んでいけ。さすればヤルカンはお前と共にある。分かったか?息子よ」


言葉は抽象的で意味も分かり辛いが、一族に迎え入れるに当たっての祝福をくれたのだろうか。


「浮かない顔をしているな」


心中を察するようにデルロイが声を掛けた。


浮かぬ顔をするのも当然だ。体はボロボロ、戦の手打ちは成らず、リマがいつ会談を求めて現れるかも知れないというのに、こんな体では何もしてやれない。


「お前の母は俺の実の叔母だ。歳下のお前は俺にとって弟。悩みがあるなら話してみろ」


カサルは苦笑する。つい先日までカサルを歯牙にもかけなかった男達が、一族として迎えるやこの変わり様だ。彼等にとってそれだけ一族とは大切なものなのか。


しかし、決闘はすでに終わっている。話をしたところでどうなるというのか。


「お前が気に病んでいるのは、リマという女のことか?」


「のっ!」


デルロイがズバリと核心を突き、カサルは思わず頓狂な声を上げた。どうしてそのことが分かるのか。王女の名を知っていたとして、彼女のとの関係まで知られているとは思えない。


怪我で痛む頭を働かせてみても理由が分からない。


「な、何故それを?」


「お前、覚えてないのか?決闘の時「お前と生きる!」と大声でその名を叫んでいたぞ。あの場にいた全員が聞いてるはずだ」


「マジかよ……」


言われてみれば決闘の絶頂、大勢の観衆が見つめる中で叫びを発した記憶がある。我ながらなんという醜態を晒したものか。自戒したところでもう遅い。


そのさまを見てまたルゼンが大声で笑い出す。


「ぬははは、あれだけ大声で叫べば知られて当然よのう」


ひとしきり笑うと、急に顔を引き締めカサルを見据える。


「お前に一つ教えてやろう。我が妹カツアをゾンダルテに差し出したのは、大きなピアスを両耳に付けたハーフ・オークの兵士だ」


(ハーフ・オーク?王国兵にいたのか?それに、両耳に大きなピアス。どこかで見かけなかったか)


「そやつはカツアを人質に、親父に殺されかけていたゾンダルテに加勢した。そして親父は傷を負わされ、里を放棄して撤退する決断をした。全て死ぬ前の親父に聞かされた話だ」


20年前に母が王国に囚われるに至った経緯を聞かされたのは初めてだ。


「卑怯とは言わぬ。だが、実にツマラン闘い方よ」


そう言うとルゼンはニヤリと意味ありげに笑う。


「お前の闘い方は面白かったぞカサル。お前に免じて、その傷が完全に癒えるまでヴォルクスとの戦は待ってやる。そして俺は剣を持ち向かって来れば、女であろうと叩き殺す。よく覚えておけ」


ルゼンはひとしきり笑うと一人で去り、部屋には静けさが残った。


カサルは今の言葉を思い返す。母を過酷な状況に追い込む原因を作ったのは、ゾンダルテの他にもう一人いた。しかし、なぜルゼンは今その話をしたのか。


「カサル話は戻るがな。男が女のために戦う、至極当然の行為だ。恥じる入る必要はない」


デルロイの感情を込めない喋り方は、素直にカサルに届いた。


「お前はあれだけの闘いを見せた。一族を名乗るのに相応しい男だ。親父がお前を認めた思いは、俺や他の兄弟も同じだ」


族長の意向にただ従ったのではなく、己の意志でカサルを兄弟として受け入れた。なるほど、そういう風に思われれば、一族として認められることに悪い気などしない。


「その女、ヴォルクスの王女だろ?」


カサルは頷いた。自分を認めてくれた男に、隠し立てして何になる。。


「お前の想いがどれだけ強いか、あの場にいた者は感じたはずだ。あえてもう一度聞くが、あの時のお前の言葉に偽りはないのか?」


あの時の言葉。闘いの絶頂に出た「お前と生きる」という決意に偽りなどあるはずが無い。リマの笑顔を守り、共に生きると決めている。カサルは天井を見上げリマを思い描く。


「ああ、偽りはない」


その言葉を聞いて、デルロイは、ふーっと大きく息を吐く。


「ならば悩む必要などない。さっきの親父の言葉を思い返してみろ」


そうは言っても、どの言葉を思い返せというのか。ルゼンの言うことは分かり辛く、今の会話と繋げることに意味があるのか。



カサルは首を傾げる。


「まったく、お前は何も聞いてなかったんだな」


「勘弁してくれ。通訳が必要だったぞあの話には」


「親父は何と言っていた。一族に連なる者は全てが等しく子である、そう言ってなかったか?」


「言っていたな、確かに。だが、それがどうした」


「やれやれ、リマって女もこれじゃ苦労したはずだ。いいか、血縁が無くとも一族に連なる時はあるんだぞ」


デルロイは意味ありげに笑った。


「それと、もう一つだ。なぜ親父が20年前の状況を話した。お前の傷が完全に癒えるまで待つと言ったんだ。その意味を考えろ」


カサルは目を見張ってデルロイを見た。


「決闘の結果は揺るがない。親父の勝ちだ。だが、親父は自分が勝利した時にどうするか、明言をしていなかったはずだ。それを今日伝えたというわけだ」


カサルは決闘に勝てば戦を終結させるよう要求をした。一方、ルゼンは勝った時にどうするか明言していない。カサルはそれを自分の死、つまりは前族長の復讐を遂げることと認識していた。


しかし、自分はこうして生きている。


「俺から言えるのはここまでだ。親父がお前に伝えた言葉をもう一度思い出してみるんだな。あの決闘でお前が勝ち得たものは随分と多いぞ、弟よ」


デルロイは力強く断言すると、部屋から出て行った。


ルゼンの話に全ての答えがあった。確かにこれでは自分は何も聞いていなかったに等しい。


(俺は兄貴分には恵まれているらしい)


苦笑が浮かび、鼻の傷が痛んですぐに顔をしかめる。


もう一人の兄貴分。シーガルをそこに含めるのは微妙な気もするが、この頃はそんな態度を見せたがる。王宮にいるシーガルは、もう国を発っている筈だ。


ヤルカンとヴォルクスの戦はまだ終結していない。しかし、状況は変わった。


カサルは一族と認められ、ゾンダルテの子として命を取られなかった。この時点でゾンダルテ王個人への報復は放棄されたに等しい。


では、カサルの母になされた行為への報復はどうなるか。


カサルはリマの身柄がその代償であると判断し、母が受けた屈辱はカサル自身で濯ぐと宣言した。


ルゼンは決闘でリマ、つまりは王女がカサルの想い人であることを知り、処遇を一時保留にしているのではないだろうか。


母が人質に取られた状況を教えたのは、カサルに母の屈辱を灌ぐための相手がいることを教えたかったのだとしたら。


甘い見方ではある。だが、要は戦を終結に導く大義名分が揃えばいいのだ。


「そうだ、俺は負けちゃいなかった」


カサルの頬に汗が伝った。確かに浮かぬ顔をしている場合では無い。自分次第でこの戦の趨勢は変えられる。


母を差し出した男を必ず見つけ出さなければならない。

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