俺は息子だぞ
庁舎の内部は薄暗く、元からあった調度品は部屋の隅に寄せられ、窓から差し込む光が白砂岩の床を照らしていた。中央で椅子に座る四人の黒づくめのオークが、一斉にカサルへ振り向く。
「なんだお前は、なにか用か」
「ハーフ・オークか?お前」
男達は椅子から立ち上がり詰め寄る。誰も彼もカサルより頭一つ分背が高く、体の厚みも幅も桁違いに大きい。男達に囲まれると、まるで壁に挟まれたような威圧感を感じる。
「ルゼンに会いに来た、取り継いでくれ」
「なんだとこの野郎」
「ハンパの分際で大将を呼び捨てか!」
額にぴくぴくと血管を浮かべ、今にも縊り殺しそうな勢いでカサルの胸ぐらを掴む。
(どうにも俺はこういう交渉が不得手らしい)
だが、ルゼンにさえ話が通れば、自分に会うという自信があった。
「ヴォルクス国王ゾンダルテの息子が会いに来たとルゼンに伝えてくれ」
落ち着いて告げると、男達は互いの顔を見回して一斉に笑い出す。
「ゲババババ、ありえねー!」
「ハーフ・オークがヴォルクス国王の息子!」
「ちょ、腹痛い」
目に涙を浮かべ、これほど愉快なことはないとばかりに大笑いだ。笑い続ける男達に言葉を繰り返す。
「言った通りの意味だ、ルゼンに会わせろ」
「おいおい、あんまりしつこいと、冗談も嫌味だぜ」
「そうだ、ボクちゃん。俺達が笑っているうちに5,6発殴られて帰りな」
至って冷静に事実を告げているが、誰も信じようとしない。やはりオークは抜けていると言わんばかりに、カサルは手を広げて呆れる。
「失せろハンパが!」
コケにされていると感じた男が怒りだし、声を荒げて拳を振り上げた。早くも交渉決裂。確かに、事情を知らなければ信じて貰えないのも仕方がない。
「騒がしいなお前ら」
沸き立つ男達に冷静な声を掛けたのは、階段を降りてきた若いオークの男だ。カサルを含めた全員が男に視線を向け、すんでのところで乱闘が中断される。
「何事だ。説明しろ」
「へい、若。このハーフ・オークが大将を呼び捨てにして、自分はゾンダルテの息子だから会わせろと」
若と呼ばれた若い男はルゼンと同じ赤髪で、ルゼンに面影が似ている。さっき広場で上着を手渡していたのもこの男だ。
「見覚えがある、さっき広場でオヤジを見ていた男だ」
(こいつルゼンの息子か?)
二人の視線が交錯した。
「おい、ハーフ・オーク。今、コイツ等の言ったことは本当か?」
「呼び捨てにしたことか?それとも俺がゾンダルテの息子と名乗ったことか?」
「後者だ」
「ああ、本当だ」
オークにもまともな男がいたのか、冷静に話を聞いている。
「……いいだろう、会わせてやる。だが、その前にそいつを預からせてもらおうか」
一瞬の間を空けて、カサルが鞄に入れたレガリアの剣を指差した。カサルは迷うことなく綿布でぐるぐる巻きにしていたシュヴェリーンを渡す。
「付いてこい」
「いいんですか、若!」
「こんな所にのこのこ現れて、つまらない冗談を言う奴がいるかよ。嘘だったらその場で殺す。それだけだ」
階段を先導して行く男は、階下からの問いかけに応えてカサルを睨んだ。前言撤回、あまりまともとは言えないか。
「安心しろよ、あんたの言う通りだぜ。そんなツマラナイ冗談を吐く奴はいない」
いっそ冗談であってくれればカサルもどんなに救われることか。しかし、ここに於いてはその事実を最大限利用させてもらうとしよう。
「あんた、ルゼンの息子か?」
男は問いかけを無視して、螺旋を描く階段を最上階まで昇っていく。光沢を放つ観音開きの扉の前に立ち、待っているよう指示して中へと消えた。
(この向こうにヤルカンの族長が)
話がうまく運ぶ確率は6~7分。さっきのハーフ・オークの男の話から、もう少し上がったと見ていいか。
