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友達だ

カサルは王宮の外へ出て、4つのアーチで構成された石橋を渡って市街へ入る。


日はすでに暮れ掛けていたが、目抜き通りには街灯が灯されていた。


夜の街にはいたる所に避難民が疲れた様に座り込み、治安の悪さを物語る様に通りを行く人は少ない。


今日の宿を求め何件かの宿屋を回ったがどこもすし詰めで、新規の客を泊める余裕などないと断られてしまった。


森で野宿をしながら狩りをしたカサルにとって、屋外で寝ることは苦でないが人混みの中となれば話は別だ。緑の多い公園はすでに避難者で埋め尽くされていた。


それならばと、カサルは郊外まで足を運ぶ。


キャンプ街の劣悪さは、王都へ入る前に見てきた通りだ。テントの密度も高く、衛生的にもよろしくない。人混みから逃れて先へと進む。


避難民のテントは市街に近い中心部から離れるほど数を減らしていく。そしてテントの数と反比例するように、避難民の身なりがより貧しくなっていく。



今夜は新月。夜目が効くハーフ・オークでも、月明かりの無い見知らぬ土地を手にしたランプ頼りに進むのは困難だ。早く適当な寝場所を見つけなければならない。


カサルは市街からもだいぶ離れ、街道が川沿いに差し掛かる所で足を止めた。道の端で蠢く小さな物体を見つけたからだ。大きさはカサルの膝の位置くらい、随分とまるっこい。


弓を手に近づいて行く。上手くいけば、労せずして明日の朝飯を確保できる。


(なんだあれは。犬じゃない?)


道端には座り込んでいたのは小さな子供だった。ボサボサ頭で俯き、薄汚れあちこち破れた粗末な服を着ていて性別も分からない。


「おい、坊主。こんな所にどうして一人で座ってる」


「……」


子供が顔を上げた。年齢は5~6歳くらい。転んだのか顔は泥で汚れ、頬には擦り傷もある。子供は片耳にだけ紐を掛けたマスクを垂れ、口元から生える牙を覗かせていた。


「お前!」


カサルは隣に腰かけ、持っていた手拭いで汚れた顔を拭いてやる。そして、手拭いに唾をつけ、痛がらぬよう注意しながら、そっと傷口を拭った。


「お前、ハーフ・オークか」


ハーフ・オークの子供を見るのは初めてだ。子供はこちらを警戒しているのか返事をしない。。


王宮で見た男といい、案外王都にもハーフ・オークはいるというのか。


「坊主?」


「坊主じゃないもん」


「ん、ああ、お前女の子か?なあ、どうしてこんな所に一人でいるんだ、お母さんはどうした」


「……」


幼女はカサルに興味も示さずに地べたを見つめていた。


母親とはぐれたか,数分もあるけば近くのテントに辿り着くが、出自を思えばおいそれと尋ねるわけにもいくまい。かと言って、このまま放置して行くにはこの子は幼すぎる。


「なあ、いいもの見せてやる、触って見ろ」


口元を覆っていたフェイスマスクを首まで下し、興味を示した子供の小さな手を引いてカサルの牙にあてがった。


「な、俺にも牙が生えてるんだ。同じ仲間、友達だ」


「友達なの?」


さっきまで興味なさげに問いかけを聞き流していた子供は、潤んだ大きな目でカサルの顔を覗き込んだ。


「そうだ、お前の友達だ。何にも怖がらなくていい。俺はカサル、お前の名前は?」


「うん、わかった、怖がらない。わたしチュモ」


チュモは面白がるように、自分よりも大きく下あごから突き出た牙を、小さな手でぱしぱしと叩く。


「イテテテ、おい痛えよ。それにしても、なんだってこんな時間に一人座り込んでいたんだ。迷子か?」


「お母さんが、しばらくお外に行ってなさいって」


「お外って、こんな時間に一体何を考えてんだ。家はこの近くか?」


「うん」


「お前、おっ」


お父さんはどうしているんだ。出かけたその言葉をすんでで飲み込み、思慮の足りなさに腹を立てた。


この近くに住んでいるのならチュモの母は人間。父はオークで、すでに親としての用を成していない。自分のように奇特な義父がいれば別だが、そういう人がいるならチュモがここにいる筈はない。


(良い予感がしねーな)


この子の落ち着い様子を見るに、こんなことは初めてではないのだろう。


「なあ、チュモ。お母さんが迎えにくるのか?」


「うん」


こんな時間に街道で独り母の迎えを待つのはどんな気分だろう。季節はもう秋。穴の開いた服で寒くは無いのか。


カサルはチュモの横で見守りながら、迎えが来るのを待った。


(親心ってのはこういうもんなのかね?)


