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楽しませろ

カサルは指定された刻限よりも早く、広場の中央でルゼンが来るのを待ち構えた。


手にはイチイの木で出来た弓を持ち、背中に矢筒、腰からシュヴェリーンを下げ、短剣も忍ばせている。


広場には少しでも良い場所で決闘を観戦しようという、気の早いオークが集まり始めていた。


彼等にとって決闘は、己の価値を証明する神聖な行為であると同時に、揉め事を解決する裁判であり、命がけの闘いを観戦する最高の娯楽であった。


集まったオークはみな一様に広場の中央で仁王立ちしているカサルを訝しんでいる。


決闘の場にハーフ・オークがいることが理解できないのだろう。蔑む視線を向け、中傷の言葉を浴びせ、遂にはカサルへ詰め寄る者まで現れると、昨日の黒づくめの男達が現れて追い払う。


やがて人垣が十重二十重に広場を取り囲み、市庁舎の方向から大きな歓声が沸き上がった。


人垣が二つに分かれ、その中を金色の毛皮を纏ったルゼンが、棍棒を片手に広場の中央へと進んでくる。


歓声は人垣全体へと広がり、やがて轟音のように広場に響いた。


1匹のオークという獣がカサルの前に立ち、獲物を目にして牙を剥き出し笑った。獰猛な金色の獣ルゼン。


もう一匹の獣がカサルの中にいた。オークの血が高揚し、筋肉を、視覚を、聴覚を、呼吸を、戦いで使う全ての感覚と器官を研ぎ澄ましていく。


最強の獲物を前に、カサルは牙を見せて笑った。


「気がはやったかハーフ・オーク。随分と早くから待っていたようだな」


「あんたを倒せると思うと待ちきれなくてな。お陰で昨夜は眠れなかった」


「いいぞ、その蛮勇!勝つ気もなく挑んでくる者ほど、興ざめする相手はないからな。さあ、早速始めるぞ」


心底楽しそうに、ルゼンはカサルを見下す。


「待てよ、その前にもう一度ルールを確認させてくれ。1対1、勝敗は相手が敗北を認めるか、戦闘の続行が不可能と判断された時。それで間違いないんだな」


「そうだ」


「続行不可能の判断は誰が?」


「俺がする。これは一族の掟に基づいた神聖な決闘。ヤルカンの名誉にかけて、公正な審判をするぜ」


デルロイが横から手を挙げた。


「俺が勝てばヴォルクスとの戦は終結、間違いないな」


「つまらんことを聞くな。間違いは無い。興が削がれる、さっさと始めるぞ!」


「わかった、それだけ確認すれば十分だ」


カサルはルゼンから離れ、十分に距離を取る。デルロイは右手を上げ観衆の声を制止する。


「これから大将の決闘を始める。相手は偉大なるヤルカンの娘カツアの子、ハーフ・オークのカサル。これは我がラモ一族に伝わる掟に沿った決闘だ」


観客からざわめきが起こり、カサルの出自について噂し合う。


「さあー!俺を楽しませろハーフ・オーク!貴様にもオークの血が流れるなら、俺をたぎらせろ!湧かせろ!」


ルゼンは牙を向き出し、嬉々とした表情で棍棒を掲げた。その棍棒はカサルの身長ほどもあるが、この男が手にすると一回り小さく感じる。


圧倒的な膂力と体格差、相手を無力化する訓練された動き、そして歴戦を伺わせる体中についた傷痕。オークの中においてもこの男は間違いなく強者だ。


この場にいるカサル以外の誰もが、ルゼンの勝利を疑わないに違いない。四つに組んで勝てるわけが無い。カサル自身がそのことを誰よりも理解している。


「そう猛るなよ、ルゼン。狩人の戦いを見せてやる。お前を倒すにはコイツがあれば十分だ」


カサルは白羽根の矢が入った矢筒から、1本だけ取り出しルゼンに見えるように掲げた。


「よもやとは思うたが、まさか弓でこの俺と戦うつもりか?そんな物で俺が倒れると、当たると思うたか!」


「いーや、倒せるね。俺は前に100メトルの距離から、矢1本でオークの心臓を打ち抜いて射殺した。ハッタリじゃないことを見せてやる。あの鐘楼を見ていろ」


弓を引き絞り、ルゼンの上方に向け構えた。構えた先、遥か高くに鐘楼の鐘がある。ルゼンは後ろの鐘に振り返らず、カサルが構えた弓を注視している。


観集が見つめる中が矢が放たれ、広場には高い金属音が響いた。観衆から感嘆するようにざわめきが起こる。


カサルは矢筒から白羽根の矢をまた1本取り出し、ルゼンにかざして見せる。


「お前にこの矢を防げるか?それとも避けるか?分かっていないだろうが、矢を避ければお前の後ろにいる観衆の誰かが流れ弾に当たって死ぬ」


「いいだろう、放ってみろその矢を!汝の弓が俺になんの意味も持たないことを教えてやる。覚悟をしておけ。その矢を外した時、汝の敗北が決まる。二射目を放つ暇があると思うな」


