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言いたいこと

「5年前のラダック処刑は誠に痛ましきこと。されど、殿下が無事成長を遂げられ、王国へ帰還されたことは、まことにめでたい。明日の大臣達との会議で、このことを皆に発表したいと思います」


ゴンドルフは目元を拭い顔を綻ばせた。


「おい、待てよ。誰が名乗り出ると言った。俺はここへ父の死の真相を知るために来ただけだ。名乗り出る気なんかないぜ」


「ですが、殿下は我が国を継がれる王族のお一人。このことを伏せては……」


「おっさん以外は誰も知らないんだろ?なら、黙っておけ」


「まさか!陛下のお世継ぎですぞ。困難にある我が国においてこれほど明るい話はありません」


「は?こんな証拠の無い話を誰が信じる」


「元より、血による系統の真偽は当事者達しか知らぬもの。証拠が無いというのであれば、辺境の村より証人として女官を呼び寄せることも出来ましょう。近衛騎士団長たる私も証言します。何より姫様が認めてくだされば、誰が異論を挟めましょうか」


「……」


「それに、殿下の目元は若き頃の陛下にそっくりではございませぬか」


ゴンドルフは嬉しそうに付け加えた。


「馬鹿か!どうして近衛騎士ってのはそんなに王族に盲目的なんだ。いいか、俺は人間に忌み嫌われるハーフ・オークだぞ。そんな奴が王子でございとポッと現れりゃ、オークに国が乗っ取られると大騒ぎだ」


「殿下、どうか王国にお戻りください」


意見は平行線。カサルは殿下という言葉に苛立ちを覚える。


「二人とも、少し落ち着かれて。リマ様は今のお話を如何お考えですか」


「私は、カサルが王家に入ってくれるなら、これほど力強いことは無いと思います。ですが、それは個人的な想い。オークと戦争の最中にある国民が、私と同じ思いを抱くには時間が必要だと思います」


リマも少々身びいきが入っているが、ゴンドルフに比べれば冷静といえる。しかし、カサルにしてみれば、国のためにという方向へ話が転ぶのは許容し難い。


「時間も何も無い。俺はお前のためならいくらでも力を貸す。だが、縁もゆかりもないこの国のために働く気はない」


「そんな、殿下。縁もゆかりもあるではございませんか」


「俺を殿下と呼ぶんじゃねえ!俺の父は騎士ラダックだ。狂った国王を父と思うことはない!血の正当も、王位も知ったことか。国王のせいで母は苦しみ、父は死んだ。病で倒れていなければ、今すぐに玉座へ向かいブチ殺してやるところだ!」


消沈するゴンドルフに、国王への怒りを転嫁するようにまくし立てた。

母を過酷な運命に追いやり、父を死に至らしめた国王の行いは許せるはずがない。


(ああ、そうか。その国王が無ければ俺は生まれることはなかった)


何故、気づかずともいいことに気付いてしまうのか。望まれずに生まれた子、忌み子のハーフ・オーク。この消すことの出来ない事実はカサルを暗闇の中へ追い立てる。


「人間とオークの争いなど知ったことか!俺は人間から忌み嫌われ、オークからも蔑まれるハーフ・オークだ。どちらに加担する気もない!」


思いを吐き捨て団長室を飛び出した。後ろでリマが呼んでいるのが聞こえたが振り返る気にはなれない。


カサルは客室へと戻った。この城の最上階には自分という存在を生み出した国王がいる。そう思うと理性を保つ自信がなくなる。己一人ではどうなろうと知ったことではない、今の自分はリマに招かれてここに滞在する身。ことを起こせば彼女にも迷惑がかかる。


父の死んだ理由を知るだけのはずが、王の血を引くなどと言われ、あまつさえ王族として務めるような話にまで発展している。


(民を率いる者の責任)


