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一人のオークの娘

「奴に息子があったと?しかし、子は無いと聞いた覚えが……」


リマの言うことに、ゴンドルフは顎を摩りながら首を傾げる。


「カサルは5年前にお母様から、父は谷に落ちて死んだと聞かされたそうです。シーガルは同名の騎士が5年前に王都で処刑されているといいます。これが一体何を意味するのか、それを確かめに王都へ来ました」


「その二人が同じ人物かどうかということですか?」


「ええ、そうです」


「ふむ、確かに5年前奴は処刑された。ですが、それだけではなんとも。若造、お前の父のフルネームは?」


「ラダック・バルディスタ」


「ふむ、同姓同名か。お前の歳は」


「17歳」


質問を重ねたゴンドルフは、年齢を聞いてピクリと眉を動かす。


「父はどんな仕事をしていた?容姿は?」


カサルは大きく息を吐き、肩をすくめる。


「悪いな二人とも、やっぱり正体を明かした方が話は早い」


言うやいなや口元を隠していたマスクを下し素顔を晒して見せた。


「俺はハーフ・オークだ。父と母は俺が生まれるのに合わせ、18年前に辺境の碧い森に隠れ住んだ。父はヴォルクス王国の元騎士で、学問や剣術、狩りの仕方と色々なことを教えてくれた」


正体を知らされたゴンドルフは絶句した。


鋭かった双眸を大きく開き、まじまじとカサルの顔を見つめ、俯いて考え込み、また顔を見直して考える。


その動作を何度も繰り返すうちに、額には汗が浮き始め、血管が浮き出る。「そんな」「まさか」と小声で呟き、遂にはぶるぶると震え出した。



カサルの正体を始めて知った人間は、リマという例外を除いて蔑みや怒りの表情を向けてきた。こんな反応をした人間は初めてだ。


「おい、おっさん、俺の話を聞いていたか?」


カサルはいつまでも震え続けている様子を訝しみ眉を潜めた。


「陛下にお子がおられた……」


ゴンドルフは誰に聞かせる風でもなくボソリと呟いた。


「は?なんだって」


意味が分からず聞き返したカサル。


ゴンドルフは突然椅子から立ち上がると背筋を伸ばし、まるで貴人にでもするように、カサルに対し片膝をついて頭を垂れた。


「よくぞ王国へお戻りになられました、殿下」


「……」「……」「……」


あまりにも意外な行動に、3人は同時に言葉を失った。


「殿下って、一体どういうことですか?」


茫然とするカサルに代わって、リマが意味を訪ねた。


「全てをお話しすると長くなるのですが……」


ゴンドルフの目にはうっすらと涙が浮いていた。


「お願いします。カサルはそのために来たのですから。それに私も気になります。さあ、座って」


「はい、失礼します」


腰を下ろし、しばらく黙考するとカサルを見つめながら話始める。


「20年前のヤルカン討伐に遡のぼればよろしいでしょうか……。この闘いは陛下が指揮を執り、オークの里を急襲して勝利しました。その闘いでは一人のオークの娘が捕虜として王国に連れてこられます」


カサルは心臓が小さく脈打つのを感じた。話の流れからして、娘が何を意味するか想像がつく。


「陛下はこの娘を塔の最上階に幽閉し、立ち入りを禁止されました。通常、オークは捕虜にせず処刑するのが決まり。異例の計らいに我らは真意を量りかねました」


ゴンドルフは元々低い声のトーンをさらに下げ、視線をテーブルに下す。


「それからしばらく後のことです、我が友ラダックが塔の娘を連れ、王宮から逃亡したのは」


「ちょっと待って。話の腰を折ってごめんなさい、ゴンドルフ。そのオークの女性と、カサルを殿下と呼ぶ理由、どこが通じるのかしら?、私には分からないのだけれど」


「奴が逃亡した理由に答えがあります。5年前、奴は一人で王都へ戻り捕えられます。私は逃亡の理由を訪ねましたが答えません。処分覚悟で陛下に減刑も求めましたが叶わず、奴は国家反逆の咎で処刑されました」


ゴンドルフは気を落ち着かせるように大きく息を吐いた。


「逃亡の理由を知りたく、18年前のことを調べました。そして塔で娘の世話をしていた女官が退官し、辺境の村にいることを知り訪ねました」


(辺境の村?)


