大臣の野心 6
「やってくれたわ……」
メルツは王女と二人きりの会談を終えた。
王女から聞かされた、王国解体を前提としたヤルカンとの和平交渉は、メルツが以前考えていた策と同じと言っていい。しかし、それはゾンダルテ国王を差し出してこそ成り立つ策だった。国王亡き今、実行は不可能とメルツは考えていた。
王女は自ら討死することで王家と王国を消滅させ、ヤルカンとの戦を終わらせるという。王女は戦を終わらせるためだけに、王家と共に滅びると言っているのだ。
(正気の沙汰とは思えぬ!よもや、あの小娘にそこまでの覚悟があったか)
侮っていたというのか。王宮育ちの少女に、そのような過酷な決断を行えるわけが無いと。
メルツは敗北感にも似た疲労を感じ、執務室へと戻る。
「会談は如何でした、閣下」
部屋にはシンが待ち構えていた。
普段感情を露わにしないメルツも執務室では気が緩む。王女によって与えられた憤懣を隠すことなく、ギロリとシンを睨み付けて乱暴に椅子へ腰かける。
「閣下?」
「何もかも終いだ!」
平民に生まれ、寝ずの努力と自らの才覚だけで、大臣の座まで上り詰めた。そして、自らの手で王国を終わらせ、新国家の元首となる野心の達成まであと一歩と迫っていた。
だが、その最高の瞬間は他ならぬ王族、しかも10代の少女によって成し遂げられてしまうのだ。
救国の英雄。例え王家が滅んでも、王女は国を救った英雄として祀られ、語り継がれてゆくだろう。王国が解体され、残った民を率いて新国家を率いたとしても、人々の心にあるのは最後の王女リマだ。
そしてメルツは国家の代表として、亡き王女に感謝の言葉をいつまでも捧げ続けなければならない。
「なんという屈辱よ」
メルツは天井を仰ぎ見たまま黙り込んだ。この仕草は“これ以上喋るつもりはない”という意志表示の表れだ。勝手を知るシンなら早々に退散する。
何か手はあるのか。それまでに出来る手は……。
しかし、王女の考えた策を仮に止めることが出来たとして、ヤルカンとの戦を終わらせる手がほかにあるというのか。
王国の解体はメルツの目的とも一致する。だが、それを他人の手でやられることが気に食わない。これでは自分は引き立て役以下の存在だ。
そんなジレンマに挟まれながら、取り留めも無い断片的な思考をメルツは続けた。
どれくらい時間が経ったか、幾らか気も落ち着き視線を天井から戻した。
「まだいたのか」
驚いたことに、シンはまだ目の前に立ち続けていた。眼前の男の存在すら忘れる程、動揺していたとでもいうのか。メルツは己の心境を語る様に、会談の内容をシンに打ち明ける。
「大したものよ。王女殿下は自分の役割を十分に心得ておられる」
「王女はなぜ閣下と二人きりで会談を?」
「殿下は喪が明け次第、ヤルカンと和平交渉に臨まれる。その席で王家の消滅と、王国解体を申し出るそうだ」
王女が王位を継承し、和平を試みるであろうことは想定通りだ。だが、それから先の考えはメルツの予想を超えていた。
「ほお、白旗を上げると言うわけですか。しかし、それではオークは収まらない」
「いいや、収まる。王女殿下が収めるのだ、自らの命を使ってな」
「命を使う?穏やかな表現ではありませんね」
「そうだ。和平が成らねば、王女はその場でオークと一戦を交え討死を遂げられる。我らは白旗を上げ、王家消滅と国の解体を宣言。ヤルカンの勝利で戦は終わり、奴らも溜飲を下げよう。しかし、国民は残り、新たに共和制の国として再出発する」
「なんだと……そんなことを考えて」
随分とぞんざいな口ぶりだ。それだけこの男も動揺しているということか。
「そう。正気の沙汰ではない。だが、王女殿下はもう腹を決められている。貴族達にはこのことを隠した上で和平会談に赴かれる。王国が消滅すれば、貴族も無事ではすまん。真実を知れば、流石に無能な奴らもどう出るか」
王家の威光を借りることで、辛うじて所領を運営していた奴等は反対するに決まっている。
「だから私が一人で呼ばれた。王女の遺志を記す勅書を手渡され、内密に後事を託された」
「それを閣下は承知なさったので?」
「無論止めた。しかし、近衛騎士を引き連れて戦地に赴かれては、文官である私ではどうしようもあるまい」
「で、ではその話」
「決まりだ。喪が明けた次第、近衛騎士全員と私を集めて杯を交わした後、和平交渉に赴かれる」
祝いの乾杯ではない、今生の別れとなることを想定した杯だ。
「今しかないではありませんか」
シンは急に身を乗り出し、声を潜める。
「閣下が仰った通り、王女自らが戦地に行かれては手の出しようも無い。王女の犠牲で平和が成れば、後に新国家を築いたとして、誰があなたを称えましょう。今しかないのです。人々の心に救国の王女リマという絶対的な象徴が刻まれる前に!」
メルツの消え掛けていた野心の火を、再度燃え上がらせようとでもいうのか。シンの囁きは悪魔的な響きを持っている。
「まあ聞け、シン」
その囁きにメルツは渋面で答えた。
「私は確かに王国を解体し、後の共和制国家の元首に納まる腹積もりだ。だが、その手段はクーデターによらず、正式な手続きと国民の意志を持ってなされなければいけない。それでこそ私は後の国家で真の王者と成りえる。我が覇道は王道を持って行う」
そう、そしてそれはこの手で成し遂げてこそ意味がある。だからこそ、王女の取る策は受け入れがたい。だが、他に方法があるというのか。