しばらくすると扉が開き、男が中に入るよう顎をしゃくった。
室内は奥の壁一面には巨大な宗教画が掛けられていた。後光を放ち立つ男、その周りに天使が飛びかい、足元では群衆が手を合わせて祈る。
ルゼンは中央にある玉座のような豪奢な椅子に、金色の毛皮を纏って座っていた。
瞳の小さい双眸を光らせて射竦めるルゼン。カサルは何百本もの剣を突き立てられたような、緊張感に襲われた。
「汝か、ゾンダルテの息子を名乗るハーフ・オークは。にわかには信じられなあ」
発する声は獅子が喉を鳴らすように低く、剣呑な響きを持っていた。これからのやり取りに失敗は許されない。カサルは一呼吸置いてから話始める。
「さっき預けた剣、それを見てくれ。そいつは王位継承の証、レガリアだ。剣身に彫られているのは俺の名前だ」
部屋の隅にいた男が剣の包みを解き、血溝に彫られた“カサル”の字をルゼンに見えるように掲げた。部屋にはカサルとルゼン、隅に控えた男の三人だけだ。
「ふん。いーだろう。嘘か誠かは置いておき、そんな物まで用意して、わざわざやって来たお前の魂胆、聞いてやるとしよう。それで、親父はどうした、ハーフ・オーク」
「奴は死んだ。先日な」
「ほうほうほう、逝きよったか。俺がこの手でブチ殺してやろうと、回復の時を与えてやったというのに。病癒えずにくたばるとは、したり。自ら前線に乗り出すあたりに、少しは期待していたがなー。存外つまらん男であったということか」
ルゼンは額に手を当て顔をしかめる。
「で、汝は何をしに来た。よもや和平交渉などと、つまらんことを申すのじゃーあるまいな。曲りなりにもオークの血が半分流れていれば、ことの分別は着きよう?」
「ああ、分別は弁えている」
「結構結構。くだらんことを口走れば、ゾンダルテの代わりにこの場で縊り殺しておったわ」
「ヤルカン、いやあんたがこの戦いで欲しているのは、ゾンダルテの首と王女の身。違うか?」
後者に気が付いたのはつい先日だ。
「くくく、利いた風なことを。汝がゾンダルテの息子というのも、あながち嘘ではないか?それで汝の目的は?」
「ヤルカンとヴォルクスの戦を終結しろ」
「なれば汝がゾンダルテの代わりにこの場で首を捧げい!」
「いいや、あんたにそれは出来ない」
笑みを止めたルゼンは椅子から立ち上がる。カサルはそれを目を正面から見据え不敵に笑う。
「俺は政治屋では無いオークだ。この場の安全が約束されているとでも思うたか」
「20年前の闘いが元で死んだ族長と、さらわれたその娘。ヤルカンの戦は、二人の名誉と屈辱を濯ぐために始まった」
「ほー、知っておるか。その通りよ!領地や権力などは端から求めておらん!」
あの日、団長室でカサルの出自を聞いた者達全てが見落としていたこと。
それは王国によってさらわれたオークの娘の存在だ。ヤルカン侵攻の目的が復讐であると知ったなら、その原因に前族長の死とさらわれた娘、二つがあると気付かなければいけなかった。
「一族の不名誉と死は復讐をもって濯ぐ。それは掟だったな。だから、あんたに決闘を申し出る。それでこの戦は手打ちだ」
「つまらん、つまらんぞ、ハーフ・オーク。何を言い出すかと期待してみたが、汝がゾンダルテの代わりに?汝の相手など俺には役不足よ」
「俺は息子だぞ?」
「勘違いするな小僧。人間など、騎馬に乗り集団を引き連れ、ようやく俺一人と戦える程度。ゾンダルテにも以上の力は期待しておらんわ」
「格と言うものがある。ハンパなハーフ・オーク風情に、そもそも族長と決闘をする資格は無い」
横に控えてい男が付け加えた。カサルは引き下がらず、ルゼンから視線を離さない。
「勘違いするなよ。あんたの部族、ラモ族の掟にはこうもあるはずだ。一族同士の殺しは法度。解決できぬ問題は決闘を行い裁くと」