「女はラダックの処刑に酷くショックを受けていましたが、奴の名誉のためにと話してくれました。オークの娘は陛下のお手付きになっていたのです」


その言葉を聞いた瞬間カサルの心臓が強く脈打ち、鼓膜にうるさいほど心音を響かせる。


(俺の実父が……国王?)


「この女官、最初はオークということで恐れたそうですが、世話をするうちに人柄に触れ、友情を抱くに至ったそうです。娘の境遇を同じ女として不憫に思い、親交のあったラダックに相談したそうです」


(そうか、それで父さんが)


「話を聞いたラダックはその女官の助けを借りて娘を逃がした。弱い者に優しい奴らしい行為でした」


「そして生まれたのが俺……」


「はい。ラダックが逃亡後も娘に寄り添い、生まれたのが奴の子でないなら父親は陛下です」


「それじゃカサルのお母様はオーク!」


「ハーフ・オークの父が人間、そんな話は聞いたことがありませんよ」


驚くリマとシーガル。


ハーフ・オークは人間の女が、オークの男に犯されて生まれるもの。


そういう固定観念を抱いている者ほど驚きは大きいだろう。シーガルが以前、カサルの父が騎士と聞いて訝しんでいたのはそれが理由だ。


実際この世界で生まれるハーフ・オークは、99%以上オークが人間の女を犯して生まれたもの。圧倒的な欲望と腕力をもって女を犯すオークは恐怖の対象だが、この逆が行われることはほぼ無い。武力で勝るオーク、その女が人間に蹂躙されるような状況に置かれるのは特殊な状況だ。


20年前、武勇でならす国王は、世継ぎが生まれぬ原因が自分にあるとは考えず、多くの女を妃として迎え入れていた。


しかし、一向に世継ぎは生まれず、次第に焦りの色を見せ始め、各地から医師を招き色々な薬を試した。そのさまは一部からは“色狂い”と噂を立てられるほどの狂奔ぶりだった。そんな折に捕えられたのがオークの娘だ。


異種族である人間に囚われ、見知らぬ地で孤立無援の中、塔に一人幽閉された母はどんな気持ちだったのか。カサルの胸は痛んだ。


「ラダックが処刑される前夜、最期の別れの時。私は逃亡の理由はもう尋ねず、15年の歳月をどう過ごしていたか尋ねました。すると奴は「森で3人暮らしていた。子のいない自分が、父親の真似事をさせてもらった」と嬉しそうに、そして寂しげに話したのを覚えています」


その暮らしはカサルが誰よりも知っている。ラダックは父として、愛情を持って自分を育ててくれた。家族3人だけの生活は不便なことも多かったが、笑いながら毎日を送っていた。


「奴は陛下の子を見守り育てた。そして、殿下が母親を助けてやれるまでに成長するのを見届けた後、責任を取るために王都へ戻ったのではないでしょうか。奴は騎士の名に恥じぬ男でした」


ゴンドルフは鼻を啜り、浮かべた涙をこらえるように天井を見上げた。


自分の死を確信し、谷で死んだことにして王都へ帰還した父の行動。


母はそれを知っていたのだろうか。父と母はどんな別れをしたのだろうか。二人はとても仲が良く、カサルは両親が愛し合っていると信じて疑わなかった。自分の後に子が生まれなかったのは、父に騎士として通すべき誇りがあったせいか。


父は母を守るため逃げ、自分を育てるために森に残り、遂には国へ帰り反逆者として処刑された。


父の愛情と騎士としての誇り、残された母の想い、それがどんなものだったか今は想像するしかない。

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