表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/54

なんのために

シーガルは王位の継承を拒んだカサルに意見することもなく。手にしていた残る荷物を差し出す。


「こちらの包みを開けてみれくれ」


手渡されたシルクの包みを開くと、中には封蝋がされた手紙と真紅の布が入っていた。


「その色は王族にだけ着用を許された真紅。高貴なる者の証。それはリマ様から君への贈り物だ。君が王族の一員であることが知れたあの翌日、自らのために用意されていた布から急きょ作らせたそうだ」


取り出すと、そこには絵画の国王が纏う物と同じ、裏地に白い布をあてがった真紅のマントが入っていた。


リマはどんな気持ちでこれを自分に送ったのか。同封されている手紙を開いた。




カサル


あなたは愛され求められて生まれました


そして今もそれは変わりません


あなたを愛する人はたくさんいます


そのことを忘れないでください


これからも自由なあなたでいることを願い


あなたの幸せを祈ります


心からの愛を


リマ・ヴォルクス




乳白色の便箋に、綺麗な筆跡で書かれたごく短い手紙だった。便箋の右下には小さく、水に濡れた様な跡が残っていた。


(これは、涙の痕か?)


その便箋にリマが別れ際に言おうとした言葉の続きを見た。


(リマが俺を愛してくれている。俺が生まれたことを祝福してくれている)


手紙にはリマの想いが溢れていた。


(なんだ、何かおかしくないか)


自惚れでは無く、リマはカサルを必要だと願ってくれた。それが今ではカサルの自由を願っている。心変わりもあるだろう、カサルを諦めたということだって考えられる。


しかしそれとは別に、亡き国王がカサルを息子と認め、王位を託す証拠を残しているのを知れば、リマは再度本人の意思を確かめようとしないだろうか。それに、王族に対し絶対的な忠義を見せるシーガルが、亡き国王の意向を無視して、王位を放棄する行為をあっさりと認めたことも意外だ。


これは別れの手紙だ。まるで今生の別れのように、リマの手紙には深い愛と悲しみが込められている。


「シーガル、正直に答えろ。リマは、お前達は何を考えている?」


目を真正面から見据えて尋ねた。


「何って手紙にある通りのことさ。リマ様は君が自由に生きることを望んでいる」


「誤魔化すな!お前は手紙の内容を知っていたのか?何故リマが俺の自由を望むことを知っていた。お前はリマと同じで嘘が付けない男だ。誓えるか?リマの名に誓って、何も隠し事はしていないと」


シーガルの顔が硬直する。嘘を付かず馬鹿正直にリマに仕える。それはこの男の長所だ。苦悶の表情を浮かべ空を仰ぎ見て、やがてゆっくりとカサルに顔を向ける。


「リマ様は、陛下の喪が明け次第、ヤルカンとの和平交渉に臨まれる……」


「和平?復讐の対象である国王が死んだから、侵攻を止めてくれと。オークにそんな話が通じるのか?」


「そんなことは分かっているさ!リマ様が考えているのはそれだけじゃない!」


シーガルがカサルに怒りを見せるのは久しぶりだ。初めて出会った頃、忠犬のように主に近づくハーフ・オークを威嚇していた様を思い出す。


「何か考えがあるってのか」


「リマ様は国民の自由と安全を条件に、王家消滅と王国の解体を申し入れる」


「条件付の降伏か」


白旗を上げる。リマはそこまで考えていたのか。王国と王家が無くなれば、復讐の対象は無くなるという考えだ。その上で、国家を構成する国民の自由と安全は約束させる。


(そう都合よく運ぶのか?それに、俺は何かを見落としていやしないか?)


