してやれること
身支度を終えたカサルは、その足でパミラのテントへ向かった。
かまどからはまだ僅かに煙が立ち上り、香ばしい湯気を上げる鍋にはたっぷりと料理が入っている。随分と長く話し込んでしまったというのに、母娘は出来上がった料理に手を付けていない。
「待ってくれていたのか」
「いえ、なんとなく戻って来る気がして」
申し訳ない気分で声を掛け、かまどの前に座った。パミラは嬉しそうに頬を緩めているが、料理を前にお預けをくらっていたチュモは不満そうだ。
「待たして悪かった、チュモ」
「さあ、食べましょう」
パミラが料理を取り分け、二人の前に差し出す。今日の料理はキジ肉と、ジャガイモ、玉ねぎ、ニンジンを香草で炒め煮にしたものだ。料理はまだ暖かく、パミラの味付けの妙も手伝って、パンと一緒に食べる手も進む。
チュモが夢中で料理をほおばりながら時折笑顔を向け、パミラが優しく頬を拭いてやる。見慣れてしまったこの光景とも今日でお別れだ。
「あの、どちらかへ出かけるんですか?」
パミラは食事を終えると荷物を横目に尋ねた。
「ああ、ここを出て行くことになった。二人ともお別れだな」
「え!」
母娘を不安にさせまいと、なるべく陽気に言ったつもりだった。それでも、パミラは驚きの声を上げ、不安の入混じったような視線を向ける。その声に反応したチュモは、きょろきょろと眼を動かしてカサルと母を見比べている。
そんな目をして見られても、父のように母娘を養うことなど出来はしない。カサルは懐に入れていた革製の小さな巾着を取り出しパミラに手渡す。
「これって!」
ズシリと重い巾着を手にしたパミラは、中を見て驚きの声を上げた。
「金貨だ。20枚入ってる」
「な、なんなんですかこれは?」
「貰ってくれ。俺には必要ない物だからな」
「だって、こんなに……」
驚くのも無理は無い。金貨20枚はこの国では住み込みで働く奉公人の、給料6~7年分だ。幼子を連れたパミラでは、何年掛かっても貯めることは出来ない。
「俺は義父のおかげで成長することが出来た、チュモにもそんな奴がいてくれたらいいんだが」
「そんな、分かってるわ私だって……」
パミラはカサルの目を見つめていたが、しばらくすると弱々しく俯く。
「チュモが大人になるために、俺がしてやれることはこれくらいだ。だから、貰ってくれ。それだけじゃ足りないだろうが、邪魔にはならないだろ」
実際にはこれからやろうとしていることはこの母娘のためでもあるが、そんなことを説明してどうなる。
「……分かりました。有り難く頂戴するわ」
パミラは少し考えたが、巾着を両手で包み込むようにして金を受け取ってくれた。
カサルは立ち上がってチュモの両脇に手を伸ばし、抱きかかえた。まだ小さいがズシリとした重みが両手に圧し掛かる。
(そうだ、これが命の重み。父も母も、そしてリマもこれを守ろうとした)
「?」
「チュモ、お別れだ。お前は女の子だけど、お母さんを守ってやれるくらい強く育てよ」
「うん。チュモ、強くなるー」
「ようしようし、偉いぞ」
チュモを下し頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
「バーグに行くにはどうしたらいい?」
「え?はい。バーグは王都の西ですから、街道が延びている筈です」
「西か、分かった」
「でも、バーグは確か」
唐突に向けられた質問に怪訝な顔をする。すでにバーグはヤルカンの手に落ち、族長が滞在する前線の街と化していることは王都で周知の事実だ。そんな所へこれから向かおうというのだ。
「ああ、俺はハーフ・オークだからな。奴らの街に入っても平気だ」
実際に怪しまれぬかどうかは別として、安心させるにはそうとでも言う他にない。
「もしも、もしもだぞパミラ。王都にヤルカンが侵攻してきたら、さっき俺を訪ねてきたシーガルという騎士を訪ねろ。城に居るはずだ。俺の名前を出して保護してもらえ」
随分と身勝手な気はするが、友の最後の頼みとあれば聞いてくれるだろう。奴はそういう男だ。
だが、自分で言っておきながら、すぐにその発言が意味を持たないことに気が付いた。そんな事態に発展した時は、シーガルはリマに付き従ってヤルカンと和平交渉に臨み、討死を遂げているはずだ。
(そうさせないために、俺がバーグに行くんだろうが!)
弱気になったとでもいうのか。カサルは拳を握りしめると、鼓舞するように手の平に打ちつけた。
「悪かった。今の話は忘れてくれ、そんな目には俺があわせやしない」
「え?ど、どういうこと?」
どうにも発言が迷走している。パミラ母娘にこれ以上不安を与えてどうするのか。自分が話の上手い男ではないことを今更思い出す。
「元気でな」
「カサルさん!」
呼び止める声を無視して、チュモの顔を見てから歩き出した。




