人間の肩を持とうってのか
腹を空かせたカサルの前に、料理が運ばれてきた。小麦色に焼けた兎に香草が添えられ、脂の焦げる匂いが食欲をそそる。
「うまそうだな、オッサン」
老人はニコリともせず、小さく頷いてテーブルを去っていく。
「オヤジ!酒追加だー!」
酒が進んでいた男たちの騒ぎはますます勢いづいていた。
しかし、カサルが料理を口にしようとした時、急に店内は静まり返った。馬鹿騒ぎをしていた三人は押し黙り俯いている。カサルが何事か起きたのかと見回すと、店の前を屈強なオーク通りすぎて行く。
(あいつら。さっきまであれだけ威勢よくしていやがったくせに)
オークを恐れて黙り込むくらいなら、最初から大人しくしておく方がよっぽどマシだ。
三人はオークを通り過ぎるのを待ってバカ騒ぎを再開した。
黙り込んだ自分たちの惨めさを隠すように虚勢を張り、態度はさらに横柄なものへと変わって行く。店の前を通り過ぎた人間が、騒ぎに巻き込まれては適わないと、小走りで店の前を通り過ぎていく。
「ちょこまか逃げ回りやがって、鼠と人間は同じだな」
一人が備え付けの丸椅子を路地に向かって投げつけた。馬鹿騒ぎはますます酷くなっていく。こんな環境で食事をするなんてまっぴらと、カサルは料理を早々に平らげようと掻きこむ。
男達のあまりの粗暴な振る舞いに、堪り兼ねた店の老人が歩み出た。
「お楽しみのところ恐れ入ります。他にもお客様がいらっしゃいます。ご容赦いただけないでしょうか」
「いつから人間が俺に意見できるほど偉くなった!」
三人の機嫌を損なわないよう、丁寧に頭を下げる老人に。一人が居丈高に立ち上がった。残りの二人がはやし立てる。
「おおう、ジジイ。人間ごときが随分な口を効いてくれるじゃねーか」
「申し訳ございません。お気を悪くなされないでください」
「教育が必要だな、ジジイ」
男が老人の胸ぐらを掴んで捻り上げる。
「ク、グッ」
喉元を締め付けられ、呼吸もままならずに顔を赤くして苦痛の呻きを漏らす老人。
「見てられねーなー、お前ら見たいなのはよ」
カサルは声を上げた。強いオークにへつらい下を向き、人間は傲慢な態度で見下す。その実、オークからは蔑まれ、人間からは忌み嫌われる存在のハーフ・オーク。三人の行動はその意趣返しに他ならない。
こんなざまを見ていると、同じハーフ・オークとして余りにも自分が惨めに思えてくる。
「なんだよ、テメーも俺たちのご同類じゃねーか人間の肩を持とうってのか?」
三人は顔を見合わせて頷き合うと、席を立ちカサルに詰め寄る。
「同類?肩?馬鹿か。お前らの態度が気に食わないだけだ」
カサルは立ち上がり三人と対峙した。静まり返った店内は始まりの合図を待つように、ぴりぴりとした空気が漂う。一人が胸元を掴もうと前に進みでた。
カサルは前に出た男の顎に、鋭い横なぎの右拳を当てる。男は足の力が抜けたようにその場に崩れ落ちた。
あっけに取られている右の男の股ぐらに鉄槌を振り下ろし、痛みで股間を押さえたところに膝を入れて鼻を潰す。
残った男は3対1から一瞬で対等な立場に置かれ、色を失い茫然と立ち尽くす。
カサルは男を一瞥する。
戦意を無くした男は、降参するように両手を胸の前にあげ、ぶるぶると震えさせた。
つまらない。コイツ等はつまらないし、相手をしてしまった自分もつまらない。白けたカサルは残る男を放っておく。
「オッサン、飯の金だ」
カサルは老人に歩み寄り、外套のポケットから銅貨を取り出した。
「……金はいらない」
老人は差し出された銅貨とカサルの顔を見比べ渋面で応じた。
「そうか」
差し出した銅貨を外套に戻し店を後にした。
老人の渋面は何を意味していたのか。暴れた男達への怒りか、オークに対する嫌悪か、どれも当てはまるような気がする。
それでも、金を受け取らないのはカサルに対して感謝の意を示したと捉えていいのだろうか。別に感謝されたくてやったわけではない。ハーフ・オークの男たちが惨め過ぎて許せなかっだけだ。
「自由なようで面倒な街だなー」
この街にいても楽しいことなどありはしない。
生きる目的の無かったカサルだが、今はドルフに払う弓の代金を貯めることを目標として、毎日を送っていた。
目標とする金額にはまだほど遠かったが、毎朝起きて、しなければいけないことがある事実を思うと、自分の生にも多少の意味があるように思える。ドルフには感謝せずにいられない。
「オークが狩り尽くしたせいで、この付近にゃもうほとんど獲物がいやしない。そろそろこの辺りも潮時か……」
今では肉の供給も、牧畜によって賄われている。
「仕方ない、まだオークの支配下にない地域で狩りをして、人間相手に商売するか」
カサルはこの街を出て行くことに決めた。