それは親心というよりも、情や本能に近い庇護欲かもしれないが、そんなものが備わっているのは意外だった。


(リマには金のためだなんて言ったが、本当のところはあいつを放っておけなかったのか?)


先ほど別れたリマの泣き顔が浮かび、頭を振った記憶を払う。チュモはその様を面白がり、真似をして首を振る。


「なあ、いつもどれくらいでお母さんは迎えに来るんだ?」


「えー、分かんない」


考える素振りを諦めたように答える。



かなりの時間が経ち、待ち疲れたチュモがカサルに寄り掛かって寝てしまったころ、街道にランプの小さな灯りが見えた。


ゆらゆら揺れる明かりが近づと、女の声が聞こえる。


「チュモー、どこなのー?チュモー?」


母親だ。チュモは熟睡して呼び声に目を覚まさない。軽くゆすっても同じだ。


近くまで来た母はチュモに気付かず、街道の端に座り込むカサルを怪しんだのか、距離を置いて通り過ぎようとする。


気持ちよさそうに眠るさまを見ていると、無理やり起こすのはなんとも忍びない。


「おい」


「ひっ!」


仕方がなしに、マスクで口を覆い隠し声を掛けた。


女は小さな悲鳴を上げ、跳び上がるように身をすくませた。ある程度反応は予想していたが、そこまで怯えなくともいいだろ。


女はチュモ同様に継ぎ当ての入った貧しい格好をしているが、歳は若く美しい顔立ちとスタイルをしている。美しい女にはそれ故の苦労があることをカサルは理解しきれていない。


とは言え、こんな夜道で帽子とマスクで顔を隠した男が声を掛ければ、女は怯えるということをカサルは学習した。


「そんなに警戒するな。何もしやしない。俺の横でチュモが眠っていると、あんたに伝えたいだけだ」


「え?」


女は困惑しながらも、恐るおそる手にしたランプを差し出す。淡い橙色の光に照らされ、寄り掛かって眠るチュモの姿が浮かび上がる。


「チュモ!」


娘の姿を認めた女はランプを地面に置いて側にしゃがみ込む。


「す、すみません。娘が。ほら、チュモ行くわよ、て、えっ!あなたマスク!」


女は慌ててチュモの片耳に垂れかかったマスクを着け直して口を隠した。


「あ、ち、違うんですこれはその、娘には何も危険なところなんて無いんです!」


娘を庇う様に抱きかかえ、頭を下げて弁明している。


狼狽しながらも、必死に娘を庇おうとする母の姿に胸が痛む。この母娘はこうしてハーフ・オークであることを隠し、テント街の外れで貧しい生活に送っているのか。


「あー、さっきも言ったように何もしやしない。それにあれだ、ほら俺も同類だ」


カサルは上げていたマスクを再び下し、女に素顔を晒した。


もっとも、この行為は逆効果だったようで、女は眉を潜め、あからさまな警戒感を見せる。


「一体、なんの魂胆があるんです!大声を出しますよ。距離はあっても、テント街には人が大勢いるんです。見回りの兵士だっています」


「そうだな、そうやって警戒されたほうが、泣きそうな顔で弁明されるよりもずっといい」


仕方がない、これがハーフ・オークを見た人間の反応だ。カサルは俯いて小さく笑った。


今の騒ぎで目を覚ましたチュモが、女の手の中で目を覚ます。


「お母さん」


「チュモ!」


目を覚ました娘を女は強く抱きしめた。傷が痛むのか、チュモが顔をしかめる。ハーフ・オークの我が子を愛しんで抱きしめる親の姿に、カサルは在りし日の母を重ねる。


「この子を、守ってやってくれ。苦労は絶えないけどハーフ・オークでも、生きていくことは出来る。俺は自分を産んでくれた母を今でも愛しているよ」


カサルは立ち上がってチュモの頭を撫で歩き始める。


「お兄ちゃんどこ行くの?」


「バイバイだ。お母さんと仲良くな」


「バイバイ?友達のバイバイするの?」


「は?」


背中から掛けれらた“友達”という言葉に、リマとシーガルに呼び止められたようで後ろを振り返った。


そこにいるのは、とても小さくぱんぱんにはち切れそうな手を、カサルに向かって伸ばした小さなハーフ・オークだった。チュモは母親の顔を見つめ、再びカサルに視線を送る。


「あの、これからどちらに行かれるんですか?」


女はカサルを呼び止めた。

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