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こんな二人のこと

「本当にいいのか?」


「はい。泊まっていって下さい。この頃は治安維持のために憲兵や近衛騎士が見回りをしています。でも、あなたは逆に」


「逆に怪しまれて捕まると。まあ、確かにそれは否定できないな」


戦時下の王都で、見慣れぬハーフ・オークがうろついていると知られれば、どんな言いがかりをつけられるか。リマの威光が無ければ、所詮自分など不穏分子に過ぎない。


「私たち、暮らしは貧しいけど、テントだけはしっかりしてますから。それに、私の所なら泊まっていっても、誰も不思議がりません……」


「うん?まあ、好意には甘えさせてもらうぜ」


野宿を苦にしないカサルが母親からの申し出を受けたのは、幼いハーフ・オークと母親という関係に関心を抱いたからだ。


もっとハッキリ言えば、この母娘に自分と母親を重ねたと言っていい。


「ほら、そんなに急ぐとまた転ぶわ」


チュモは時折後ろを振り返りながら、拙い小走りで二人を先導する。


「自己紹介がまだでしたね。私はパミラ。西の国境近くの村の出です」


「私はチュモだよ」


「俺はカサル。見た通りだが、別に怪しい者じゃない。俺の身元は王宮にいる王女とシーガルって騎士が保障してくれるはずだ」


「え、王女殿下や騎士様とお知り合いなんですか?」


「ああ。今日、王都に入った一団を見たか?あの中に俺もいた」


「そういえば!長旅から帰国したっていう一行を私も見ました。確かに、カサルさんと同じ怪しい風体の人が……ってごめんなさい!」


つい出てしまった本音を隠すように、パミラは口を手で覆う。


確かにお揃いの装束に身を包んだ近衛騎士の集団に、一人混じる異装のカサルは怪しいだろう。王女の傍らに付いて無ければ、捕えられた賊と思われても仕方がない。


「あー、なんて言うかなー」


なんと己の身分を説明したものか。道中で雇われた使用人というのがもっともらしい説明だが、旅の契約はすでに終わっている。


街道を進み数分もすると、テントが密集する地帯に辿り着く。避難民は焚火を取り囲みながら、


カサル達を横目で見てヒソヒソと囁いていた。


初めはチュモの正体か、自分の風体を怪しんで陰口を叩いていると思ったが違った。人々が見ていたのはパミラだ。男達はにやにやと下卑た笑い顔を浮かべ、女達は眉を潜めて囁き合っている。


「私たちのテントはこの先です」


「随分と寂しい所に立てたな」


「え、ええ。この子のこともありますから、あまり人混みの中というのも」


辿り着いたのはテント街からも外れた、喧騒とは無縁の孤立した場所だった。


「お、言う通り立派なテントだな。天幕も外張りもしっかりしてる。目隠しも十分だ」


「そうですね」


自慢していた割に、パミラの返事は素っ気ない。


「おかえりなさーい」


「おぉ?おう、ただいま」


チュモが真っ先にテントに入り込み、得意そうに入口の布を巻くってカサルを迎え入れる。


中は毛布が敷かれ、大人三人程度が横に慣れる程の広さを備えている。隅の方には僅かばかりの衣類が置かれていた。


「私、食事の用意をしますね。大したものは無いけど、よかったら食べて下さい」


「そうか、悪いな」


パミラはかまどに鍋を掛けると、テントの中から食材を取り出し料理を始める。チュモは母を手伝う様に、ちょろちょろと周りを動き回る。


カサルはかまどの側に腰かけ、二人の様子を眺めながら、幼い頃に父母と暮らした山小屋での生活を思い返す。



母は料理が豪快で、幼いころの食卓には、常に焼かれた鹿や猪肉の塊が置かれた。父は苦笑を漏らしながら、ナイフで肉を切り取り食べるのだが、母は豪快に手づかみでかぶりついていたのを覚えている。