考えを見透かすようにシーガルは続ける。


「リマ様もそう上手く和平が運ぶとは考えていないさ。交渉には我々、近衛騎士団の総勢を率いて臨まれる」


「それぐらいの護衛は必要だな」


「護衛目的だけじゃない、交渉が決裂すれば我々は戦闘行為に及ぶ」


「は?奇襲に打って出ると?オークを舐めすぎだ、勝てるわけが無いだろう。いくら騎士が強かろうが、オークには適わない。街道で仲間が無残に殺されたのを忘れたか」


「そんなことは承知しているよ。我々はリマ様をお守りし、共に戦死を遂げる」


シーガルは決意を示すように口を真一文字に結び、握り拳を作って心臓の位置に当てた。悲壮な決意を示す美丈夫の顔は、死に際する不安をまったく感じさせない。


「言っている意味が分からないぞ。なんのためにそんな真似をする」


「王族が滅びればヴォルクス王国も滅びる。オークは自らの手で王と近衛騎士、王国を滅ぼし復讐を遂げる。そして後には無事な民が残る」


確かに、オークは殺戮を好み、自らの権勢を誇示するために戦をしているのではない。それはエルフの長も認めていたし、カサルも同意見だ。


条件付きの降伏が認められないなら、無理やり負けてしまおうと言うわけだ。


そのためにリマと近衛騎士団の命が使われる。


確かにこの国は追い詰められていた。だからといって、王族のリマがそんな形で責務を担わなければいけないのか。


前国王を差し出すと言う考えは、誰かが発見した画期的なアイデアなどというものではない。ヤルカンの侵攻理由を知れば、立場によっては思いつく者もいるだろう。


だが、実際にそれを口に出し、実行できるかどうかというのは別の話だ。


ヤルカン侵攻の理由に直接関わっていた前国王が死に、リマは王族として自らその役目を担おうというのか。


「そうか、だからさっき俺に王位を継ぐ必要はないと……」


手紙を見つめて行間に込められたリマの思いを読んだ。


一人で背負いこみ、解決しようとするリマが愛おしくてたまらなかった。


彼女はカサルだけはなく、この国の人々、パミラ母娘のような弱い立場のことまで考えているに違いない。この国がオークの侵攻を受ければ、あの母娘はどんな目にあうのか。そして、オークによってまた自分やチュモのような子が生まれる。


(だからって、リマが身を差し出すってのか。そんな目に合わなければいけない理由なんて……)


その時、ゴンドルフから聞かされた話を思い出した。母がオーク討伐戦で捕虜としてさらわれた話だ。


(さらわれた……復讐……身を差し出す)


カサルは見落としていた重要な点に気が付いた。


「俺は馬鹿だ、どうしてそこに気付かなかった。国王を差し出したところで、リマはどだい無事じゃ済まなかった!」


「突然どうしたんだ?」


手紙を手に茫然と立ち尽くす顔をシーガルが覗き込む。


「俺は重要な点を見落としていた」


「重要な点?一体なんの話だ?」


「いや、これは俺がケリを付ける話のことだ。で、喪が明けてお前達が和平交渉に向かうのはいつだ?」


「4日後だ」


「そうか……あまり時間が無いな」


すぐに行動を起こさなければならない。歯を噛みしめ、鋭い目で空を見上げる。


「なあ、カサル。君は何かするつもりなのか?」


「何か?」


「君の今の表情は、どこか……そう、決意を示されたリマ様に似ている」


「馬鹿を言うなよ。俺が王女と同じ顔をするわけがないだろ。前にも言ったはずだ、オークと人間がどうなろうが、知ったことじゃないと。争いに巻き込まれるなんざ御免だ」


頬をさすり引きつった無理やり作った笑顔をシーガルは怪訝に見つめてくる。


「用事はすんだろ。もう行けよシーガル」


「リマ様には会わないつもりか?」


「……別れは済ませた」


カサルは顔を背け、テントへ引き込んで寝転がった。シーガルはしばらくその様子を眺めていたが踵を返し立ち去る。


「あいつ、妙なところは鋭いからな」


シーガルが去った気配を確認してから、荷物の整理を始めた。


テントや毛布は置いて行くとしても、リマから渡されたマントと剣は置いて行けない。マントは鞄に押し込み、大そうな装飾が施された剣には、テントに使っていた綿布を巻きつけた。


元より荷物は少ない、身支度をするのに大した時間は掛からなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ll?07473620j
fj.gif
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