ルゼンの表情は自信に溢れ、口元には余裕の笑みが浮かんでいる。


「ああ、そうだな。俺もそんな暇があると思っちゃいない。だからこの一射に全てをかける」


矢筒を背中から下し、腰から下げたシュヴェリーンも外し、外套を脱いで地面に放った。


「これで身軽になった。さあ、俺の全力、避けられるものなら避けて見ろ」


「存外よく喋る奴よ。口上はいい、さあ撃ってみろ!」


弓が水平にメルツへ向かって構えられる。


ルゼンの後方に位置する観衆はざわめき、流れ弾に当たらぬよう、弓の射線上にある人混みが割れていく。ルゼンは右手で棍棒を持ち、カサルに対して体を斜めに向ける。


「お前はこのに弓に向かって来る勇気があるかルゼン!」


カサルは弓を向けたままメルツに向かって全力で駈け出した。


同調したメルツも棍棒を肩に担ぐように構えて駆けだす。二人の距離は瞬く間に縮まっていくが、カサルは矢を放たない。


遂に二人の距離は無くなり棍棒が振り下ろされた。


カサルはルゼンの足元に滑り込み、上方へ、ごく至近距離から心臓へ向けて射撃する。だが、放たれた矢は棍棒を振り下ろしていたメルツの太い腕に突き刺さって阻まれた。


(それでいい!)


これで決まるとは初めから思っていない。カサルは滑り込んだ体勢からすぐに体を起こし、弓を投げ捨てそのまま全速力走り続ける。


放たれる矢に当たらぬよう、射線軌道を避け分かれていた人垣を抜けていく。観衆は呆気に取られてカサルが通り過ぎるのを見ていた。


「こいつ逃げる気だぞ!」「捕まえろ!」


観衆の驚きが怒号に変わり、カサルの後方に迫る。


群衆を制止するデルロイの声が、わずかに聞こえたがもう遅い。


カサルの後を追おうとした人々で割れていた人垣は埋まり、障害となってルゼンとの間を塞ぐ。ルゼンがカサルを追うことは不可能となった。


カサルはそのまま市庁舎の裏手へ回る小道に入り、昨夜のうちに壁に立てかけておいた木材を倒して追っ手を防いだ。


ここから時間はかけられない。本当に逃げたと判断されれば、決闘を中断されかねない。


一呼吸も休まずに、隣接する建物から屋根伝いに市庁舎の屋上へと出る。


下から気づかれぬよう、屋上に設けられた弓狭間越しに広場を見ると、人垣はまだ中央に残ったルゼンを見守っていた。


ルゼンは右腕に刺さった矢を引き抜き、忌々しげに地面に叩きつけた。デルロイや黒づくめの男を遠巻きに、何事かを喚いていが話し声までは聞こえない。


(さあ、わざわざ大事な荷物を全部そこに置いてきたんだ。俺が逃げたわけじゃないってことは、間抜けじゃなけりゃわかるよな)


白羽根の矢だけが詰まった矢筒も、正統なる王の証シュヴェリーンも、そのために置いてきた。


広場から出ても負けにはならない。決闘を始める前にあえて勝敗を確認したのは、念を押して確かめさせるため。


昨日街中を探して見つけたイチイの木の単弓も捨ててきた。広場の中央にルゼンが警戒を見せずに立っているのは、弓による狙撃が無いと油断してのこと。


「弓も矢あるけどな」


カサルはユニコーンと緑の羽根矢を取り出す。前夜に屋上に忍び込み、狭間の下に隠しておいた。


エルフ特別性の矢。威力と精度はカリキュラの折り紙付き。標的まではおよそ100メトル。ユニコーンで射る緑の羽根矢は、この距離ならヘラジカの胴体すら易々と貫通させる威力を発揮する。


「さあ、狩りの時間だ!」


カサルの頬を汗が伝い、滴となって床に滴り落ちる。


安全な場所から一方的に相手に射かける。それが狩人の戦い方だ。そうでなければ化け物の様なルゼンに対して勝ち目などない。しかし、この状況でも決して有利とは言えなかった。


なぜなら、カサルはルゼンを射殺すことが出来ない。決闘とはいえ、この状況でルゼンを射殺せばオークからの不興を招く。


決闘のルールは一切破っていない。それでも、この戦い方を卑怯と判断されればどうなるか。後を継いだ者がルゼンとの口約束を反故にして、手打ちをご破算にしないとも限らない。


あくまでも、決闘を承知したルゼンに負けを認めさせ、勝利しなければならない。


その為には勝ち方にもこだわらなければいけなかった。


緑の羽根矢は5本。それでルゼンを殺さずに無力化しなければならない。この距離で射手の居場所を知られれば、ルゼンは矢を防ぐと見ておいた方がいい。


(狙うは足の付け根、右股関節。足を奪い、2射目、あわよくば3射目に繋げる)


ルゼンは右手から滴る血も拭わず、棍棒を左手に相変わらず何事かまくし立てている。


カサルは三本の矢を手に取り、ユニコーンに番えると限界まで引き絞ってから、標的のルゼンへと狙いを定める。


「これが狩人の戦い方だ」


矢の放たれる音がツバメの鳴き声のように響いた。


緑の光線が一直線にルゼンの右股関節を貫通し、地面に血の花を咲かせて突き刺さる。


股関節の片側を強い力で押されると、本人の意志とは関係なく、てこの作用で体が半回転して尻餅を付く。


ルゼンは無言でその場に座り込んだ。


「次!」


間髪は入れない。2本目の矢を射終えた時、ルゼンはようやくこちらを視認した。それでは遅い。放った矢は左大腿を貫き、ルゼンを地面に串刺しにする。


「次!」


これで決まりだ。3射目はルゼンの左肩目がけて放った。



超高速の矢は、ルゼンの棍棒によって弾き落された。

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