そんな母の料理と言えないような料理も、年を経ると少しずつ洗練されていった。


肉は随分と大きさを小さくし、香草で風味付がされ、食卓にはスープや畑でとれるようになった野菜料理も並んだ。あれは父の好みに合わせるため、料理を学んだのかもしれない。



「さあ、出来上がりました」


パミラは鍋から料理を木の深皿によそう。皿を手渡されたチュモは零さぬように皿だけを集中して、見てるこちらがハラハラするたどたどしい足取りでカサルまで運ぶ。


「おう、ありがとな」


得意げなチュモの頭を撫でてやると、満面の笑みを向けた。


「王宮で食事をした人に出すには恥ずかしいけど」


「いや。普段俺は大したものを食べてないぜ」


料理は岩塩とオリーブオイルで味を付だけの、質素な麦粥だ。肉や野菜は一切入ってない。


チュモは慣れない手つきでスプーンを扱い、顔を皿に近づけて味しそうに麦粥をほおばる。パミラは自分の食事もそっちのけで、頬に着いた粥を拭ったりと世話に忙しい。二人は時折目を合わせては嬉しそうに笑い合う。


「うん、うまいぜ。こうして暖かい食事が食べられるのはいいもんだな」


「そうですか、よかった」


いくら大きな肉の塊があろうが、王宮の客間で一人採る食事よりも、今日の質素な麦粥の方がずっとうまい。


しかし、1日2~3食、毎日こういう食事を続けているのだろうか。カサルが肉を口にしない日はまずない。育ち盛りのチュモもはこの栄養で足りるのか。


「いつも、こういうのを食べているのか?」


質問の意味を察したのか、パミラは食事の手を止め気まずげに視線をかまどに向ける。


「普段はじゃがいもばかりです。今日は少し贅沢をして、麦と油を使いました」


「……」


言葉を失った。こんな貧しい生活を送りながらも、客人としてカサルに気を回していた。麦粥すら贅沢だという二人の生活は、想像よりもずっと貧しいのか。


「違うの!今は麦も収穫を終えたばかりだから手に入れやすいし、それに、豆類が手に入れば口に出来るんです。お金はなるべく貯えてこの子に残してあげたいの、だから……ごめんなさい、こんな暗い話」


「いや、俺が無知だった」


チュモは麦粥を食べ終えると、満足そうに眼を細めて母の顔を見上げる。パミラがその口元を慣れた手つきで拭ってやる。


避難民の困窮ぶりは、外から見ても明らかだ。まして、ハーフ・オークの幼子を抱えては、こうして集団から離れて生活を送らなければなるまい。その苦労は森の外れで親子三人暮らせたカサルより、困難なものに違いない。


(リマは国民を家族と言っていたな。じゃあ、こんな二人のことも守ろうってのか?)


愚問だ。あいつはそういう奴だ。リマは弱音や愚痴一つ吐かず、過酷なエルフ谷への旅を遂げた。得るものが少ない旅であることを予め知りながら、それでも身を賭す。どれだけの責任と覚悟を抱いていたか。


(あいつが力を貸して欲しいと、そばにいて欲しいと言っていたのに俺は……)


さっき見たリマの泣き顔を思い出す。だからといって、狩りしか出来ない自分に何がしてやれるというのか。


「カサルさん?」


「ああ?ん、悪い。少しボーッとしちまったか」


スプーンを止め、眉間に皺を寄せてかまどの火を見続けていると、パミラが心配するように声を掛けた。カサルは残った麦粥を掻きこむ。


「贅沢させてすまなかったな、礼はするぜ」


「いいんですよ。大したことじゃありませんから。食事を終えたら私たちは寝ますね。薪も勿体ないから」


「私まだへいきだよ」


「そうね。でも、早く寝ないとカサルさんみたいに大きくなれないのよ」


チュモが「本当なの?」と尋ねるように、じーっと見つめてくる。


「ああ、そうだ。俺はよく寝たから、こんなに大きくなったんだぜ」


流石に寝るにはまだ早いと思ったが、ここは話を合わせるほうがいい。三人は食事を終えると、チュモを真ん中にして眠りに就いた。

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