「それがどうしたあ?お前には関係あるまい。だが、何故汝がそのことを知っている。……まさか」
ルゼンは目を見開き、カサルの顔を凝視する。
「そう、言っただろう。俺は息子だと。俺の母は二〇年前にさらわれた前族長の娘カツア・ラモだ」
さらわれるにはそれだけの理由が存在する。カサルは母がそういう身分であったことを知っていた。だが、それが何を意味するかまで思いが至らなかった。
(族長の娘がさらわれれば、ヤルカンは対価として王家の娘を欲するはず。元よりこの戦はゾンダルテの首と、リマの身柄が目的。どうして俺はすぐそのことに気付かなかった)
王宮で幽閉される過酷な運命の母と、その境遇に追い込んだ国王が自分の実父であったという衝撃が、カサルの思考を占領した。
まだ間に合う。そんな境遇で生まれた自分だから出来ることがある。だからここに来た。
「ぬははははは!その名!よもや、汝が妹の子だとはな。こちらの事情も知るはずだ。ゾンダルテも業深き男よ、敵の娘を孕ませるか。人間にしてはやりよる!」
ルゼンは大声でせせら笑う様に得心した。何が面白いものか、カサルは母の境遇を思い苛立つ自分を押さえる。
「母は死んだ。屈辱を濯ぐというなら、息子の俺がやる。だからこの戦はこれで手打ちにしろ」
「そうか、カツアは逝ったか。よき女であったがなぁ……。それで、お前はその手打ちに俺が納得すると?」
「思っていない、だから」
「だから決闘か?なるほど、ゾンダルテ王の子として殺そうにも、我が妹の子とあれば同じ一族。法度で殺すことは禁じられるか」
「そうだ。格が違うと逃げるか?」
「いいだろう!人間の子である汝を一族として認める気にはならんが、逝ったカツアに免じて決闘は受け入れてやろう」
「じゃあ、俺が勝てば手打ちには承諾するんだな」
「俺に勝てたらな。精々俺を楽しませろ。デルロイ!」
「はい」
ルゼンが手招きをすると、隅に控えていた男が前に歩み出て説明を始める。
「決闘は明日のこの時間に行う。目の前の広場に来い」
「ルールは?」
「勝負は1対1、どんな武器を使っても構わない。勝敗は相手が敗北を認めるか、戦闘不能になった時決まる」
「それだけか?」
「それだけだ」
「精々死なないようにな!」
ルゼンが愉快そうに付け加えた。何をやっても許される、相手を殺してもいいということか。
「なるほど、結構。それなら俺が勝ったも同然だ」
勝負はもう始まっている。やれることは全てやる。カサルはニヤリと笑い、大げさに両手を広げてみせた。
「ほおー、俺に勝てると。そんな細腕で大した自身だな、ハーフ・オーク」
「ああ、勝つぜ。いや、待てよ……俺を邪魔に思ったお前の部下が、決闘を前に危害を加えてくることも考えられるか。それまで身の安全は保障してもらわないとな」
横へ視線を向けると、デルロイの眉がぴくりと動く。
「ふん、臆病なことよ。そんな心配は杞憂だ、そうであろうデルロイ?」
「ハイ。大将の勝利は揺るぎ無く、そんな真似をする必要もありません」
「聞いたか。その者は俺が息子。奴が貴様の安全を保障しよう」
「それを聞いて安心したぜ。俺は明日の決闘まで自由にさせてもらう。剣を返してもらおうか、大事な物なんでな」
カサルは預けていたシュヴェリーンを受け取ると、早々に部屋を出て行く。
「くくく、楽しみにしておけ小僧!」
後ろで愉快そうに笑うルゼンの声が聞こえる。扉を閉め、かつて感じたことがない極度の緊張から解放されると、体から大量の汗が噴き出す。
話はここまで順調過ぎるくらいに進んだといっていい。
リマとシーガルの命、パミラやチュモの未来、そして図らずも王国の命運が明日の決闘に掛かっている。
「今夜は眠れないな」
広場に出ると、カサルは周囲をぐるりと見回した。