母が残した言葉を思い出す。


「人間とオークの争いに巻き込まれるなどまっぴらだ。俺を望まぬ者に、身を差し出してたまるか!」


父の死の真相を知った今、この国に残る理由がどこにあるというのか。大してない荷物をまとめ始める。


「カサル……」


扉に現れたリマは、心配そうに手を動かすカサルを見つめている。


「どうする気です?」


「見ての通りだ。俺はここから出て行く」


「そんな!だってここはあなたの」


「俺の国だとでも言うのか?冗談じゃない。ここは人間の国。俺はここに来るべきじゃなかった。父と母が何故俺に何も言わなかったのか。理由がよくわかった」


王の子であると言う事実は周りを巻き込み、カサルの望みとは関係なく有り様を求める。父母にはそのことが分かっていたのだろう。


「私は……私は、あなたにそばにいて欲しいの。王族だとか、種族だとか関係ない。あなたが必要なの」


「お前を守ってくれる人間は周りに沢山いるだろう。俺がお前を救えたのは、周りが野山だったからだ。こんな豪華な王宮で、山育ちの俺に出来ることなんてない」


「違う!そんなことを言いたいんじゃない。分からない?私はあなたのことを……」


リマは言葉を飲み込んだ。いくら同世代と交わりを持たずに育った田舎育ちでも、彼女が言おうとしていることは理解できた。一国を背負う唯一の存在になるリマが、その言葉を口に出来ない理由も察しが付く。


“忌み子のハーフ・オーク”その言葉がカサルの心を覆っている。


「ありがとよ。お前が言いたいことは分かったつもりだ。だけど、その気持ちに応えられない理由も、さっきの話を聞いていたなら分かるよな?」


人間の側に立つつもりは無い。リマは否定も肯定もせず、目に涙を浮かべた。


カサルはそれを指先でそっと拭い頬を撫でた。柔らかく暖かい感触が手に伝わる。リマに対する愛情が溢れ、を指を振るわせる。


「俺はここを出て行く」


その言葉を聞いた瞬間リマの顔は歪み、目元から溢れた涙が頬を伝い落ちる。


「じゃあな……」


荷物を手に、リマの横を通て部屋から出て行った。後ろ手にドアを閉めると、向こうから彼女の泣き声が微かに聞こえる。


王宮は静かで、どこまで歩いてもリマの泣き声がカサルの耳の奥で聞こえた。


廊下の先で臙脂の影が動く。壁に寄り掛かっていたシーガルだ。落ち着いた表情で、カサルの手にした荷物をちらりと一瞥する。


「出ていくのかい?」


「ああ。お前には世話になったな」


シーガルは壁から身を離し、背筋を伸ばす。


「それは僕の台詞だよ。いや、この場合「勿体なきお言葉です、殿下」と恐縮したほうがいいのかな?」


「よせよ、お前にそんなこと言われたらゾッとする」


「いや、これでも悩んでるんだよ?団長のように臣下の礼を取るべきかと。でも、君が嫌がるうちはと思ってね」


「よく分かってるじゃねーか」


「それが友情というものさ」


この場においてもこんな台詞を決める。呆れながらも感心した。出会った頃はあれほど嫌悪を隠さなかったシーガル。そのギャップがなんともおかしい。


「まったく、お前の態度の変化には驚かされる。最初は随分と腹を立てさせられたぜ」


「おや、君は腹を立てていたのかい?僕を無視しているから、てっきり関心など示していないと思っていたよ。それに、態度の変化で言えば君もお互い様さ」


「フッ、今日は随分と意地が悪いな。まあ、それも友情の証か?」


笑ってシーガルに拳を突き出した。人間も捨てたもんじゃないと思わせてくれたのは、シーガルとリマのお陰だ。


シーガルは爽やかに微笑むと、差し出された拳に拳を合わせる。


「リマ様には?」


「ああ、さっき別れを済ませた」


「そうか……」


シーガルは再び壁に寄り掛かった。彼は主の気持ちを知っていたのだろうか。カサルは無言で前を通り過ぎる。


「また会おう」


シーガルがはっきりと言った。真意はわからない。そんな時が訪れるのだろうか。カサルは振り返らずに階段を下りて行く。


廊下を進み、リマが似ていると言っていた若き国王を描いた絵画の前で足を止めた。


「こいつが俺に似てる?」


なるほど、似ている訳だ。なにせ自分はこの男の血を引いている。まだ見ぬ実父は絵画の中で素知らぬ顔で澄ましてポーズを決めている。


「お前は父親なんかじゃない」


若き王を睨み付け、自分に言い聞かせるように絵画の前を通り過ぎた。


1階への階段に差し掛かると、廊下の先へと歩いて行く両耳に大きなピアスを付けた男が視界に入った。


(なんだあいつは、牙か?)


確かに、男の下あごから生えていたように見えた。あれは、自分と同じほどの大きさではなかったか。

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